第19話 アトランティスの幻影

地下迷宮の広大な空間。中央に立つオベリスク、周囲を取り囲む七本の柱、そして部屋の奥に鎮座する二つのスターゲート。古代エジプトの神秘と威厳が渦巻くこの場所で、シッダールタたち一行は重大な決断を迫られていた。火星か、アトランティスか。どちらのスターゲートを起動するのか?


「火星には、暴走したAIと、目覚めさせられた太古の怪物たちがいる。地球の危機を救うためには、一刻も早く火星へ向かうべきだ。」


レンは、その言葉に強い決意を込めた。彼女の瞳は、地下迷宮の薄暗い光の中でも、鋭く輝いていた。


「しかし、アトランティスにも何か重要な秘密が隠されているはずだ。彼らの高度な文明、そして滅亡の記録…それは、私たち人類への警告かもしれない。」アインシュタイン博士は、静かにだが力強く反論した。彼の声は、地下迷宮の静寂の中で、不思議な重みを持っていた。


二つの選択肢。どちらも重要な意味を持つ。シッダールタは、仲間たちの顔を見渡した。それぞれの表情に、迷いと決意が入り混じっている。キキは静かにシッダールタの隣に座り、その紫色の瞳で彼を見つめていた。まるで、彼の決断を信じると言っているかのように。


シッダールタは、深く息を吸い込み、心の中で問いかけた。


「今、私たちは何をすべきなのか?どちらの道が、私たちを真実に導くのか?」


その瞬間、彼の脳裏に、アトランティス大陸が海に沈む光景が浮かんだ。それは、キキが語った物語の一場面だった。かつて栄華を誇った文明が、一瞬にして滅びる…その衝撃的な光景は、シッダールタの心に深い印象を残していた。


「アトランティスへ行こう。」


シッダールタは、静かにだが力強く言った。彼の声は、地下迷宮の空間に響き渡り、迷っていた仲間たちの心を一つにした。


「アトランティス…?」


レンは、少し驚いたように聞き返した。


「なぜ?地球の危機を救うためには、火星へ向かうべきなのでは…?」


シッダールタは、仲間たちに向かって、静かに語り始めた。


「キキの物語を思い出してほしい。火星と地球の戦争、アトランティスの滅亡…それは、私たち人類への警告だ。私たちは、彼らの過ちを繰り返してはならない。」


「アトランティスは、高度な科学技術と超能力を持っていた。しかし、彼らは傲慢さゆえに滅びた。彼らの物語は、私たちに、真の知恵と力のバランスの重要性を教えてくれる。」


「今、地球は再び危機に瀕している。火星AIの暴走、太古の怪物たちの目覚め…しかし、私たちはただ戦うだけではいけない。真の原因を探り、過去の過ちから学ばなければならない。」


「アトランティスには、そのためのヒントが隠されているはずだ。彼らの文明、彼らの技術、そして彼らの滅亡の記録…それは、私たち人類が未来へ向かうための道標となるだろう。」


シッダールタの言葉は、仲間たちの心に響いた。レンも、アインシュタイン博士も、彼の決断に理解を示した。キキは、静かに尻尾を振り、シッダールタの足に体をすり寄せた。


「よし、決まりだ。アトランティスへ向かおう!」


ホウは、力強く宣言した。彼女の瞳には、新たな冒険への期待が輝いていた。


一行は、アトランティスのスターゲートの前に立った。古代エジプト人が残したこの装置は、時空を超えて、別世界へと繋がる門だ。その巨大な円環は、黒曜石のように光を吸収し、周囲の空気を重くしていた。


シッダールタは、再びゼロポイントフィールドアクセス装置を取り出し、起動した。今度は、古代ギリシャの哲学者、プラトンのホログラムが現れた。


「汝、アトランティスを訪れんとする者よ。その地には、汝らが求める答えがあるだろう。しかし、忘れるな。アトランティスの力は、使い方を誤れば、破滅をもたらす。汝らは、真の知恵と勇気を持って、その力と向き合わねばならない。」


プラトンの言葉は、シッダールタたちの心に重く響いた。彼らは、深呼吸をし、互いの顔を見合わせた。


「準備はいいか?」


シッダールタは、仲間たちに尋ねた。


「ああ!」


レン、アインシュタイン博士、ホウ、そしてキキは、力強く答えた。


シッダールタは、アトランティスのスターゲートに手を触れた。その瞬間、ゲートの中心部が青白く輝き始め、周囲の空気が振動し始めた。轟音と共に、ゲートが開き、その奥に、まばゆい光が溢れ出した。


シッダールタたちは、光の中へと足を踏み入れた。彼らの体は、光の粒子に分解され、時空を超える旅へと出発した。



アトランティスの幻影


シッダールタたちの意識が戻った時、彼らは見知らぬ海岸に立っていた。そこは、青い空とエメラルドグリーンの海に囲まれた、美しい島だった。白い砂浜には、ヤシの木が揺らめき、潮風が心地よい香りを運んでいた。


