第13話 紫の疾風:キキと火星の女王

キキは、ただの犬ではない。その紫色の光を放つ毛皮や、まるで心が通じているかのような鋭い瞳の奥に、私はずっと何か特別なものを感じていた。彼女と一緒にいると、胸の奥に深い懐かしさがこみ上げてくる。それは、亡くなった愛犬ジェットを思い出させるものだった。


ジェットは黒く輝く毛並みを持ち、穏やかな性格の犬だった。彼とは何年もの間、共に過ごし、彼の死は私にとって大きな喪失だった。彼がいなくなった時、私は心の一部を失ったかのように感じた。しかし、キキと出会ったとき、その失ったはずの何かが戻ってきたように思えた。


キキが私の前に現れた瞬間、その目を見た時に、私は確信した。彼女はただの未来から来た戦士ではない。彼女の中に、ジェットの魂が宿っているのではないかと感じたのだ。彼女の動き、彼女の温かさ、そして何よりも、私を守ろうとするその姿勢が、かつてのジェットそのものだった。


ある晩、私は夢を見た。ジェットが静かに私のそばに座っていた。夢の中で、私は彼に向かって手を伸ばすと、彼はそのままキキの姿へと変わっていった。紫色の光が彼を包み、キキは私を見つめながらこう告げた。「私はジェットだよ。ずっと一緒にいるよ。」


その夢から覚めた時、私はキキを見つめながら確信した。彼女はジェットの生まれ変わりなのだ。ジェットは新しい姿を得て、再び私のもとに戻ってきた。そして、彼女はかつてのジェット以上に強く、私を守る存在になってくれている。


今、この危機的な状況の中でも、キキと私はかつての絆を取り戻しつつある。火星の女王からの宣戦布告があろうとも、巨大な敵が現れようとも、私たちは一つとなって立ち向かうことができる。キキがいる限り、私は孤独ではない。そして、ジェットもまた、私たちの心の中に永遠に生き続けるのだ。


貯水池から突如現れた巨大なカブトガニのような怪物は、鋭い毒針を振り回しながら迫ってきた。その瞬間、キキは迷うことなく動き出した。紫色の光をまとい、まるで風のように敵の周りを駆け巡る。彼女の足音が地面を打ち、竜巻のような力で怪物を翻弄しようとする。しかし、怪物はビクともしない。巨大な毒針を振り下ろす音が空気を裂き、キキはそれをギリギリでかわした。


「キキ!」私は叫びながら、祈るように南無妙法蓮華経を唱えた。その声に呼応するかのように、キキの体がみるみる大きくなっていく。今や彼女は、怪物に匹敵するほどの巨体を持ち、ジェットの力を取り戻したかのようだ。彼女の咆哮が響き渡り、全身の力を込めて怪物の装甲に噛みつく。


「ガリッ!」という音とともに、キキの牙が分厚い装甲を貫いた。その瞬間、怪物は体を激しく痙攣させ、地面に倒れ込んだ。


しかし、安堵する間もなく、怪物の体内から無数の卵が転がり出た。卵が割れ、中から小さなカニのような生物が這い出してくる。その数は圧倒的だった。


「なんてことだ…」私は息を飲んだ。無数の小さな怪物たちが、一斉にこちらに向かって這い寄ってくる。


キキもその光景に一瞬戸惑ったが、すぐに再び動き出そうとした。しかし、その時、上空に轟音が響き渡った。空を見上げると、巨大な火の玉が降り注ぎ、無数の怪物たちを炎で焼き尽くしていく。


「パヤナーク…」私はその名を呟いた。彼が再び現れたのだ。パヤナークは火の玉を吐き続け、小さな怪物たちを一掃していく。


「キキ、今だ! 怪物の腹を狙え!」パヤナークの声が冷静に響く。キキは一瞬の迷いもなく、再び怪物に飛びかかり、彼女の牙が再びその弱点を貫いた。


怪物はついに完全に動かなくなり、キキはゆっくりと元の姿に戻った。


しかし、私たちの戦いはまだ終わっていなかった。巨大な敵が倒れても、その無数の卵から孵化した生物たちは再び動き始めていた。だが、パヤナークはすでに動いていた。彼の口から再び火の玉が吐き出され、小さな生物たちをすべて焼き尽くしていった。その光景は、まるで戦場に炎が広がるかのようであり、まもなくすべての敵が消滅した。


私は深い息をつき、ようやく安堵の感情が込み上げてきた。キキもまた疲れ切った様子で、私のそばに静かに座り込んだ。彼女の姿は以前のジェットそのものであり、私たちはこの地で再び一緒に戦い続けていく運命なのだと感じた。

その時、突然、空中に淡い光が現れた。その光は次第に形を成し、ホログラムの姿が浮かび上がった。それは火星の女王の娘、マーテルだった。彼女の表情は冷静で、しかしどこか不気味なほど静かだった。


「ステージ1のクリア、おめでとうございます。」彼女は機械的な声でそう告げた。「次のステージはエジプトです。準備を整えてください。」


彼女の言葉は終わると同時に、その姿は再び消えた。エジプト…次の戦いの場所か。私は再び気を引き締め、キキに目を向けた。彼女もまた、力を取り戻すために目を閉じていたが、その瞳の奥には再び決意が宿っていた。


未来から来た紫の犬、キキ。そして、彼女の中に宿るジェットの魂。私たちはまだ始まったばかりのこの戦いに向け、再び立ち上がらなければならないのだ。

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