幼馴染の勇者に婚約破棄され、村を追い出された私は自分探しの旅に出る~『灰色乙女の流離譚』

ペルスネージュ

『旅立ちからのトラスブル』

第1話 勇者は目覚め、私は目が覚める

「オリヴィ、悪いがバーンとの結婚は無かったことにしてくれ」

「ごめんねオリヴィ……その、村を出て行って欲しいの。バーンが戻る前に」


 父さんと母さんが何を言っているのか全然分からなかった―――




∬∬∬∬∬∬∬∬




 私の名前はオリヴィ。本当はオリヴィアなのだけれど、私が村に来た時点でオリヴィアがいたので、オリヴィになったと聞いている。


 その昔、村外れの森に女と小さな子供の行き倒れが見つかった。その小さな子供が私。見つけてくれたのが今の父さん。


 女の人は母親なのだろうけれど、私と似ても似つかない顔立ちと髪と目の色だったので、もしかしたら使用人の女性であったかもしれない。私の髪は黒で目も黒い瞳。倒れていた女性は栗色の髪に灰色の目だったと聞いている。





 私は、森で助けてくれた家の娘になることになった。父さんの名前はオルド、母さんの名前はアマンダ。そして、私の三歳年上の男の子がいてバーンといった。


 母であろう連れの女性は村の薬師の手当ての甲斐なくしばらくして亡くなった。歯が生え始めた頃の幼女であった私はそのままオルド父さんの家の娘として育ててもらう事になった。アマンダ母さんはバーンの後に子供が出来ず、女の子であれば将来、バーンの妻にして本当の家族にするのも良いだろうと考えて引き取る事にしたのだそうだ。





 物心ついた頃に、自分だけ目と髪の色が家族と違う事に気が付いて二人に聞いたところ、そんな話をされたのだ。


 ショックではあったけれど、バーン兄さんのお嫁さんになれると聞いて、凄く嬉しかったと記憶している。





 村では七歳の過ぎ越しの祭りの日に教会で子供たちが集められ、神様から与えられた「加護」を確認することになっている。成人は十五歳だが、七歳からは職人や商人の見習丁稚で奉公に出たり、村の鍛冶屋や大工に弟子入りし下働きから仕事を覚え始める年齢だからだ。


 全員に加護があるわけではなく、無くても問題ないのだが「加護持ち」となった子供は、その加護を生かす職業の見習となることが少なくない。「戦士」や「剣士」といった戦いに有利な加護を持つ人は、領主様の館に住込み、兵士の見習となることがほとんどだ。





 そこでバーン兄さんは『勇者』の加護を得ていることが分かった。勇者は戦士系の上位の加護で、戦いに関する技能の習得が戦士以上に伸ばしやすく、また、所属する集団に戦闘中士気・行動力を高める効果をもたらす。成長するにつれ、治癒の魔術や付与の魔術を取得することもあり、その場合、『**の勇者』と現れた特性に因んだ名前が付けられる。


 例えば、火の属性を持つ付与魔法を用いるのもは『炎の勇者』といったようにだ。 因みに、兄さんは武器は『剣』についてのみ効果が表れるようで、将来的には『**剣の勇者』と称されることになりそうだと聞いた。





 バーン兄さんは領主様の館で見習従卒として過ごしていた。最初の一年は家から通い、その後は、月にニ度、週末に家に帰るようになり私と兄さんは会う機会が減っていった。それでも、父さん母さんは「バーンの奥さんになるのに恥ずかしくないように」と、私には常日頃言い続けていた。手柄を立てて村の代官くらいになって戻ってくれば、村長に準ずる立場に出世できるかもしれない。兄さんにはそういう期待も持たれていたようで、家に帰るのは少々煩わしく感じているようであったが、私には昔と変わらない笑顔を向けてくれていた。


 私は見た目は色白で華奢に見えるのだが、見た目と裏腹にとても力が強く、また病気やケガにとても強かった。転んだり擦りむいたりしても傷がすぐ治り、高熱をだしたことも寝込んだこともない。小さなころから家の仕事を手伝い、水汲みや薪割り、畑仕事も熱心に手伝ったが、手が荒れたりすることもなかった。いつもつるつるのすべすべ。


 七歳の加護の確認では何も見当たらず、はて?この子はなんでこんなに健康で力強くあるのだろうと村の皆が不思議がっていた。




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 やがて隣国との戦争がはじまり、バーン兄さんは騎士見習として参加し活躍した何人かの一人として騎士見習から従騎士を飛ばして「騎士」となっていた。父さんも母さんも大喜びで、故郷に錦を飾った兄さんは馬に乗り、騎士の衣装を身に着けて村に帰省してきた時は、村人全員でお祝いもした。


 お祝いの夜、酒宴を抜けだした私と兄さんは二人で懐かしい村を見下ろす丘の上にいた。小さなころは山の間に日が沈むのを二人で良く眺めていた思い出深い場所だ。兄さんは「話があるんだ」と言い、今回の帰省は任務の前の別れの挨拶に来たものだと私に話してくれた。


「オリヴィ、俺はこの後、しばらく村に帰れない。実は、国境の険しい山の中に古い石造りの城がある。そこに、「魔王」を名乗る者が住み着いて近隣の村や街を襲い、財貨を奪い人を攫う。また、抵抗する者たちを皆殺しにしていると聞いている。俺は討伐隊の一員としてその魔王の城に向かわなければならない」


「魔王」を名乗る者は、かなり強力な魔術の使い手であり、恐らくは傭兵経験のある部下たちと共に国境を荒らし回っているのだという。王都にやってきた被害を受けている村人と偶然に知り合った王女殿下の願いを受け、騎士団と宮廷魔術師から人を出し、討伐するというのである。


「俺は若いし、山歩きの経験も王都生まれの奴らからすれば格段に優秀だろ? だから、選ばれたんだと思う。これで手柄をたてて生きて帰ってこれたら村に戻ってオリヴィに、け、結婚を申し込もうと思っているんだ」


 幼いころから「バーン兄さんのお嫁さんになる」ということが自分自身の、家族の夢であった。それが、叶うという喜びと、危険な任務を受けて「生きて帰る」という約束を改めてしなければならない覚悟に、私は震えるほど恐ろしい気持ちになった。


「大丈夫だ。俺だって、戦場を経験してこの手で何人か殺したこともある。俺一人で行くわけでもないし、周りは優秀な騎士と魔術師に、地元に詳しい斥候も加わる。大丈夫だから、俺を信じて待っていて欲しい」


 兄さんは私をギュっと抱きしめてくれていた。あと少しで私も十五歳、兄さんは騎士になり、手柄を立ててその上で結婚を申し込んでくれる。信じて待つ……ただそれだけの事だとその時は思っていた。





――― まさか、こんな事になるとは思いもしなかったのだけれど。






 その後、私は色々知ることになる。私が本当は何者なのか、バーン兄さんは何故約束を守ってくれなかったのか。そして、この育った村に二度と戻る事はないという事を。

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