第11話 受付嬢は提案をし、私は大いに同意する

 村を出る時に、私は髪を短くした。腰ほどを肩位にだ。髪を短くしている男性も多いが、私くらいの長さの少年もいなくはないのでしばらくそれで過ごす事にした。女の方が不利益を被る可能性が高いから。




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 今までの事の話の次は、これからの事だ。冒険者となるのは良いが、その先のことをどうするかだ。


「タニアさんはどう言ってるの」

「俺は何も聞いてねぇな。ヴィー、どんな話になってるんだ?」


 いくつかの紹介状を書いてくれているのだが、冒険者としてもしくは薬師として名を上げてからでないと相手には門前払いされるだろうという内容を伝える。


「一流になって、依頼を受け達成した時に紹介状を渡す形にしたいのでしょうね」

「断れねぇし、個人的に信頼関係ができた後の方が効果的だもんな。いいんじゃねぇか。星三つの冒険者になるのが当面の目標か」

「馬鹿ね、仲間を見つけて二つにして、コロニアルに行くまでが優先よ。その先に星三つがあると思いなさい」


 アンヌさん曰く、大きな依頼は地元の上級冒険者が持って行ってしまうし、アルスではそもそも数が少ないのだそうだ。


「大体、専属冒険者みたいな感じに収まっている人が多いの。その方が、ギルドを通すより融通も効くしステイタスにもなるから」

「後は、荒事に巻き込まれにくくなる。手を出すとやべぇって感じでな」


 冒険者の数も限られていて、依頼も街の中の雑用か商人の護衛くらいしかないギルドなので、中堅の冒険者は護衛について行ってそのままメインツやコロニアルの方へ移動してしまうのだという。


「新人同士組んでも教えてくれる人がいないから後が育たないんだよな」

「だから、たまにあんたに指導に来てもらってるんだよね」

「生涯現役だからな俺は」


 たまに長期で村を出ているのは、狩りではなくトラスブルの冒険者ギルドの手伝いをしているかららしい。それに、この部屋の住人の如き振舞いは……お年頃なので黙っておこうと思う。アンヌさんとの関係が悪化するのは困る。


「幾つか奉仕依頼を受けてもらったら、星一つに昇格させるから、今月中くらいは頑張ってもらえる?」

「はい。村で色んな仕事をしていたのが役に立ちそうです」

「ヴィーは小さなころから家以外の手伝いも頑張ってたもんな」


 バーン兄さんが家に戻らなくなって、自分に加護がないと分かってから……村で生きていくために全力で頑張ったからね。年寄りの家の薪割りとか、水汲みとか朝の日課レベルだったから。ほんと、あの仕事誰か代わってくれているのかな……どうでもいいけど。


「明日は、近所の村からの奉仕依頼で、兎の駆除ね」

「お、得意な奴だな。どんだけ獲ればいいんだろうな」

「二三匹じゃないかしら。一日だし、奉仕だからね」


 兎くらい村で獲れる人いないのかな。いないから依頼なんでしょうけど。


 そうそうと言い、アンヌさんは口調を改めて私に話し始めた。


「星二つになるまでは、男性として扱うわね」


 新人の女性冒険者というのは、パーティーのマスコット代わりにされたり、遊び女扱いされたりすることが少なくないのだそうだ。上位冒険者の男女比は半々に近いのだという。強力な魔術師や治癒師は女性が多く、前衛を務める男性は損耗率が高いため、高位になる前、なった後も引退したり死亡することが多いからだという。


「新人の場合、男女比九対一くらいだから。結構、面倒なのよ。基本的に、同じ村出身の男女で登録に来るから、ヴィーちゃんみたいな一人だけの女の子は目立っちゃうのよね」


 それはそれで構わない。女を売りにするつもりはないのだから。ついでの話だが、冒険者に慣れてくると女性は上位の冒険者のパーティーに引き抜かれることは多いらしい……残された男どもは悲しい……




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 男性として振舞う事。何故故郷を出たかに関しては、基本的なことを学んだので、遊学して見聞を広め、有名な薬師の方に弟子入りさせてもらうことを目標にコロニアルを目指しているということにすること。


「ここには長居するつもりは無く、目標もあり、戻るべき場所もあるということにする。要は、薬師の息子の修行の旅という事にするわけ」


 薬師の女の一人旅というのは危険な雰囲気しか感じないし、それが良いだろう。私、力持ちで魔術も使えて、大きな動物も捌けるけど。


「後は口調ね。ですますをやめて、言い切り風にしましょうか。言葉数を減らしていく方がいいと思うの、男っぽくしようとして感づかれるよりも、「わかった」「かまわない」「それでいい」見たいな語尾に『わ』を付ければいつもの口調に近いものにしたらいいと思うの」


