第7話 受付嬢は意気投合し、私は初めての依頼を受ける
せっかくの機会なので、冒険者について詳しく聞いてみたいと思う。
「星の数と依頼のレベルはどのような目安になっているのでしょうか」
「気になるよね。一般的に、星無は護衛・討伐依頼は受けられない。街の中の雑用や素材採取だけの見習。星一つだと、半人前で、簡単な討伐は可能だけれど、本格的な護衛や討伐は受けられない。星二つ以上から、一人前の冒険者だけど、なれるのは半分くらいかな」
見習期間・半人前の期間で半分が辞めるか消えるという。
「ヴィは基本的な自衛の手段や山歩き、獣の探し方や倒し方も理解しているが、普通はそうじゃない。冒険者になって初めて山を歩いて魔物を探したりすると、不意打ちにあって怪我するか死ぬ。怪我したら即、仕事が無くなるし無理してでも依頼を受ける。今度こそ本当に死ぬ……って感じだな」
「残念ながら、余程能力のある新人じゃない限り、同じようなレベルの人と組むわけでしょう。経験も能力も同程度なら、皆新人だから、危険なことはわからないのよ。ベテランも面倒みても、教え損になるのは嫌だから相手にしない。だから、ハイリスクな仕事ね」
「ヴィはその辺り心配ねぇけど、ベテランに上手く利用されないように気を付けることだな」
魔術が使えて、ある程度自衛ができ、狩人の真似事もできる新人。単独で、魔狼も狩れるとなれば……取り込みたいベテランもいないでもないという。
「パーティーの評判はある程度把握しているから、面倒な奴はパーティーに加盟する前に聞いて貰えれば注意できるわ」
「ある程度年齢が近い、少し上の冒険者のパーティーに入れるといいけどな」
パーティー募集はギルドでも告知しているそうなので、その場合、職員経由で顔合わせをして試しに臨時メンバーとしてお互いの技量を確認する事も出来るのだそうだ。
「いくつか心当たりがあるから、紹介できると思うわ。女性がいるパーティーが良いわよね」
「そうですね……途中で女性であることが知られるかもしれませんから」
「回復・支援職がいるパーティーだと女性が担当している場合もあるな。臨時で色々組んで経験を積むのもいい。男だけ、男女混合……女性だけってのは聞かねぇな」
「いないわよ当然。元が傭兵と傭兵になる人間の受け皿として作られた組織だから、女性は少ないのは当然。傭兵の女性ってあまり聞かないでしょ?」
有名な女海賊というのは聞いたことがあるが、女傭兵隊長というのは寡聞にして知らない。
「女性がいると遠征なんか加わりにくいからな。野営を嫌がるし」
「ヴィちゃんは大丈夫なの?」
「ここまで七日間ずっと野営してきましたから、問題ないです」
「ヴィがいると、火と水の管理が楽で良いな。お前の不得意な魔術だけどな」
そこで、冒険者と魔術の話となった。
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冒険者の中で魔力を持っている人間は珍しく、また、読み書き計算ができる者もあまり多くはない。自分の名前と、簡単な足し算くらいは出来る者が多いと言うが、魔術は『学問』の体系でもあるので、冒険者の中では希少価値である。
「傭兵の中には
「でも、騎士崩れって護衛専門だから、ドンパチには強いけど、罠の発見とか野営は苦手だな。元騎士のプライドがあるのか、その辺、盾代わりにはいいけど、一緒に冒険したいとは思わん」
戦場と違い、不意打ち・常時警戒が当たり前の護衛任務において、敵が目の前に現れるまで役に立たない騎士崩れは不人気で、プライドが高いのでパーティーリーダーでもやらせると、まともに交渉も出来ないので実際困るのだという。
「商人相手の駆け引きや、身内の心理の把握なんかに無頓着だし、あと、無駄に良いかっこしたがるから、迷惑だったりするな」
「あなた、昔パーティーにいた騎士崩れとしょっちゅう揉めてたもんね。嫌いだった?」
「当たり前だろ。自分一人が危険になるなら構わねぇが、俺たちを巻込むんじゃねぇよ。大体、決める時は独断で、いざ困ったらみんなで考えようってなんなの?」
昔を思い出し、怒り始める師匠……こんな感じで冒険者していたのかと思うと、それはそれで結構楽しそうだ。
師匠はアンヌさんとの昔話が弾んで楽しかったようで、かなり酔っていた。楽しいお酒で、良かったと思うが、明日が心配だー。
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翌日、師匠は朝から別行動……という名の惰眠を貪りつつ、私は一人で冒険者ギルドに向かった。受付にはアンヌさんがいたのだが、冒険者ギルドの受付は、星無・一つ星とそれ以外で受付が別になっていた。
昨日の夜聞いた話では、初心者にはベテランの受付、一人前の冒険者には若い受付嬢を配しているという。決して、おじさんの冒険者が若い女性と接したいからではない。新人冒険者を経験のある受付がアドバイスしながら依頼を通して教育するという意味があるのだそうだ。
