第2話 先生は巣立ちを願い、私は村を出る

「オリヴィはどうしたい?」


 タニアさんは私にこの先の事をどうするか、尋ねてくれた。多分、この村に私の居場所はもうないことは理解できていた―――




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 兄さんが領主様の館に行くようになって五年、騎士見習の最後の何年間かは王都の騎士団で勉強をするというので、バーン兄さんは領主様の館から何人かの同僚と王都に向かう事になった。


 私は、兄さんの良き妻、良き母になる為に、一層働く事にした。それでも、九歳の女の子には限界がある。悩んでいた私に、ある人が声を掛けてくれた。


「オリヴィちゃんに手伝いを頼みたいのよ~」


 それは、薬師のタニアさんだった。自分の手伝いをしてくれる女の子を探しているのだと言う。タニアさんは旅の薬師さんだったのだが、薬草が取れる場所に近い所に住みたいという事で村長と話し合い、村の医者代わりに村人の面倒を見る代わりに、住むことを認められた人だった。領主様とも面識があるようで、どうやらそれなりに名の知れた薬師なのだと何となく村人は思っていた。見た目は若いのだが、アマンダ母さんより少し上の年齢だったはず。





 タニアさんの家で手伝う事になったのは、薬の素材となる薬草の畑の管理や素材の採取の荷物持ち。それに、慣れてきて薬草の見分けがつくようになると薬作りも手伝わせてもらえるようになった。半年もたつ頃には、随分と色々な仕事を任されるようになっていたと思う。


 タニアさんは週に一度礼拝堂で読み書きの教室を開いていた。司祭様は何時もいるわけではない礼拝堂なので、教える人は教会の関係者ではなくタニアさんにお願いしていた。私も七歳から教室に通い、一年経たずに読み書きと簡単な計算は覚えていたので、翌年からは助手としてタニアさんに呼ばれていた。


 私の物覚えはとてもよく、また、自分の記憶にはないのだが、古代語?も多少話せていたようで、もしかしたら、貴族か高位の聖職者(貴族の子弟が多い)の関係者の子供ではとタニアさんは話してくれた。朝から晩まで力仕事をしている私には不要な知識な気もしたのだけれど、タニアさんは「薬師の指導書は大概古代語で書かれてるわよ」と言われ、古代語の読み書きも教わる

様になっていた。





 それから一年ほどで傷薬、火傷の薬、解毒薬を何種類か作れるようになり、次はポーションを作る様になっていた。ポーションは錬金術師の作る強力な薬というイメージだが、実際にどんなものかは正直判らなかった。錬金術師は魔術師の親戚で、魔力を持っていないと錬金術を扱う事は出来ず、ポーションを作り出す事も出来ない。


「あの、私、魔力なんてないんじゃないかと……」

「ええぇ、あるじゃない? 貴方が力持ちなのも、怪我がすぐ治るのも日焼けしないのも魔力のおかげなのよ~」


 そういえば、タニアさんもそうだった。村の女の中で一番華奢で美人。元々よその人だけど、村の人に混ざって力仕事をしても全く遜色がない。私の事は不思議に思う人も、タニアさんには特に何も思う事がなかったのは最初から魔力があると知っていたからなのだろう。


 こうして、魔力を操りポーションを作る為、私は簡単な魔術の教育を受けることになった。


 魔術には四つの精霊が関係していて、その力を魔力を用いて借りることで現象を変えるというもの。


『火』の精霊サラマンダー 『風』の精霊シルフ 『水』の精霊オンディーヌ 『土』の精霊ノームが存在し、それぞれどの精霊に好まれるかで使える魔術の種類も変わってくるという。


 私は『風』と『土』の精霊と相性が良く、『火』は悪く、『水』は中立くらいだという。実際、魔力を用いて基本的な『小火』『水球』『土壁』『疾風』といった術を発動させてみるとはっきりした。


 まず、『土壁』はあっという間に村の周りの防護柵のような高さと厚さでタニアさんの家の周りを囲ってしまった。


 私も驚いたが、タニアさんは「あら、随分と好かれているのね~」と驚愕の表情であった。『疾風』も同様で、体の動きを風の精霊の力で加速させる術なのだが、馬の襲歩ギャロップのような速度で疲れる事無く走り続ける事ができるようになった。


 自分自身を素早くすることは簡単だが、それ以外を素早くすることは難易度がかなり高いという。実際、私は村にいる間、タニアさん相手に『疾風』をかける練習をしたが、一度も上手くいかなかった。


 『水球』は、握りこぶし程の水の塊を空中に生み出し、飛ばすことなどもできるのだが、これは魔力をそれなりに使い、疲労もした。


「それが ふ・つ・う なのよ~ 土と風の相性が良すぎて魔力もあんまり消費しなかったから余計大変に感じたのかもしれないわね」


 タニアさんの言う通り、『小火』は蝋燭程の火を灯す為に、魔力を動けなくなるほどごっそりと消費することになった。この魔術は、火種を常に持ち歩かずに済む程度なのだが、私にとってはとても高度な魔術なのだろう。


