第5話 師匠は守り、私は冒険者の登録をする

 翌日の夕方、私と師匠はトラスブルの街に到着することができた。宿を取り、軽く夕食を済ませてから風呂に入り、身支度を整え冒険者ギルドに向かう。


 男装し、剣を佩き、魔狼の素材を持って師匠と宿を出る。宿は風呂が使えるということでちょっとお高い宿に泊まっているが、師匠が村に帰る時にはこなれた値段の宿に移る予定。


「朝と夕方は大体混んでるんだ。依頼は朝更新されることが多いし、夕方は依頼達成の報告や素材の換金が集中する」

「じゃあ、時間を変えた方がいい?」

「いや、いつ行ってもそれなりに混んでいるからな。それに、冒険者登録は大体混んでいない」


 街の中央にあるという立派な建物に足をはこぶ。トラスブルは商人・職人の街で帝国自由都市なので、領主である貴族が支配しているわけではない。議会とやらがあって、有力者(大商人などの資産家)の話し合いで様々なことが決まる。村の寄り合いの大きなものだと考えればいいらしい。


「なんで、出入りに住んでいる人間以外は一々入場税みたいなものを払う必要があるし、商売する場合も届け出をして税金を売り上げに応じて支払う義務がある。立派な街を維持するには、そうやって色々金がかかるから仕方がねぇんだろうな」


 整然と立ち並ぶ様々な店、そのところどころには大きな教会が教区ごとに立てられ、一番大きな大聖堂はお城のようにも見える。村の礼拝堂はあの村では最も立派な建物だったけれど、この街では馬小屋に毛が生えた程度の物にしか見えないだろう。


「人も仕事も多いが、その分悪人も多い。先ずは、その辺りの事情を学んで行くんだな」

「狩人になる前に、冒険者をしていたことがあるんでしたでしょうか?」

「まあ、若い頃はそういう経験をした。でも、まあ、冒険者を続けるほどの力はなかったから、五年ほどで村に帰って親の後を継いで狩人をしている。田舎者は上手い話に騙されたり、利用されやすいから気を付けるんだが、ヴィはタリアに色々教わっているし、所作も農民らしくないから、貴族の家の使用人の子供くらいには見える」


 師匠曰く、農民の場合、読み書き計算が出来ないので、冒険者になってもリーダーに頼らざるを得なくなるのだという。多少読み書きができ、仕事の選び方も分かる経験者がリーダーとなり、新人を集めてパーティーを作るという。


「中には、新人を魔物をおびき寄せる『餌』代わりに使い潰す奴もいるから注意した方がいい」


 新人同士で組むのが良いのだと言うが、男装女子の私の場合、男の子と同室にされるのも困る。体も洗う時に女だと分かってしまうだろうし、悩ましい。


「しばらくは、街中の仕事か薬草の採取辺りを主にやってみればいい。金が無ければ野営して宿代や食費を浮かす事も出来るし、薬師であることを売りにすれば、まともなパーティーに誘ってもらえるだろうから、受付さんとその辺のやり取りを上手くやるのがキモだな」


 師匠の顔見知りの受付がトラスブルの冒険者ギルドにいるそうなので、村に帰る前には一度紹介するということだ。何かあれば、その人に相談すると良いと言われ、安心するとともに……前もって言っておいてほしかった。




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 大きな商会程の間口で、教会に並んで建てられている石造りの立派な建物が冒険者ギルドだった。予想通り、ギルドは大混雑であった。


 受付カウンター、素材の買取カウンターが混んでいるのは当然で、併設されている酒場も大賑わいで、声を張り上げないと隣の人と話す事も難しいほどの状態だ。


 師匠はチラチラとカウンターを見回すと、知った顔を見つけたようだ。


「知り合いがいたから、登録済ませて紹介しよう」


 冒険者登録の窓口に向かう。他のカウンターは若く可愛らしい女性が多かったが、この場所はベテランの女性職員が受付をしている。


「冒険者ギルドへようこそ。新人の冒険者登録でしょうか?」

「アンヌ、久しぶりだな」

「ええ、久しぶりねゼッタ。この子はあなたの知り合い?」


 師匠の知り合いはアンヌという女性で、年齢は師匠と同世代くらいだろうか。若い頃はさぞかし……と言う感じであるが、他の受付の女性と比べると冒険者寄りの人に思える。


「ヴィ、紹介する。俺の昔の冒険者仲間だったアンヌだ。俺より長く冒険者をしていたんだけどな、いまはギルド職員をしている。アンヌ、ヴィは俺の狩人の弟子であり、タニアさんの弟子でもある」

