第9話 受付嬢は初仕事を祝し、私は依頼完了にほっとする

「冒険者として一流にならないと、街を移ってもすぐに仕事にありつけるかどうか微妙になる。でも、名の知れた冒険者は同じ街で仕事をする方が自分にとって有利だから移りたがらない。だから、ヴィーちゃんの希望を叶えるには、冒険者のパーティーに加わるだけじゃ難しいかもねー」


 アンヌさん、そんな夢も希望もないこと言わないで……




∬∬∬∬∬∬∬∬




「また来てちょうだい」

「ええ、機会がありましたら是非」


 シスター・テレジアから依頼達成のコインを頂き、夕闇迫るトラスブルの街を私は冒険者ギルドに向かっている。今日は師匠は他の人と会う予定があるというので、私はアンヌさんと食事をすることになっていた。師匠がいないので、女性向けの店に行くというのである。良いのか?私?


 定時きっかりに上がった副ギルド長は、依頼票を眺めて時間を潰していた私に声を掛けると、目的の店を目指して歩き始めた。


「どうだった? 初依頼の感想は」

「奉仕活動なので何とも言えません。でも、普通のお手伝いってなかなか難しいと思いました」

「普通……ああ、魔術使わないで依頼を達成するということね」

「……はい……」


 力仕事や一人でする仕事なら気にならないが、人の目を気にしながら言われたことを過不足なくするのは難しい。自分の視点じゃなくって、依頼主の視点で「このくらい」というところに調整するのは村での経験は役に立たない。村には村のルールがあって、ここでは通用するかどうか

かなり怪しい。


 



 お店は、おっさんが少なく、若いカップルや女性のお客の多い明るい店であった。飲み物も……ビールの人はいない。もしかして、メニューにないのかもしれない。


「飲み物は、どうする?」

「お任せします」


 店内の声が……キー高めなのはおじさん比率が低いからだろう。


「この街は、職人に商人も多いけど、学生や芸術家も多いの。このお店にいるのはそういう人ね。間違っても冒険者や傭兵は来ないわ」


 確かに、料理の分量が物足らなさげである。いくつかアンヌさんお勧めのアルス料理を頼み、まずは、発泡ワインで乾杯することになった。


「これも、アルスで流行り始めているのよね。王国のそれとはちょっと違うけど、辛口で飲みやすいわね」


 乾杯をし、のどを潤す。それほど体を使ったわけではないのだが、魔力も気も使ったので、それなりに疲れた。


「で、どうだった施療院」

「シスター・テレジアには『またお願いね』と仰っていただけました」

「それなら、一応合格レベルだったという事ね」


 依頼達成の報告は別の職員さんにしたので、今日はここでの報告がアンヌさんには初めて聞く話となる。今日会ったことのあらましを話すと……


「随分と任されたものね。包帯の洗濯はともかく、壁の補修って新人冒険者の奉仕活動の範囲を越えているわ」


 出来てしまうのはしょうがないので、そこは依頼する人の問題ですよねと私は心の中で思う。


「特別なことはしなかったのよね?」

「包帯の洗濯は汚れが落ちやすいようにマロニエの実を使って洗濯したので、多分、いつもより綺麗になっています」

「……え……」


 アンヌさんは「だからかぁ」と小声で呟く。どうやら、手が荒れているのが気になっていたのだという。これでもかなり治ってるんですよ。


「壁の補修は見えるところは魔術で直してはいけないと思ったので」

「うん」

「土魔術でボロボロになった部分のモルタルと煉瓦を綺麗に剥がして、風魔術で湿った下地を乾燥させまして……」

「え」

「その上に、乾燥を早くする素材を混ぜたモルタルを魔力水で作って、煉瓦を組み上げていき、仕上げは土魔法で綺麗に目地を整えた……という感じです」


「……やりすぎ……」

「か、かなり手作業で仕上げたんですけど……だめでしたでしょうか」

「多分、職人が見て驚くと思う。一人で半日でやっていいレベルの作業内容じゃないと思う。奉仕依頼の新人冒険者でしょ? 絶対ダメだよ今後は」


 まだまだ魔術を使ってはいけないと言われ……やれやれだぜとばかりにアンヌさんはリアクションする。


「でも、月に一度くらいは奉仕活動続けてもいいと思うわ。包帯の洗濯だけでもね」


 シスター・テレジアはとある帝国の貴族の娘さんなのだそうです。戦争で婚約者を亡くしたので、修道院に入ってそのまま還俗せずに修道女を続けている方なのだそうです。


「真面目に誠実に付き合う分には良い方だと思わ。この街では勿論、他の帝国自由都市で活動する時も、良い出会いをもたらしてくれる可能性が高い人。新人冒険者にとってはね」


 高位の修道女であり、貴族の娘であるシスター・テレジアは何年かごとに違う街の救護院に移動するのだという。帝国自由都市の教会に知人・友人がそれなりに多い方なのだという。