「ヴィーちゃん、ちゃんと来れたね。感心感心」
師匠はまだ寝ていますと伝えると「あんにゃろめ」と小声で呟いているのが何だか微笑ましい。
「依頼は……これはどうかしら?」
「救護院ですね。承知しました」
救護院は教会が運営する病人や怪我人の世話をする施設で、シスターや在家の信徒の篤志家が手伝っているのだが、慢性的に人不足なのだという。篤志家には街で活躍した引退した商人たちも多く、顔覚えておいて損はないからという。終わると達成のコインを渡されるので、それを持ってくれば依頼は完了する。
「じゃあ、いくつかアドバイスをするわ。しばらく街に慣れるまでは必ず守ってちょうだい」
アンヌさんはいくつかのアドバイスをしてくれた。一つは、能力を必要以上に見せないこと。
「ヴィーちゃん、読み書きはどのくらいできるの?」
「王国語帝国語古代語の読み書きです。帝国語は日常会話程度ですけど」
「……古代語で読み書きできる。ちょっと、書き取りしてもらえるかしら」
アンヌさんが古代語の有名な聖句を口にする。私は目の前の質の悪い紙にペンで書き記した。
「書くスピードも速いし文字も綺麗、それに誤字脱字もないわ……あのね、可能性としては代書屋での依頼を受けられると思うの」
「代書屋ですか?」
商人が契約を結んだりするときに、文字の綺麗な専門の書き手に文面を指定して書いてもらい、契約書を作成するのだという。
「これだけ書けるのなら、下書きがあれば問題なく書けそうね」
「それは、割の良い依頼になるのですか?」
「ええ、ただ、等級を上げるには『星無』依頼だから効果はないの。でも、月に十日も働けば、生活は安定するでしょう」
毎日仕事があるのだが、手が足らないときに頼まれるので、集中するのは月末なのだという。その間だけ引き受け、他の時間は冒険者らしい依頼を選べばいいという。
「でね、この街でもヴィーちゃんみたいな人には価値があるの。村や小さな街では考えられないようなね。でも、人の書いた文を綺麗に清書するだけの人生は嫌でしょう?」
今のところはそうだ。どのくらい稼げるのかわからないし、この街にずっといるわけではないからだ。
「代書屋で働いて色々なことを知れば、他の街でも同じ依頼が受けやすくなるでしょうし、商人と関わる時も理解が深まるわ。だから、おすすめ」
なるほどと思う。私は見た目で相手を押さえつけられるほど威圧感のある外見ではないから、人の信用を得て知己を得るにはそうした方面が良いのだろう。冒険者らしくないが、冒険者に見られたいわけではないから問題ない。
「それと、他に、タニアさんのお弟子さんだから……色々できるでしょ? 詳しくは買い物に行く時にでも聞くけれど、それも知られないようにした方がいいわ」
私は黙って頷く。そして、いま一つのアドバイスは……
「自分の領分を越えて他人に干渉をしない事。それに、自分の中で善悪を考えて『悪』と考えても、他人の行動に干渉しない事ね」
「……どういう意味でしょうか」
それぞれの街には固有のルールがあったり、人間関係があったりするものだという。余所から来た人間からすると、不当な仕打ちを受けていたり、余りに傲慢な物言いをする者がいたりするのだが、それが自分に直接係わりのない事であれば無視をしなさいという。
「例えば、明らかに武器を持って人を脅してたり、魔物や獣に人が襲われていたりするならそれは止めてもいいでしょう。主人が使用人を叱ったり、虐待しているのは無視しなさい」
「何故ですか?」
「周りの目から見て、それが問題があるようなら既に他の長く住んでいる住人が止めているわ。止めない事には理由がある。余所者には分からない未知の理由がね。それにかかわっても、あなたには何の利益もないばかりか、この街から排除されたり害されたりする可能性もあるわ」
私の中で、なるほどと思いいたる。例えば、父さん母さんが「バーンが村に戻る前に出て行ってくれ」と私に頼んだのは……そうしなければ、私にも村にも良くない事が起こると知っていたから。そして、それを詳しく説明することで、私が不要に傷つくかもしれないと考えたから……なのだろう。
「冒険者としてパーティーを組んだ時もそう。結果だけ見て自分の価値観を相手に向けるのではなく、なぜそうするのかを周りに聞いてもらいたいの。説明されたことと、実際起こっている事に関して自分でそれが不条理かどうか判断すればいい。止めさせる必要はないのよ」
アンヌさんは最後にこう付け加えた。「それに、自分の価値観と合わない不協和音のあるパーティーなんて付き合う必要ないから、依頼を完了したらそっと縁を切ればいいわ」と。
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