第15話 未来からの使者:タイの田舎で始まる地球防衛戦
私は日本人だ。名前も年齢も、ここでは明かさないでおこう。今、私はタイの片田舎にある小さな家で暮らしている。周りは広大な稲田と、遠くに見える山々。のどかな風景だ。そして、私には特別な同居人がいる。紫色の毛並みを持つ愛犬のキキだ。
キキは未来からやってきた特別な犬で、テレパシーで会話ができる。彼女との出会いは、私の人生を大きく変えた。そして最近、この平和な日々が一変してしまった。
数日前、村を襲った巨大な生き物との戦いがあった。それは想像を絶するものだったが、キキの助けもあってなんとか勝利することができた。その戦いの記憶が鮮明に残る中、私は奇妙な夢のことを思い出していた。
古びたスマートフォンのような装置がたくさん入ったバッグと、不思議な人物。夢で見たはずなのに、妙にリアルな感覚が残っている。「あれは本当に夢だったのかな?」
私は竹で編んだ籠や、古い木製の箪笥の中を探し回った。しかし、どこにもそんなバッグは見当たらない。
「キキ、聞こえる?」
私はキキに呼びかけた。キキは藁葺きの軒下で涼んでいたが、私の呼びかけに耳をピンと立てた。
「どうしたの?」キキの声が私の頭の中に響いた。
「変な質問かもしれないけど...古いスマホみたいな装置がたくさん入ったバッグ、見かけてない?」
キキは首を傾げ、しばらく考え込んだ後、突然立ち上がった。「あっ!思い出した!お寺の倉庫だよ!」
「お寺の倉庫?」私は驚いて声を上げた。村はずれにある古いお寺のことだ。そこには誰も入らない古い倉庫がある。
自転車に乗ってお寺に向かう。道すがら、のどかな田園風景が広がっている。しかし、どこか違和感を感じる。村人たちの表情が、いつもと違う気がする。
お寺に着くと、老僧のプラ・ソムサックが出迎えてくれた。「よく来たね。何か探し物かい?」
その穏やかな笑顔に安堵しつつ、私は倉庫のことを尋ねた。老僧は古い鍵を私に渡してくれた。
錆びついた扉を開けると、埃まみれの倉庫の中に、見覚えのあるバッグが置かれているのが見えた。
「これだ...」
震える手でバッグを開けると、夢で見たのと同じ装置が30個も入っていた。各々が小さなディスプレイを備えた、スマートフォンによく似た形状をしている。
「キキ、これって一体...?」
キキは慎重に装置を嗅ぎ、目を細めた。「これはね、ゼロポイントフィールドにアクセスする装置だよ。超古代文明アトランティス人が発明したんだ。地球の叡智からアドバイスを受けられるすごいものなんだって」
私は息を呑んだ。アトランティス文明。それは日本の歴史書にも、タイの仏教経典にも出てこない、まったく馴染みのない名前だった。
キキは続けた。「でもね、一回使うと消えちゃうんだ。だから大切に使わないとね」
私は躊躇したが、好奇心に負けて一つの装置を手に取った。電源ボタンらしきものを押すと、小さなディスプレイが青白い光で明るく照らされた。
そこに現れたのは、夢で見た不思議な人物だった。長い白髪と深い青色の瞳を持つ老人。その姿は幻想的で、この世のものとは思えなかった。
「よくぞ見つけてくれました」老人は穏やかな声で語りかけた。「私はアトランティスの最後の賢者、アズラエルです」
私は驚きのあまり言葉を失った。夢ではなかったのだ。全てが現実だった。
アズラエルは続けた。「あなたが巨大生物との戦いに勝利したことは、既に知っています。しかし、それは始まりに過ぎません。地球は今、かつてない危機に瀕しているのです」
「危機...ですか?」私は震える声で尋ねた。
「そうです。異次元からの侵略者たちが、この世界を狙っています。彼らは目に見えない形で、少しずつこの世界に入り込もうとしています。そして、人々の心を操り、地球のエネルギーを奪おうとしているのです」
私は息を飲んだ。巨大生物との戦いよりも、さらに恐ろしい脅威が迫っているというのか。
「でも、私のような日本からの移住者に何ができるというのでしょう...」
アズラエルは優しく微笑んだ。「あなたには特別な力があります。それは、地球と共鳴する能力です。この装置は、その能力を増幅し、地球の叡智にアクセスするためのものです。使い方は簡単です。心を静め、地球の声に耳を傾けてください」
私は深呼吸をし、目を閉じた。すると、不思議なことに体が軽くなっていくのを感じた。まるで意識が宇宙に浮かんでいるかのような感覚。そして、かすかな声が聞こえてきた。
「勇気を持って前に進みなさい。あなたは一人じゃない」
その声は、まるで大地そのものが語りかけてくるかのようだった。私は目を開け、アズラエルを見つめた。
「聞こえました...地球の声が」
