第3話 師匠は先を憂い、私は大いに楽観する

「……王女殿下の……横恋慕……」

「ああ、もっぱらの評判だそうだ。オリヴィは貧乏くじ引かされたな」


 狩人のゼッタ師匠が呟く。王女殿下か……と私は聞いたことを少々後悔した。




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 ゼッタ師匠は、村で唯一の狩人で、年齢は四十前といったところに見える。罠も槍も弓も使う。槍は罠で捉えた獣に止めを刺す時に主に使うし、移動しながらの狩では弓を使う。


 私は、先生の下で薬師として勉強しているときに、素材採取を教わる為に師匠に付けられ山野を巡り歩き狩人の真似事をするようになった。元もと師匠は先生に薬草などの採取を依頼されていた関係で、そこに私が押し込まれたという事になるのだろう。


 最初は本当に山の歩き方と、獣の避け方、先生が必要とする薬草などの自生している場所を教えてくれる関係だったのだが、私が疲れ知らず、村でも有名な力持ちであることを思い出したのか、様々な狩猟の方法を伝授してくれることになった。


 私が同行すれば、持ち帰ることのできる成果が増えるので、師匠は理由を付けては私を狩りへと参加させた。


 狩りをする獣は様々で、猪・鹿・兎が多く、狐やビーバー、狼を狩ることもあった。熊や大山猫は見かけたことは有るが、襲って来なければ戦うことは無かったし、獣除けを投げつけて一目散に逃げることが多かった。


 おかげで、括罠スネアや落し穴を作るのはかなり上手になった。私は土魔法が得意であるので、落し穴を作るのも魔法で済ませることができたので『一生ここにいてくれ』と言われた記憶がある。


――― 残念ながら、出ていきますけれどね……





 弓に関しても、一通り教わった。師匠は普通の弓ではなく、色々な素材を組合せた弓を使っていた。小さな弓ではあったが、その威力は長弓に近く、引く力もとても必要だと言われていたが、力持ちの私には関係なかった。


 師匠は、弓の作り方から教えてくれ、補修の仕方、必要な弦の作り方に矢の作り方も教わった。それに……毒矢の作り方もだ。毒自体は先生に作り方を教わっていたので、『矢』についてだ。


 それは、掠っただけで早急に死に至るような毒ではなく、心臓や呼吸に負担を与え、動きを鈍くしたり、鏃が体の中に残る事で長期的にみて死に至る類の矢であった。


「人が襲われるような場合に使うって感じだな」


 師匠は毒矢の使い所について尋ねた私に、そう答えた。ところが、人に危害を加える可能性の高い『魔物』に関しては毒が効かないという。


「魔物は、長く生きた獣が『悪霊Damon』に取りつかれて変化したものだから、姿形は元の生き物の形をしているけれど、毒の効果はかなり薄い」

「では、どうやって倒すんですか?」

「狩人の仕事じゃねぇな。兵士や冒険者の仕事だ。それも、酷く大変な相手になる」


『悪霊』がとりついた獣は『魔獣』となり、妖精や亜人も同様に人型の魔物となる。『悪霊』は人が多く死んだ場所……戦場や疫病で人が死んだ場所、処刑場や墓地などで発生しやすく、弱った獣や妖精に乗り移り、人を害する存在を作り出すと言われている。


「何となく動きがおかしくて、黒っぽい色の目の赤い奴は大体魔物だな」


 師匠は山の中で何度かであったことがあるそうで、一度として戦ったことはないし、先に見つけることが出来なければ命は無かっただろうと言う。


「聞いた話だけどな、本来の獣の数倍の力を発揮するそうだ。それは、動きの早さ、硬さ、攻撃のすべてだというから、余程の冒険者か魔術師でもなければ相手にならないと言われているな」

「……『勇者』の騎士では難しい?」

「はは、ピンキリだからな。バーンは魔物の熊くらいなら一人で討伐できるんじゃねぇか、知らんけど」


 二人はそう言って、お互いの共通の友人であるバーン兄さんのことを話したりした。




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 先生の家に現れた師匠は「あれだ、村を出るなら近くの大きな街まで送るぞ」と言ってくれた。先生もそれが良いと言い、私はコロニアに向かうからその手前の『トゥルム』で冒険者登録をしようと考えていると伝えた。


「トゥルムはこの辺じゃあ都会だが、王国の特権都市になっている。お前の消息を辿る必要があるなら、ここで冒険者登録をする意味はない」


 特権都市とは言え、王国の施政下にある為、調査の依頼などは問題なく為されてしまうだろうというのだ。


 その先、戦禍にあって復興中の『ナンス』か、帝国自由都市である『ネッツ』に立ち寄るかを考えると、ネッツの方が良いだろうと先生が言う。


「ナンスは経済的な中心地だし帝国都市だから、冒険者登録して帝国で活動するならナンスは悪い選択じゃない。でも、足取りを追われるとすればナンスで記録を残すのは余り良くない気がする」


