第12話 依頼人は提案をし、私は大いに注文を付ける

 冒険者は村人が嫌いだ。なぜなら、自分を追い出した家族や生まれ育った村を思い出すから。傭兵が略奪する気持ちも分からないでもない。村人も冒険者が嫌いなのは、自分たちが追い出した兄弟を思い出させるからかもね。


 何が言いたいかと言うと、お互いビジネス以外では関わり合いたくない存在であるし、シビアな関係でなければならないという事だよ。




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 兎討伐の奉仕依頼をもう一度別の場所で受けることにした。その時、アンヌさんから色々アドバイスをいただいた。どうやら、後付けで追加依頼をして無償で何かをさせようとするトラブルのある村なのだという。


「線引きはしっかりね。隣近所の付き合いではないから、頼まれたことをほいほいするのは冒険者としては戒めなければならないことだから」

「わかります。しっかりお断りします」

「それも冒険者として必要な知見だから。勉強してちょうだい」


 兎狩りに続けて出かける私。勿論、徹夜明けで寝て翌日です。少し離れた走って一時間半程の村。山の際にあるあまり広くない村だった。


 都市の周りにも村は存在する。元々、定期的に市が立てられるような修道院や司教座のある場所に人が定住し商工業者が店を構えるようになった物が都市であり、農村は開拓を行っていた時代には農地に面して個々に居を構えてたが、異民族の襲撃や戦争の影響で集住し防備を構えるようになったりした。


 ド=レミ村も礼拝堂と領主館マナー・ハウスを中心に家が集住するようになっていた。依頼を受けた村も同じような形をしている。


 村の鍛冶屋は街の鍛冶屋より劣る質の鉄製品しか作れないが、その分、幅広く安く作る事ができる。高度で専門的な職人は街の鍛冶屋、多能で使いやすいものは村の鍛冶屋が優れている。なので、村での依頼のついでに、簡単な道具を頼むのは村の賢い使い方でもある。


 そのことを弁えている商人は、村で安く作った商品を、街で売ることも行う。





 依頼を受けた私は、一先ず依頼主の村役人の所に行くことにした。


「おお、依頼を受けてくれるというのだね。何人で来たのかな?」


 依頼主のハンスさんは村長ではないが、何人かいる顔役の一人で、トラスブルに行く場合、ハンスさんが対応している。娘さんが街で働いているからだという。


「私一人です」

「は?」

「私は、村で狩人の見習をしていました。なので、罠や弓で駆除を行うつもりです。大勢でワアワアやって来たとしても獲物は逃げてしまいます。なので、しばらく村に仮住まいして罠を仕掛けたり、追跡して巣ごと駆除したいと考えています」


 ハンスさんは私の説明に理解を示してくれた。村で唯一の高齢の狩人が亡くなり、跡を継ぐものがおらず駆除が進まないのだという。動物の痕跡を追うのはそれなりに経験が必要なので、農民には難しいだろう。


「それで、依頼の内容ですが、何匹くらい駆除すればいいでしょうか」

「何匹でも……とはいかないのかい」


 依頼の内容は一匹当たり銅貨十枚という内容だった。正直、話にならない。兎を捌いで肉として売れば、肉と毛皮でその十倍の銀貨一枚は固い。ギルドを通さず直接、肉屋と毛皮商に直接買い取らせると更に高くなる。


「半分というわけには……」

「いいえ、最初にどのくらい狩ればいいかおっしゃってください」

「じゃあ、十匹で」


 私は、その半分である五匹を一匹銅貨十枚で駆除する依頼を受ける事にした。五匹以上に関しては全て私の取り分とすること、罠を仕掛けた場所には目印の色付きの布を巻くので、村人は近寄らないこと、狼などの害獣をついでに討伐することを黙認すること、鹿・猪などを狩ることは領主様の禁令に掛かるので受けないし行わない事などを確認する。


 この依頼は兎の「駆除」であって「討伐」ではないのです。討伐依頼は無星の冒険者はそもそも受けることができないから。


 私は、その場で追加になった依頼内容と取り決めを紙に書き記す。二枚同じ内容を書いてお互いに一枚ずつ保管することにする。ハンスさんはある程度字が読めるので、内容に問題がないとお互いに署名する。