「……へぇ、じゃあ色んなことができるのねー……期待の新人さんね♡」


 私の脳内副音声には『面倒な依頼を押し付けちゃお☆』と聞こえてきたことは無視をしよう。





 さて、いよいよ冒険者登録だ。書類を差し出され、記入するように求められる。流石に、先生の弟子と知っていて「文字は書けますか?」とは聞かれなかった。


「……綺麗な字ね」

「ありがとうございます」


 名前はヴィとする。性別を書く欄は特にないので問題なし。年齢は十五歳に今年なるのでそのまま。今までの活動……


「教会で手習いを教えていたとか……経験になりますか?」

「勿論よ。読み書き計算が出来て子供にも教えた経験がある冒険者なんて余程の身分の高い人でなければいないもの」


 元は傭兵を管理する為に作られたとされる冒険者ギルド所属の冒険者に子供の手習いを求めることはミスマッチだ。出来ないのが当然。


「では、使える武器は」

「杖とそれに似た短槍に、弓でしょうか。剣も一応使えますが、上手ではありません」

「狩人と薬師の弟子だから、色々出来るのね。もしかして、解体とかもできるのかしら」

「簡単なものであれば。鹿とか猪とか……魔狼だとか」

「え?」


 私は、昨夜の野営時に遭遇した魔狼を討伐し、毛皮と牙と膀胱を持っている事を告げると、アンヌさんは大いに驚いた。


「魔狼って、魔狼エクス・ループスよね」

「目の赤い、大きな黒っぽい狼ですね」

「かなり大きいわよね。ゼッタが手伝ったの?」


 師匠は首を横に振る。さらに、アンヌさんの目が大きく見開かれる。魔力持ちであることを小声で告げると「なるほどね」と頷いてくれた。


「素材は買取で良いのかしら」

「はい。登録を終えたら買取カウンターに行こうかと思います」


 アンヌさんは「それは不味いわね」と言い、私と師匠に耳打ちをする。


「今、買取カウンターにあなたが討伐したという事で魔狼の毛皮を持ち込むとちょっとした騒ぎになると思うの。ゼッタが狩ったことにするのでもいいけれど、ちょっと考えがあるから、少し待ってもらっていいかしら?」


 彼女はギルド酒場のフリーチケットを二枚私たちにくれた。何でも好きな食べ物と飲み物を一枚でひとつづつ無料でもらえるのだという。


「じゃあ、酒場で待たせてもらうぞ」

「ええ、ゆっくりしていてちょうだい」


 冒険者登録の受付を一時休止にし、アンヌさんは奥へと消えていった。




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 アルスは私たちのド=レミ村とそれほど離れていないのだが、食文化は帝国風の味付けに、乳製品を加えた物が多い気がする。


「アルスはこれが名物なんだ。酸っぱいキャベツは俺は好かん」


 タルトフランベという、パン生地を薄く引き伸ばし、上に具材を載せ、フレッシュチーズを掛けて焼き上げた物が師匠のお奨めだ。


「ソーセージと酸っぱいキャベツとジャガイモ大好きだから、まあ、慣れろ」

「パンがあれば、野営で兎肉のシチューでも作りますから、大丈夫です」


 鹿や猪は定められた場所と人でなければ狩猟することは禁じられている。水鳥などもそうだが、兎は畑を荒らす害獣扱いなので誰でも駆除することはできる。


 師匠はビールを、私はワインの果実水割を頼み、チビチビと飲みながら周りを観察する。


「あの壁にあるのが依頼票だな。毎朝更新されるが、常時依頼と言うのもある」


 師匠曰く、薬草の採取や見かけたら討伐してもらいたい魔物に関しては常に定額で依頼が出ているという。また、下働きのような仕事も同様で、中には教会の『奉仕』というものも含まれている。


「教会の奉仕は金はもらえないが、その代わり昇格する時の査定がプラスになる。簡単に言えば、金を稼ぐだけで世の中に貢献する気の無い者は冒険者としての意識に欠けると判断されて昇格されない」

「昇格しないと何が問題なのでしょう」


 師匠は、冒険者の仕事は難易度が高いほど報酬が高く、その難易度の高い依頼を受けるために冒険者等級を上げるのだという。


「国によって若干表示の仕方が違うから俺は帝国のギルドしかわからないけどな。最初は星無から始まる。で、依頼を受けて一定の期間に昇格基準に達する依頼達成を行うと、上のランクに昇格する。勿論、定期的に依頼を受けないと、半年から一年程度でランクダウンする。分不相応な依頼を受けて失敗が続けばまた同じだ。だから、冒険者になったらコンスタントに依頼を受け達成し続ける必要がある」


 なるほど、と理解する。階級は星無、一つ星、二つ星、三つ星、四つ星、五つ星の六階級で、五つ星は俗に「英雄」と呼ばれる貢献を為したとギルド本部が認められた者が、皇帝陛下の聖名により任ぜられるという。


 帝国内で無法を行う傭兵を管理する為に「冒険者」という職と身分を皇帝が与えたことに起因すると師匠は言う。


「お待たせしました。二人とも、二階へどうぞ」


 アンヌさんは私たちをギルドの二階にある応接室へと案内してくれた。


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