 先生はアルスの帝国自由都市『トラスブル』まで移動して、そこで登録し、しばらく冒険者としての経験を積むのはどうだろうかという。


「トラスブルは職人・商人がとても多い街で、帝国の中でも活発な都市だ。ほら、オリヴィの紙もそこで手に入れたものなんだよ。印刷製本や金属加工に時計職人なんかが多いね。川沿いで水車が使えるから、動力には困らないからね」


 当面の目的地『コロニア』に向かうには少々遠回りとなるだろうが、経験の無い冒険者が活動しやすいのは成熟した都市より、成長中の都市に余地があると思うのは自然でしょう。


「なら、俺も一緒にトラスブルまで行くとしようか」

「……かなり遠いですよ?」

「いや、私の使いも頼めば問題ないだろ?」


 先生が必要なものを師匠が買い付けに行くついでに私をトラスブルまで送ってくれようということになるようだ。


「途中で狩れる物は狩って、ギルドで素材売却するのもいいしな」

「それはそうかもしれないわね。素材の買取で冒険者登録が有利になる可能性もあるから」


 折角の魔法袋を有効に使うために、狩りをするのも悪くないと口をそろえて師匠方は言う。


「ネッツに向かうのに四日、トラスブルには七日かかるが、その程度の差ならネッツを選ぶ理由はないと思うわ」


 ネッツは金融中心の街なので、初心者の冒険者向きの依頼はそれほど多くはない。また、傭兵上がりの冒険者ならともかく、オリヴィの経験が生かせる依頼も少ないだろうというのは元冒険者の先生の考えだった。


 先生の家に数日泊めて頂き、村を出て旅に出る準備を進めることができた。先生も買い物を依頼する内容を確認するのに、しばらく時間がかかったのだ。


 こうして、私は人知れず村を立ち去ることができた。村の人達には特に挨拶をすることはしなかった。育った家以外の人達とはあまり付き合いが無かったから問題は特にない。『バーン兄さんの嫁』という目で他の村人から見られていたから、それが御破算になれば私の居場所はこの村には最初から無かったということは理解できていた。




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 数日の準備期間中、師匠はバーン兄の噂を色々と聞いてきてくれた。バーン兄の両親は私に何も詳しい事は説明してくれ無かったので、正直ありがたかった。





 新しい英雄の誕生に王国は大いに盛り上がっているという。騎士バーンは、王国と帝国の国境で街や村を荒らし回っていた「魔王」を名乗る強力な魔術師が率いる盗賊団を討伐し、その首級を王都に晒させたという。


 王女殿下の願いを見事叶えた騎士は王女殿下の婚約者となり、男爵に叙されたという。更に、一年後、伯爵に陞爵された後、領地をもらい王女殿下を妻とするのだそうだ




――― それは父さんも母さんも私を追い出すでしょう。




 確かに、家に領主様の使用人と王都の使者を名乗る騎士様が家を何度か訪ねられてきたことは見聞きしている。騎士様には「バーンの友人です」と挨拶されたこともあった。名前は……アモンさんだったと思う。


 じっくり観察されていたような気がしたけれど、友人の婚約者を見る目ではなく、王女殿下にどんな娘か聞きただされることを想定していたのだろうと思い至る。


「そうですか。何度か王都から使者が家を訪ねてきていたので、何かあるとは思っていたのですけど。勇者が王女と結婚して貴族様になるなら、拾われた孤児の義妹は出て行かないと外聞が悪いのでしょうね」

「……そう思われたのかもな。バーンはそんなこと考えるやつだとは思わねぇけど、周りがそう動いたんだろうな。なにせ、王女殿下の夫のスキャンダルになるからな」


 騎士となってからは、あの帰省以外に村に戻る事もなく、私自身も兄さんも手紙のやり取りをする事はなかった。戦場や討伐で忙しいから気を遣わせないようにと思っていた面もある。帰ってきた兄さんに成長した姿を見せて驚かせたかったという事も無いわけではない。


 それが悪かったとは思わない。少なくとも、討伐に出かける前に村に戻った時、私は確かに兄さんにプロポーズをされたのだ。正確には……プロポーズの予約かも知れない。


「討伐を無事終えて村に戻ったらプロポーズする……って言ってくれたのですけど……終わった話ですが」

「なら、あの噂は本当なのかもしれんな」


 ゼッタ師匠曰く、騎士叙爵の場で国王陛下と共に式に参列した王女殿下が、ある騎士に一目惚れしたという話である。王女に甘い国王は、王女の願いをかなえるために「勇者」の加護を持つ騎士に手柄をたてさせ王女を降嫁させる

ことのできる家格まで陞爵させる事にしたというものだ。


「王女の婿、国王の義理の息子が「勇者」として戦場に赴けば、王国軍は戦争に強くなると計算したんだろうって話だ」


 今の王様は戦争が好きだと聞いている。娘の願いをかなえ優秀な戦力が身内になるなら、村娘の人生など大した意味はないだろうと理解した。



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