しかし、その美しい風景とは裏腹に、シッダールタたちは、奇妙な違和感を感じていた。空気は重く、静寂が支配していた。鳥のさえずりも、波の音も聞こえない。まるで、時間が止まっているかのような、不思議な空間だった。


「ここが…アトランティスなのか?」


レンは、周囲を見回し、呟いた。彼女の瞳には、驚きと不安が入り混じっていた。


「そうか…これが、アトランティス…」


アインシュタイン博士は、感慨深げに呟いた。彼は、かつてアトランティスについて書かれた書物を研究していた。しかし、目の前に広がる光景は、彼の想像をはるかに超えていた。


「何か…変だ…」


ホウは、鋭い視線で周囲を見回し、呟いた。彼女の勘は、何か不吉なものを感じ取っていた。

その時、キキが、シッダールタの足に体をすり寄せ、小さく鳴いた。彼女の紫色の瞳には、恐怖の色が浮かんでいた。


「どうしたんだ、キキ?」


シッダールタは、キキの頭を優しく撫でながら、尋ねた。


キキは、前足で砂浜を掻き、何かを伝えようとしていた。しかし、彼女のテレパシーは、何者かによって妨害されているようだった。


「誰かいる…」


ホウは、低い声で言った。彼女は、すでに敵の存在に気づいていた。


次の瞬間、彼らの周囲の景色が歪み始めた。白い砂浜は、灰色に変色し、ヤシの木は枯れ果てた。青い空は、厚い雲に覆われ、太陽の光は遮られた。


そして、彼らの前に、異形の者たちが姿を現した。それは、人間の姿に似て非なる者たちだった。彼らの体は、灰色で、鱗に覆われていた。顔には、鋭い牙が生え、目は赤く光っていた。


「何者だ…?」


レンは、剣を抜き、敵に向かって身構えた。


「アトランティスの亡霊たちだ…」


アインシュタイン博士は、書物で読んだ知識を頼りに、答えた。


「亡霊…?」


シッダールタは、聞き返した。


「ああ…アトランティスが滅びた時、彼らの魂は、この島に囚われたと言われている。彼らは、生者への復讐を誓い、永遠にこの地を彷徨っているのだ…」


アトランティスの亡霊たちは、無言でシッダールタたちに襲いかかってきた。彼らの動きは、素早く、そして静かだった。まるで、影が動くかのように、彼らはシッダールタたちを取り囲んだ。


「気をつけろ!奴らは、生者の生命エネルギーを吸い取る!」


アインシュタイン博士は、警告した。


レンは、剣を振るい、敵を斬りつけた。しかし、彼女の剣は、亡霊たちの体をすり抜けた。彼らは、実体を持たない存在だった。


「無駄だ!物理的な攻撃は、奴らには効かない!」


ホウは、叫んだ。彼女は、槍を構え、敵に向かって突進した。しかし、彼女の槍もまた、亡霊たちの体をすり抜けた。


「どうすれば…?」


レンは、焦りの色を隠せなかった。


その時、キキが、シッダールタの前に飛び出し、大きく吠えた。彼女の紫色の毛並みが、まばゆい光を放ち、亡霊たちを包み込んだ。


「キキ…?」


シッダールタは、驚いたようにキキの名前を呼んだ。


キキの光は、亡霊たちを弱体化させていた。彼らは、苦しげにうめき声を上げ、後退り始めた。


「キキ…お前…?」


シッダールタは、キキの力に驚きを隠せなかった。


キキは、シッダールタを見つめ、テレパシーで語りかけた。


「私は…火星の女王の兵士だった…アトランティスの力も…使える…」


シッダールタは、キキの言葉に理解した。彼女は、火星と地球の古代文明の力を、両方とも受け継いでいたのだ。


「キキ…頼んだ…!」


シッダールタは、キキにすべてを託した。

キキは、再び光を放ち、亡霊たちを撃退した。彼らは、光の粒子に分解され、消滅していった。


「ありがとう…キキ…」


シッダールタは、キキの頭を優しく撫でた。


キキは、尻尾を振り、シッダールタに寄り添った。


アトランティスの亡霊たちを撃退した後、シッダールタたちは、再び周囲を見渡した。景色は、元の美しい姿に戻っていた。白い砂浜、ヤシの木、青い空、エメラルドグリーンの海…まるで、悪夢から覚めたかのような、清々しい風景だった。


「これで…いいのか…?」


レンは、まだ不安そうに尋ねた。


「まだだ…」


シッダールタは、静かに言った。


「これは…始まりに過ぎない…」


彼らは、アトランティスの真実を探るため、島の奥へと進んでいった。彼らの前には、未知なる冒険が待ち受けていた。

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