第4話 師匠は見守り、私は魔狼を倒す

「オリヴィ、気を付けて行ってらっしゃい。ゼッタ、よろしくね」

「おお、任せておけ。冒険者登録まで付き合うからよ!」


 先生は「さよなら」とは言わなかった。ちょっと出かけてきますとでも言うように私は「行って参ります」と答えた。




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 師匠の弓は強力だが、弦をかけっぱなしにするとすぐに駄目になってしまう。使う前に弦を張る必要があるし、使わないときもそれなりに手間がかかる。罠を仕掛けるのが良いのだが、兎程度なら強い弓である必要はあまりない。故に、旅の途中は、予備の短弓で狩りをしながら進む事にした。


「ヴィ、宿には泊まらないぞ」


 師匠に告げられた時、そこまで節約しなくても……と思わないでもなかったが、理由を聞いて納得した。


「お前を村から追い出して仕舞いならまだいい。お前の存在を王女が邪魔だと思ったら村を出た後……殺されるかもしれねぇぞ」


 王女の一目惚れから始まった事もあり、騎士は身分差もありやや気後れ気味なのは当然だろう。それに、故郷に残した「許嫁」の存在を示して最初に断った経緯もある。その事を王家の姫君は面白く思わないだろう。身分の低い者の消息が不明になってもだれも困らない。


 それ故、トラスブルまでの道中は全て野営で済ませることにするのだ。





 師匠はそれと、村を出た後『男装』するように指示をした。先生にも言われていたのだが、冒険者で女性一人というのは余程実績のある名の知れた人物でなければあまりよろしくないというのだ。簡単に言えば、パーティー専用の酌婦扱いされかねない。お酌だけでは済まないのは実際の酌婦と同様。


「旅をするにも、冒険者をするにも女性の服では困るだろう?」

「それはそうですね。では、早速着替えてしまいます」


 村から離れ、最初の野営に入る前に、私は仕事で使っていた男性用の服に着替える。山野を歩くときはワンピースでは歩きにくいから、バーン兄さんの着れなくなった服を譲ってもらっていた。


 稽古用の胴衣と、外出用の胴衣が手元にはある。移動中は前者を、街に入る前に後者に着替えれば良い。


「村からヴィの姿が消え、俺は途中まで見送った……ってことにする。トゥルムの手前で別れてネッツの方に向かったようだとでも答えることにする」


 村を出る時に師匠と二人連れの姿を誰かに見られているかもしれない。最初の野営はトゥルムの手前であり、そこから男装しているので「別れた」ということも別段嘘ではない。女の私と別れて男の私と同行したのだから、虚実の判定も潜り抜けられるだろう。本当の事だが、不足している事は嘘ではないから。





 兎美味し彼の山……である。


「兎狩るの上手いな」

「居場所が何となくわかるからでしょうね。弓の腕じゃないと思います」

「見つける方が弓の腕より大事だろうからな。良い事だと思うぞ」


 自分で言うのもなんだが、私は勘が良い。特に、動物や採取したい植物を見つけるのは得意だと思う。夜目も効くし、野営中に近づいてくる動物を見つけることができる。幸い、襲ってくるような獣は今のところいないが。


 油断したつもりは無かったが、『それ』は後一日でトラスブルに到着する日の野営の時に現れた。




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 トラスブルの手前の峠を越える際、山中で野営する事になった。昼間に捉えて捌いた兎と採取した野菜を煮込んだスープに硬いパンを浸して食事をする。狩人で良かったと思うのは、乾し肉に頼らずに食事ができる事だ。


 火を絶やすことなく、見張は交互に行う事にしていた。最初に私が眠り、夜中に師匠と見張りを替わる。魔物の習性として、人間を含めた動物の眠りの深くなる夜中過ぎを狙って襲う物が多いと聞く。故に、夜中を過ぎてからの見張が本番だと言えるだろう。