「教会の奉仕に関わる冒険者は少ないし、ヴィーちゃんは冒険者っぽくないから向いていると思うのよね」

「……冒険者らしいというと、師匠みたいな感じでしょうか」

「ううん、あれは冒険者というより斥候とか追跡者ね。冒険者ギルドっていうのは、戦争がない時期の傭兵が街や村を襲う事を防ぐために作られた職業紹介所なのよ」


 傭兵は戦争の時だけ雇われる存在なのだが、戦争が無いときは盗賊団に早変わりする存在でもある。王国から流れてきた傭兵団にトラスブルや近隣の都市も略奪にあった事は一度や二度ではないのだそうだ。


「村で家の後を継げない男の子って、街で仕事を探すしかないけれど、職人や商人は子供の頃から奉公するのが当たり前で、成人してからなんてどこもまともな仕事は雇ってくれない訳よね」


 そうすると、傭兵団の募集に参加して村を出て戦場で死ななければ、そのまま、戦争終了後も傭兵団に残って自主的に戦争するしかない。


「その受け皿と言うか、護衛の押売りとか取り込み詐欺みたいなことを防ぐために、冒険者として登録させて仕事もギルド経由で斡旋することで、トラブルを防いで仕事を与えるという目的で設立されているのよね」


 つまり、基本的に冒険者は傭兵との境目があいまいな存在であるという事だろう。冒険者の仕事の中に傭兵的な仕事が多い……と言えばいいだろうか。魔物の討伐や商人の護衛の依頼は傭兵でもできそうだ。


「だから、冒険者のパーティーとか、パーティーをいくつかまとめたクランといった集団は、傭兵団と似たような組合せになるわね」


 軽装歩兵・重装歩兵・弓兵といった軍隊の編成に似た組合せでパーティーを組むことが多いのだそうだ。


「軽装が剣を装備している軽快な前衛の攻撃役、重装は盾を持って戦列を維持し攻撃を引き受ける前衛の盾役、弓兵は後衛の弓使いや攻撃魔術を使える魔術師、それに、怪我の治療もできる薬師や治癒魔術師かしらね。規模が多ければポーターもいる場合があるわね」


 うーん、多分全部できるぞ私……盾役だって、力持ちだから多分問題ない。剣技は大したことないけれど軽快さは魔術を載せればなかなかだろうし、狩人仕込みで弓も使える。あと罠もね。治療は……薬やポーションを使えばある程度は可能だと思う。自分自身は驚異の治癒力なので必要性があまり感じられないし、治癒の魔術は教わっていないから出来ないと思う。


「パーティーって組まなきゃだめでしょうか」


 アンヌさんは少し考えて「場合によるわ」と答える。


「ヴィーちゃんの場合、お金を稼ぐだけなら街の中でもそこそこ稼げる職に就けると思う。でも、目的はここで生活基盤を整えることではないのよね」


 私は頷く。自分探しの旅……というか、色々な場所に行ってみたいし、薬師・錬金術師・狩人としての腕も磨きたい。魔術ももっと使えるようになりたいし……残された手紙にある場所も探してみたい。自分の本当の生まれも知りたい。だから、旅ができるような人と巡り合えればと思う。男性でも女性でも若くても年老いていても、一緒に帝国中を巡れる人がいいと思う。


「ある程度ランクを上げないと、いろんなところに行くメリットが無いのよね」

「どうしてですか?」


 数の多い依頼は中堅冒険者レベルで十分熟せる者であり、それは生活するには十分な報酬だが、同じ依頼人から何度も受ける方がお互い気兼ねすることがない。信用もできる。


「新しい街に行って、すぐに仕事がもらえるような冒険者は一流と言われる星三つ以上の冒険者でないと厳しいわ」


 大半の冒険者は星一つもしくは二つであり、三つになると指名依頼や貴族の専属になることもあるという。常雇いの傭兵と同じようなものだという。


「だから、いろんなところで活動するには冒険者としての実績がないと難しいし、街を移れば、その実績が積み重ならないから普通は街を移るのを嫌がるのよ。それに、有名になれば美味しい仕事も回ってくるしギルドも他の街に行って欲しくないから大事にするでしょ? ますます動かないわよね」


 アンヌさん曰く、冒険者は言うほど自由じゃないし、力のある冒険者でなければ街を移ると一からやり直しになるので動きたがらない。さらに、有名になれば黙っていても美味しい仕事は回ってくるのでさらに移動しない。冒険者は移動しない……という事になるのだという。


「行商を主にする商人に護衛兼商人の補佐役として同行するという手もあるわよ。商会専属の冒険者というのかしら。それでも、星二つ以上でないと駄目だと思うわ。まあ、ヴィーちゃんなら読み書き計算に、見た目も会話も問題ないから、もしそういう話が来たら、紹介するわね」


 アンヌさんはそう言ってから「じゃあ、本格的に飲みましょう。明日は買い物に行くわよ!」と宣言し、次々と追加注文をしていった。

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