「こんなに違うんですね……相性の良し悪しで」

「まあね。でも、魔力を養うには苦手な精霊のコントロールを磨いた方が効果があるわ。それに、土と風ではほとんど魔力を消費していないから練習にもならないし」


「ぐぅ ……その通りです」


 薬師にとっても、冒険者や狩人にとっても、火や水が簡単に魔力で手に入ることはとても有利なのだという。水源を求めて無駄な移動をする必要が無く、火をおこすことが容易で尚且つ慣れれば煮炊きもできるというなら、薪や竈の用意も簡単だ。


「土魔法も便利なんだけどね……どれも満遍なくできるに越した事はないのよ~」


 錬金術を教えてもらいつつ、私は魔力を育てるように努めた。




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 そして、錬金術の基本的なことも理解できるようになり、後は実際に様々なものを作る事で自分自身の腕を磨く段階まで進む事が出来た。基本的な錬金術に関してはタニアさんの持つ本を書き写させてもらい、自分なりの魔術と錬金術、それに薬師としての仕様書を作り上げることができていた。


 紙は羊皮紙と比べれば安価だが、それでもその辺の農民が何枚も手に入れる事ができるようなものではない。ふつう、書く練習は板の上に砂を引いて木の枝を筆代わりに使うのだから、村では紙は証書くらいにしか使われないものだ。先生の好意で、その紙は何枚でも譲ってもらえたのだ。





 バーン兄さんが戻ってきたら、家の事をしながら薬師・錬金術師として働くつもりでいた。その前提は崩れてしまったけれど。


 家を出ることになった私は、その足で先生の家を訪ねていた。既に、必要な物は荷造りを終え、小さな布の袋にエプロンや下着などを納めた物を持参している。


「村に居場所が無くなってしまったようなので……身に着けた薬師の術を生かして村の外で生きようかと思います」


 先々のことはわからないけれど、村から出たことのない私が生きていけるのかどうか正直不安で、先生に相談したかった。他に頼れる人はいないから。


「そうね、それが良いでしょうね。まだまだ学ぶことは沢山あるでしょうけれど、頑張りなさい。村を出ても私はオリヴィの先生だから。困った時はいつでも頼っていいんだからね」


 間違いなくもう一人の育ての母であるタニアさんは、私をギュッと抱きしめて額にキスをしてくれた。とても温かい気持ちになれたのだけれど、村を出ることは変わらない。さて、どうすればいいのだろうかと、具体的な話を聞く。


「出るなら、ここから帝国に入って帝国の冒険者ギルドに登録すると良いわ。これは、私の紹介状。これでも、ここに住み着く前はそれなりに名の知れた冒険者であったこともあるのよ。まだ覚えていてくれる人がいればいいけど」


 タニアさんは一先ず、帝国の商業都市として有名な『コロニア』を目指し、そこで冒険者に登録するのが良いだろうと話をしてくれた。


「小さい街で登録するのも悪くないけど、仕事も少ないしランクアップにつながる面白い依頼もあまりないの。地元の冒険者優先だし、余所者には厳しいところもあるから、やはり大きな街を勧めるわ」


 餞別よと言い、タニアさんは私に自分が昔使っていたという装備を譲ってくれた。旅用のマントに小ぶりの片手剣、丈夫そうな金具の補強のついたスタッフ。そして、魔法の収納袋。


「ああ、この収納袋ね、あなたと一緒に見つかった女の人の持ち物なの。中の食べ物なんかは古くなったものを処分したけれど、お金とかその他の物はそのままにしてあるから、気になるようなら中身を見てちょうだい」


 剣も同じく袋の中に入っていたものだという。柄頭には魔水晶が嵌め込まれており、魔力を操る際の杖のように機能するという。また、古代文字による『斬撃』の効果を高める魔力付与が行われており、魔力保有者が魔力を込める事で、本来の斬撃力と乖離して『斬れる』効果を生み出す。


「魔銀……ミスリルの刀身ね。魔力を通さないと鈍器みたいな使い方が出来るから、身を護る時にも使いやすいと思うわ」


 人を傷つけずに済むに越した事はないもの。隙を見せないようにする必要も今までの村の中とは比較にならないだろう。

 魔法の袋は、腰に巻く程度の巾着だったが、手を入れるとそれ以上の広がりがあることが分かる。


「ざっと、この部屋くらいのものは入ると思うわ。重さを感じることもないからとても便利だけれど、時間の経過はゆっくりと進むから、まったく劣化しないわけではないのね」


 便利な魔法の袋は、街で小さな屋敷が買えるほどの値段がするという。大きなものはそれこそ城が買える程の値段だという。


「これは、あなたを連れていた女性からあなたに渡すよう私が託された物。そして、帝国行を勧めるのも同じ理由よ。あなたの今は分からない本当のご両親や一族を探させる材料がここにあるかもしれない。折角なのだから、自分のルーツを探るのもいいでしょう」


 私はそのような過去につながる証拠が自分にあるのだと、ついさっきまで全然思いもしなかった。確かに、村の中にはタニアさんのように魔力を持つ人はいない。魔力を持つ人は貴族に多く、平民はほとんど魔力を持つ

ものがいない。いた場合、『加護』の判定でわかるので、バーン兄さんのように騎士に取り立てられ貴族の一員になってしまうことが少なくない。普通はそうする。





「途中まで道案内を頼んであるの。そろそろ来る頃ね」


 村から出ることのない私が無事に帝国の商業都市まで移動できるかと言うと少々不安だ。タニアさんはもう一人の恩人である狩の師匠を呼んでおいてくれたのだ。



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