第8話 救護院は混雑し、私は余計な事がしたくなる 

 その救護院は街外れに近い、少々くたびれた建物であった。教区ごとの寄付金で運営される教会・救護院なので、豊かな人の住む教区の教会はとても立派であるが、ここは……村の礼拝堂とおんなじくらいの親しみの持てる場所だった。


「冒険者ギルドから奉仕依頼を受けて参りました」


 私が挨拶をすると、アンヌさんより少し年上であろうシスターが入口に現れた。


「これはようこそ。冒険者の方?」

「ヴィーとお呼びください」


 右手を左胸に当てお辞儀をすると、シスターは「随分とお行儀の良い冒険者さんね」と言われた。ギルドでは『シスター・テレジアを訪ねろ』と指示されているので尋ねると「それは私よ」と答えが返ってきた。


 シスター・テレジアは線の細さを感じるが芯のしっかりした印象を受ける柔和なご婦人で、笑みを絶やさない人であった。


「救護院の手伝いは初めて?」

「はい」

「では、簡単に中の案内と今日のお願いしたい仕事を伝えるわね」


 救護院は沢山のベッドとすえた匂いのする大部屋が沢山並ぶ場所だった。場所柄、簡単に洗濯や入浴もできないのだろうと思う。貧しい人の住む地区は、井戸も少なければ洗濯場も限られている。


「今日のお願いしたい仕事は、包帯の洗浄よ」


 薬を塗った後上から包帯を巻いたりするが、使い捨てにする事はなく、洗って綺麗にして再利用するのが当たり前なのだという。血や脂で汚れているので大変な作業であると伝えられた。


「人手が足らないので、かなり溜まっているの。お願いするわ」


 シスター・テレジアは洗濯物の溜まっているリネン庫まで案内すると、籠に山盛りの汚れた包帯の山を指さし、持ってついて来るように命じる。決して自分も持つようなそぶりは見せないのは、作業は下働きの人間がすると考えている生まれの人なのだろうと推測する。


 教会の裏手に井戸と洗い場があり、離れた場所に物干し場が設置されている。


「ここで洗って、あそこにある干場に干してもらいたいの。では、お願いするわね」


 昼食はシスターと同じものが出るということで、それまで出来るだけ洗濯を進めるように言われる。さて、ここでどこまでやるかを考えることにした。


 魔術を使えば相当綺麗になることは間違いないが、便利に使い倒されかねない。魔術を使わず、薬師の知識で珍しくない範囲で活用して行うようにしようと考える。


「マロニエの実を使いましょう」


 マロニエは少し前から帝国の様々な場所で街路樹として植えられ始めた木の種類で、実を採取し皮を剥いで水に浸して使うと汚れが良く落ちる。この街にもかなり植えられているようだし、見かけたら実を拾うようにしているので、これを使って汚れを落とすことにする。


 問題は、ものすごく手が荒れるということなのだが……私の回復力なら、夕方、ボロボロの手でも翌朝にはツルツルスベスベとなっているから問題ない。


 洗い桶に皮をむいたマロニエの実を入れ、水を浸しておく。汚れた包帯を軽く水洗いし、その後、マロニエ水の中に漬けなおし、三十分ほど放置。その後、水ですすいで干す。魔術を使えば楽ちんなのだが、それは余計なことなのだと心に命ずる。

 

 教会で顔見知りを作り、コロニアルに旅立つときに知人を紹介してもらう程度の信頼関係を築くための奉仕なのだ。魔術が使えるかどうかより、紹介するに値するかどうか人柄で勝負したい。




∬∬∬∬∬∬∬∬




 一時間ほどして様子を見に来たシスター・テレジアは汚れが奇麗になっている事に驚く。


「あなた、随分と洗濯が上手なのね」

「汚れが落ちやすくなる木の実を入れました」


 桶の中にはマロニエの皮をむいた白い実が入っている。


「これを使うと、手の皮がボロボロになるでしょう? 手を見せてちょうだい」


 ぼろ雑巾のよう……まではいかないものの、ガサガサの手を見てシスターは「随分と熱心に洗濯してくれたのですね。感謝しますよヴィー」と褒めていただいた。


「お昼の鐘がなったら、御昼休憩にしましょう。食堂に来てちょうだい」


 救護院で病室で寝たきりの患者さんは食事をとるけれど、起き上がれる人はシスターたちと食堂で昼食をとるのだという。基本、朝は無く、昼と夕方の二食なのだという。その分、昼は少々多めなのだと聞かされた。