 それは存外言いやすいかもしれない。いいえ、しれないわ☆


「ヴィーちゃんは、正式に名乗りを上げる時は、ヴィー・ド=レミと言いなさい。ド=レミ村のヴィーちゃんだから問題ないわ」

「うーん、問題ないのか?」

「紛らわしくはあるけれど、嘘は全くないからね」


 確かに、『ド』が名前の後につく人は貴族であることを示している。何も知らなければ「レミ家のヴィー」と思われるだろう。いいのかしらー


「貴族かどうか問われた場合は、どう答えましょう」

「『今はただの冒険者ヴィーです』って言えば良いわー」

「嘘は一つも入ってねぇのが質わりぃな、おい」


 いいえ、命が掛かっている局面ではそういう錯誤も利用しますよ当然。





 翌日、依頼を貰った兎狩りの村へと一人向かう。歩いて半日ほどの距離だが、こっそり街道から外れ「疾風」を身に纏って突っ走ると一時間ほどで到着。依頼人の村役人のジョブという人を探す。何人かに声を掛け、家に向かうと、朝の仕事を終えたジョブさんは家にいた。


「冒険者ギルドからの奉仕依頼で伺いました。ヴィーと言います」

「おお、すまないね。ちょっと待っていてもらえるか」


 壮年の少し……いえ、かなり髪の寂しい人の良さげなおじさんです。奥さんらしき痩せた女性と二人暮らしのようです。家は、普通の農家のワンルーム的竪穴式家屋。どこも、こんな感じですよね。


「早速、現場に行こうか」

「はい。できれば、今日の夕方から明日の明け方で依頼を完了したいのでお願いします」

「……そうかい、じゃあついてきてくれるか」


 道すがら、最近、山の中の獣が増えてきて餌が不足しているのか、兎が畑を荒らすようになったのだという。とは言え、年貢に関係する麦には影響が無いけれど、自分たちの食べる野菜やイモ類が荒らされるのは困るので、奉仕依頼を頼む事にしたのだという。


「兎は何匹くらい狩ればいいですか」

「そうだね、三匹は頼みたい。それを超えた分は冒険者の取り分で、三匹まではこちらで貰えるか」


 私は頷き、出来高払いということで心が高鳴る。


「もし、捌く場所を明日貸していただけるなら、解体しますよ」

「そうかい。共同の場所があるので、そこに案内するから頼めるかな」

「自分の分を含めて、そこで処理します」


 兎の肉は美味しいが、量が少ない。毛皮は用途が色々あるのでそれなりの値段で買取してもらえるはず。


「それと、兎以外の動物がいた場合どうします? 狼は駆除で構いませんか。その毛皮はこちらでいただきますけど」

「そうだね。できるものならそうしてもらえるかな」


 鹿や猪は禁猟のはずなので除外するが、熊や狼は駆除対象だ。小柄で成人したかしないかの外見の『少年』にそれほど期待していないという事なのでしょうが、かなり緩い条件を貰っています。それと……


「ゴブリンの足跡があったら報告しますね」

「あ、ああ。それは頼みたい。出来る限り正確な数も分かるなら教えて欲しい」

「足跡の差でわかる範囲でよろしければ」

「それで十分だよ。少年一人でゴブリンを討伐させたりしないよ」


 ジョブ氏は道理の分かる公平な人のようだ。村人で対応し、出来なければ領主か冒険者ギルドへ討伐依頼を改めてするべきだから。これが、調子のいい人なら「ついでに」と言い出しかねない。ついでに一人でゴブリンの群れを殲滅できる冒険者が兎狩りに無償で来るわけがないから。


 



 畑に向かうと、やはり兎の足跡と食い散らかしたと思われる野菜が散乱している。足跡は今のところ兎だけのようだ。数は三匹程度ではないだろう。その十倍はいる。一匹見かけたら……という奴です。


「この畑の周りの獣道に簡単な罠を仕掛けます。それと、今日の夜は明るい月夜なので、兎は活発に動くと思いますので、畑で待ち伏せします」

「兎はどの時間帯に動いているんだね?」


 夜行性ではなく明け方と夕方のうす暗い時間帯が活動期と言われる。狼や鹿、鼠なども同様だ。昼間は捕食動物に見つけられやすいので、薄暗い時間を狙って活動する。夏でも温度が低い時間なので早朝は特に活発だ。


「少し森の中も歩いてみますので、案内はここまでで大丈夫です」

「そうかい。気になることがあったら、何でも教えてくれ。必要なものがあれば出来る限り都合するから、遠慮しないでいいよ」

「ありがとう」





 その晩、私は十匹の兎を討伐し、血抜きをして明るくなるのを待つことにした。そして、ジョブ氏に小屋を借りると、三匹分を捌いて渡し残りは魔法の袋にしまい、冒険者ギルドに向かった。ジョブ氏は「また来てもらえるか」と聞かれたので「同じ条件であれば何度でも」と伝えておいた。ゴブリンの痕跡はなく、狼も見当たらなかったことも付け加える。


 昼過ぎに戻ったギルドで、兎七匹分の素材を換金し銀貨十枚になった。肉の状態も良く、毛皮の剥ぎ取り方も申し分ないと評価してもらい、師匠に叱られずに済むと安堵した。



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