アズラエルは満足そうに頷いた。「よろしい。これからあなたは、この装置を使って地球の叡智を導きに、侵略者たちと戦っていくことになります。しかし、忘れないでください。この戦いは、力ずくで勝つものではありません。愛と調和の力こそが、真の勝利をもたらすのです」
その言葉とともに、装置の光が徐々に弱まっていった。アズラエルの姿も、霧のように消えていく。
「待って!もっと教えてください!」私は叫んだが、既に遅かった。装置は私の手の中で、粉々になって消えてしまった。
残された29個の装置を見つめながら、私は深い決意を胸に刻んだ。地球を守る。それが、私に与えられた使命なのだ。
その夜、私は眠れなかった。竹でできた簡素なベッドに横たわり、藁葺きの屋根の隙間から見える星空を見つめながら、これからの戦いに思いを巡らせた。目に見えない敵。心を操られた人々。そして、愛と調和の力...。
「大丈夫だよ」キキが私のそばに寄り添ってきた。「私もずっとそばにいるからね。未来から来たのは、この瞬間のためだったのかもしれない」
私はキキを抱きしめ、小さく頷いた。「ありがとう、キキ。あなたがいてくれて本当に心強いよ。きっと、乗り越えられるはずだよね」
翌朝、田んぼに向かう途中、いつもと違う空気を感じた。村人たちの表情が、どこかぎこちなく、虚ろに見える。「もしかして...」私は不安を覚えた。
田んぼに着くと、いつも親切にしてくれるスラポンが不自然な笑顔で私に近づいてきた。
「おはよう。素晴らしい朝だね。みんなで協力して、新しい世界を作ろうよ」
その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。明らかに普段のスラポンではない。まるで...操られているかのようだ。
「そうだね...」私は平静を装いながら答えた。「でも、今の世界も捨てたものじゃないと思うんだ」
スラポンの表情が一瞬歪んだ。「そんなことないさ。もっと素晴らしい世界が待っているんだ。お前も早く気づくべきだよ」
私は急いで自分の担当の田んぼに向かった。状況は想像以上に深刻だった。アズラエルの警告は、既に現実のものとなっているのだ。
昼休み、私はこっそりと近くの小高い丘に登った。バッグから一つの装置を取り出し、電源を入れる。
再びアズラエルの姿が現れた。「状況は把握しています。侵略者たちの影響が、既にその村にまで及んでいるようですね」
「どうすればいいんでしょうか」私は切実に尋ねた。
「まず、自分の心を守ることです。そして、愛と調和の波動を広げていくのです。操られている人々の中にある、本来の純粋な心に語りかけるのです」
私は深く頷いた。「分かりました。でも、具体的にはどうすれば...」
その時、後ろから足音が聞こえた。慌てて振り返ると、そこにはスラポンが立っていた。その目は、底知れぬ闇を湛えているように見えた。
「やはり、お前は特別なんだな」スラポンの口から、明らかに別の何かの声が発せられた。「我々の計画の邪魔をする気か?」
私は震える手で装置を握りしめた。「あなたたちの好きにはさせない。この地球は、ここに生きる全ての存在のもの。奪わせはしない」
スラポンの姿をした存在が近づいてくる。私は急いで目を閉じ、地球の声に耳を傾けた。すると、温かなエネルギーが体中に広がるのを感じた。
目を開けると、私の体が淡い光に包まれていた。スラポンの体から、黒い霧のようなものが出ていく。
「な...何をする!」異質な声が叫ぶ。
私は一歩前に踏み出した。「お願い、スラポン。本当のあなたの声を思い出して」
光がスラポンを包み込む。彼の体が大きく震え、やがて地面に崩れ落ちた。
気がつくと、装置は消えていた。2つ目を使ってしまったが、それは後悔するようなことではない。スラポンが、ゆっくりと目を開けた。
「あれ...俺は...」困惑した表情で周りを見回すスラポン。どうやら正気に戻ったようだ。
私は安堵のため息をつきながら、彼に手を差し伸べた。「大丈夫?スラポン」
「ああ...なんだか、悪い夢を見ていたみたいだ」
その言葉を聞いて、私は決意を新たにした。これが始まりなのだ。長く、そして困難な戦いになるだろう。でも、一人ずつ、確実に人々を取り戻していく。地球の未来のために。
丘の上から村を見下ろしながら、私は残りの装置に思いを巡らせた。28個。28回のチャンス。それを最大限に活かし、この世界を、そしてこの地球を守り抜かなければならない。
「さあ、行こうキキ」私は小さくつぶやいた。
「これからが本当の戦いの始まりだ」
夕暮れの空が、まるで私に応えるかのように、美しく輝いていた。稲穂が風に揺れる音が、まるで地球の鼓動のように聞こえる。この景色を、この地球を、守り抜く。それが今の私の使命なのだ。
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