 恐らくはトラスブルの教会の鳴らす始まりの鐘が聞えた後、それは現れた。


 大きさはやや大きな狼程度なのだが……目が赤く光っているのが見える。弓では森の中で動く魔物を捉えるのは難しい。まして暗闇の中だ。


 私は、弓でも杖でもなく魔銀の片手剣を使う事にした。火の番をしているので、厚手の革手袋はつけたままだ。


「さあ、来なさい!」


 自分に気合を入れるように、師匠を起す為に私は大きな声を上げる。師匠が動き出す気配がする。師匠は槍を持ち込んでいる。


『Gruru……』


 黒褐色の毛に、大きく開いた口には通常の狼よりも鋭い大きな牙が飛び出すように生えている。鋸の歯のようだ。


 フウフウと荒い息を吐きながら、頭を振りつつジリジリと私に近づいてくる。腰を落とし、剣を突き出せるように薙ぎ払えるように右斜め前に構える。


「『小火球parvusfla』」


 赤子の握った手程の火球を魔狼エクス・ループスに向け放つ。驚いた魔狼が右に飛び退く瞬間、私は次の『疾風』を発動し、自分の体を加速させる。


 右手の魔銀剣に魔力を通し、相手の鼻面に剣の切っ先を叩き込む。


『Gyaaa!!!』


 犬の急所である鼻づらは、魔物になった狼も共通なようで、大いに怯むと同時に深く斬り裂かれた鼻先から血が噴き出ているが、死ぬような傷とも思えない。


「ヴィ、行けそうか!!」


 師匠の呼びかけに「はい!」と答える。木立の中で二人が立ち回りをするのは明るくても難しい。闇の中では万が一のフォローをお願いするのが是だろう。


 魔獣を見たことは何度かあるけれど、面と向かって立ち会った事は今までない。狼も二人の狩人を襲う事はほとんどない。魔獣も狼も初めての体験……だが、犬と似たようなものだ。最大の攻撃力を持つのは牙であり、爪はほぼ効果がない。飛びかかって首筋を狙って噛みつく攻撃が主。死角に回りこもうとするはず。本来、犬は夜目がそれほど効かないが、魔狼は魔物化しているので見えている。


 一気に倒すことも可能だが、時間をかけてダメージを重ねることにする。狼なら既に逃げ出しているだろうが、魔獣は『悪霊』に支配されてるので、目の前の人間を殺すまで襲うことを止めない。結果として、自分が討伐されることになったとしてもだ。





 その後、『小火球parvusfla』で牽制しながらこちらが飛び込むタイミングを整え、魔力を通した刺突で魔狼の眉間に剣先を突き立てることに成功した。数秒暴れていたものの、その動きは断末魔の叫びのようなものでしかなかった。


「お疲れさん。こいつは、皮が高く売れるはずだし、討伐報酬ももらえるはずだ。討伐証明部位は両方の犬歯だ。肉も使わないから血抜きもいらん。明るくなってからで十分だ」


 魔狼とはいえ、所詮は犬の延長線上の肉であるから、筋張っていてとても手間をかけて調理する気にはならないというのが師匠の意見だ。


「食べられない訳ではないんですね?」

「他に食いもんなきゃ食べるだろうが、それ以外の場合は食べない方がいい」


 そのうち食べる機会があるかも知れないので、それまでは楽しみにとっておきましょうか。




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 明るくなるまで軽く仮眠をとる。魔狼の臭いが漂っているので、獣除けになるので、見張はいらないという。


「ああ、それと狼の膀胱はとっておけ」


 狼の尿を獣除けに使うように、魔狼のそれも使う事があるという。冒険者ではなく、隊商がやむを得ず野営する時に使う用途が一番多いのだそうだ。故に、少々お高く売れるだろうという事で、膀胱の管を紐で縛り上げ、この部位も持っていくことにする。


「丸のままでも良かったのでしょうか」

「皮を剥いだり、ある程度下処理できる技能の無い奴は手数料払ってでもギルドで頼むんだ。買取価格から一定の率さっぴかれる。魔狼の皮は並の獣の皮とは比較にならねぇから手数料だけでもいい金額になる。お前ひとりで頭かち割って倒しているから胴の毛皮も綺麗なまんまだろ?多分、良い金になる」


 師匠は「売った金で装備を整えられるじゃねぇか」と言ってくれた。いくつか小道具や収納、簡単な防具も必要だが村では手に入らない物ばかりだから、換金出来てお金が手に入るのはとてもありがたい。


――― 神様はまだ私の事をお見捨てになっていない!


 少し前向きな気持ちになることができた気がする。


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