「これまた、随分としっかりした冒険者だね」


 と言われたが、契約は大事です。後からもっとよこせ……とか、そんなことは言っていないと言われると困るので。


「滞在中に仮住まいする納屋か倉庫があれば借りたいのですが。無料で」

「では、狩人の爺さんの住んでいた小屋を使ってくれ」


 村はずれの小屋に案内され、中の道具は使える物は使ってよいと許可を貰う。


「因みに、ゴブリン等の魔物がいた場合、討伐は別契約になりますが、どうしますか?」

「え……ついでに……」

「ならないですよ。狼は毛皮が換金できるので好意で狩りますけれど、ゴブリンは殺し損なのでそのまま放置しますけど構いませんか」

「一応、どの辺に出た痕跡があった教えてもらえるかい」

「ええ、その程度なら情報提供はサービスにしておきます」


 ゴブリンが「はぐれ」なら自衛の為に殺すけれど、複数、集団なら討伐依頼を出してもらわないと命に係わるからお断りさせてもらう。


 だから、そもそも討伐は認められていないから。




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 一通り、畑と周辺の森を確認。ついでに薬草のある場所も確認して、帰りに採取して帰ろうかと思う。村はずれの小屋を借りてしばらくと考えていた私だが、ちょっと困った事態になりそうな予感がする。


――― ゴブリンと思わしき複数の足跡発見☆


 畑や村と森の境界に設けた動物除けの柵の周りに、小さな人型の足跡。大きさにかなりばらつきがあるので、一匹という事は考えられない。大き目の足跡もあるので、恐らくは上位種が混ざっているのではないかと思う。つまり、はぐれ・・・ではなくある程度の集団だと思われる。


 巣穴の捜索? 仕事の範囲外です。お断りします。





 村の安全より自分の安全という事で、畑を見晴らせる場所に、ちょっとした見張用の土砦を作ることにする。魔力……問題ありません。


「土の精霊ノームよ我の働きかけに応え、我の欲する土の砦を築き給え……

土壁barbacane』」

 今回は、周囲の長さを半分にし、高さを出す為魔力の消費量が多くなりそうだったので、詠唱をしっかり行ってから術を発動させる。勿論、右手には魔銀剣も忘れない。


 一辺4m四方、高さ6mの簡易堡塁を作り上げ、私はその上で敷物をひき今日の帳場に備える。6mの高さと言うと、二階建ての民家の屋根の上の高さに匹敵する。そんな物が畑の片隅にいきなりできたとしても、その上を覗ける存在はゴブリンにはいない。虫も少ないし、いいことだ。


 因みに、魔術を発動させるには魔力を消費し、尚且つその制御をおこなわねばならない。一番魔力の消費量が少なく制御が容易なものが、先ほどの準備詠唱を伴う発動方法。詠唱呪文などと言う。


 次に、同じように見えて、その詠唱呪文を言葉にせずに『鍵言』だけを発声し発動する方法を『鍵言けんげん詠唱』と称する。準備詠唱を声に出さないで、所謂黙読のように頭の中で発音する分素早く知られずに詠唱が出来るが、その分、威力範囲が低下するので、魔力を多く消費する必要がある。但し、経験を重ねると威力差は減ってくるし、詠唱速度は飛躍的に改善するので、実質、次の詠唱省略並の速度となる。


『詠唱省略』は準備詠唱を行わず『鍵言』のみで即座に発動させる方法で、同じ魔力なら、威力はワンランク下がると言われている。例えば火球は小火球サイズになる。威力より即時発動させたいときに効果があるが、複雑な術式や魔力消費量の多い術式には不向き。咄嗟の防御や付与、牽制の攻撃に向く。


『無詠唱』は『鍵言』をも省略する。その場合、さらに難易度が上がり発動しない確率も上昇する。


 私の使う魔術は土の壁を作るとか、身体を加速させるといったものなので、相手に気づかれないように使うことがあまりないので、詠唱はしっかりすることにしている。せめて『鍵言』は言葉にしようと思っている。恥ずかしいが。


 それと、杖もしくは魔法の発動を補助する道具があると、詠唱を発声する事をさらに補助するので、効率よく正確に魔術が発動するので、あると便利であることを付け加えておく。


 さて、ここでじっくりと夜は観察させてもらいましょう。何が現れて、どう対応できそうかって。





 さて、兎さんはそれなりに現れ……私が土魔法で畑の周りにつくった落し穴に何匹かが落ち、土塁の上から畑の中を動き回る兎に矢を射かけ、これまた数匹を地面に文字通り縫い付けることに成功した。殺さないよ☆、明るくなったら回収だ。


 私の弓の射程は100m近くあり、鎧通しの鏃を使えばプレートアーマーも貫通する。本当に。そして……私は夜目が利く。魔物並みに。師匠曰く、夜は目が赤っぽく見えるらしい。片目だけ。光の関係でそう見えるのかもしれないが、自分ではよく分からない。狙いをつける右目だけ赤いのは、弓の弦が当たって充血しているわけじゃないと思う。


 バシッバシッと虫ピンで虫を縫い付けるように、兎を地面に調子よく縫い付けていた私は、兎以外の者たちが現れたことに気が付いた。


『Gyooo』


 やっぱり、ゴブリンが群れてるじゃない?

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