「修道院は基本二食、冬は昼の一食だけになるのよ」


 その話を聞いて、私は修道女にはなるまいと心に誓った。





 昼食は、シスターに混ざって頂く事に。洗濯上手だと皆の前で紹介され、「また洗濯に来てちょうだい」と言われる。


「洗濯の実知ってるのね」

「狩人の手伝いや薬師様の手伝いを故郷ではしていたので、少し詳しいかもしれません。お手伝い程度ですけどね」

「へぇ、見た目は良いところの坊ちゃんかと思ったけど、村育ちなんだね」

「縁があって少し勉強させてもらったからかもしれません。世間知らずの田舎者です」


 男装してシスターに混ざっているので「田舎者の純情な男の子」風に会話に加わる。真面目で良いわ!とか、純粋そうと言われ……罪の意識を感じるが、男とも女とも言っていないので、それは問題ないだろう。


「それと、出来ればちょっとした壁の修理もお願いしたいわ」

「壁ですか……」


 壁の修理って、職人さんの仕事なのではないでしょうか。勝手に修理すると、左官ギルドに怒られませんかと思うが「何度頼んでも直してくれないのでかまわない」とのこと。多分、無料で依頼しているのだろうと思われる。


 昼食は意外と豪華で、パンに水割りワイン、野菜とお肉のスープ(具多め)とデザートもついた。修道女の食生活は……村人より豪華かもしれない。デザートは付かないし、肉入りスープも基本的にない。私のいた家は、私が師匠から頂いたお裾分けの肉があるから潤沢だったけれど。


――― 肉の無い食卓を見て、私を思い出すがいいわ!


 レミ村で生活していた頃、私は周りの人の為にできる限りのことをしていたと思う。頼まれれば断る事はなく、望まれれば喜んで他人に譲った。欲しがった事など何もなかった。それが、あの村で生きていく術だと思っていた。何事も手を抜かず、全力で……やったと思う。


 でも、これからは違う。相手が望むこと以上の事はしてはいけない。精々、その程度で十分だ。依頼は依頼、それ以上の余計なことをすれば自分にも相手にも良い事が起こらないだろう。





 救護院の外側は所々破損している。恐らくは、経年劣化なのだろう。村で唯一の礼拝堂と同じ程度に立派とは言え、街の中では並の建物の一つに過ぎない。修道院や大聖堂の様な堅固な石造りの建物ではなく、煉瓦やモルタルの部分はそれなりに傷んでくるが、ちょこちょこでは職人に頼むまでもないので放置され、だんだん激しく傷んでくる。


 シスター・テレジアに案内された場所は、やはり正面から見えない部分で、雨風が当たりやすい建物の角や跳ね返った雨の当たる下の部分であった。


「どうかしら? 直せそう」

「今まではどうされていたのですか?」


 曰く、教区の職人の中で有志が補修してくれていたそうなのだが、いまは忙しいのか中々頼んでも来てもらえないという。


「道具や資材は用意できているから、後は男手だけなのよ。頼めるかしら」

「全ては難しいと思います。足場が必要なところは今日は無理なので、この地面に近い場所を出来るだけ直します」

「では、こちらへ。道具のある場所に案内します」


 納屋に案内され、どうやらモルタルの素材と補修用の煉瓦は用意されているようなので、ある程度割れたり崩れた煉瓦と交換して、新しくできるだろうと確認する。


 シスターは「お願いね」と言い、去って行った。


 正直、魔術を使えば簡単に補修できると思われるけど、明らかにそれと分かる方法になる。割れた煉瓦を魔術を用いて再度固めたり、水が浸透しないようにするのは手作業とは明らかに差が出てしまう。


「普通に見えるように魔術を使うって意外と大変」


 まずは、ボロボロになっている煉瓦の周りのモルタルを魔術で崩すところから始める。この辺りの下処理に魔術を使うのは、直した後分からなくなるので問題ないだろう。えへん。


 次に、割れた煉瓦の隙間から水が浸透していると中の木材が腐るので、その場所を『風』魔術と『火』魔術を合わせて『温風』を作り出し乾かす。


 モルタルを作る際に……土魔術で砂の粒子を細かめのものにして、速乾素材をこっそりと混ぜ混ぜする。これを使うと、数時間で硬化する。魔力で作り出した水をこっそり使って、さらに混ぜ混ぜ……


 下地が乾いた状態でモルタルを下塗りし、さらに、煉瓦を積み上げながらモルタルを挟んでいく。はみ出た所も……魔術でちょちょっと削って直す。ほら、すっかり職人仕上げでしょう。


 魔術を使って一瞬で直す事が出来るかもしれないが、それだと後々の補修の時に皆さんが困ると思うので、部分的に魔術を使いスッキリ手早く直してみたのであった。


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