第6話 2人の夜討ち

「ん?」


 バッカスは店に入る際、すれ違った2人組に気を取られた。

 何か、違和感を覚えたからだ。

 そしてしばし立ち止まり、その正体を探る。だが、結局その場で思いつかない。


(ま、そのうち分かるだろ)


 こういう違和感は据え置くに限る。

 そしてふとした瞬間、正体が明らかになる事を期待するのだ。


「早く行きましょ」


 急かしたイイダの声を聞きつつバッカスは奥へと進んだ。


◆◆◆◆


「結局メイソンさんは来られなかったんですか?」


 そう聞いたイイダの声に、棚を見上げていたバッカスは振り向く。


「ああ。リアルの方で用事があってな。ただ、夜には合流できるそうだ」


 そんなやりとりをしつつ、彼は周囲にならぶ武具の山へ目を通す。

 相変わらず陳列のなってない店だ。

 価格の制定や税金を嫌って市政の手を逃れたこういう店は、それこそ悪党に好かれていたが、法律遵守の潔癖さを持たないフリーランスの傭兵にも愛されていた。


 バッカス自身も今のバーム竜滅戦士団に入る前はこういう店によく冷やかしに来ていたものだ。

 ここもそうした内の1つで、店主とも顔なじみ。

 少し言葉を交わす程度の仲だが、相変わらず表情の読めない彼はカウンターを離れず、気味悪い微笑で店番にいそしんでいる。


(ここは変わらねぇなぁ)


 こうしてイイダを連れ立って来たのは後輩にこういう場も見せておこうという、ちょっとしたお節介からだ。


 何より実力の高さが尊ばれるバーム竜滅戦士団において、イイダは才気あふれる有望株。


 こういう事も教育の一環だ。


 ちなみに準備の残りは三番隊副長に任せている。

 そもそも今回の作戦、仕込みがものを言うため、先行して街へ来たバッカス、イイダ、メイソンの3人で、必要なことはあらかた済ませてしまった。


 だから手は空いている。

 決してサボっているわけでは無い。

 「サボりたいだけでしょ」と副長は苦笑いで指摘するが断じて違う。


(それにしても)


 ふと、思考を切り替え今回の案件を思い出す。

 それはある違和感からだ。


 そもそもこの街が高々殺人鬼1人に手間取っていたのは対応の悪さが大きい。

 彼らの持つ衛兵の練度は悪くない。数も揃ってる。

 なら、運用方法の問題だ。

 まして一時雇いの傭兵を入れて指揮を乱れさせるのは……


(と、考えすぎだな)


 そこまで詮索するのは傭兵としての領分を超える。

 そもそも今回、彼らのやり方が悪いおかげでこんなありがたい機会に恵まれたのだ。

 なら、精々仕事を請け負うまで。


 ただ、なんとなく違和感が拭えず思索に耽ると、


「バッカスさん。これ、どうですか?」


 やや離れた位置で武器を見ていたイイダから声がかかり、考えを打ち切る。

 歩み寄るとイイダから差し出されたのは一振りの長剣。

 品質を見て欲しいのだろう。


「どれ」


 受け取ると、まず鞘に納めたままグリップと鍔の具合を見た。

 それから引き抜いて刃の状態。


(悪くない……が)


「お前、ちょっとこれ構えてみろ。」


 そう言って一度鞘に納めてからイイダに返す。

 そして、意図を図りながら受け取った彼は腰の長剣と取り替え、引き抜くと同時に構える。

 切っ先をピンと跳ね上げ持ち手を高く保持する攻撃的な構え。

 それは惚れ惚れする完成度だ。


「どうだ?」


「あー、重心が変?」


「そうだ。これじゃあ、物打ちで斬った時、衝撃が流せない」


「なるほど」


 そうして納得すると彼は剣を鞘に納め、元の場所に戻した。


(順調に育ってるな)


 後進育成も隊長としては大事な仕事だ。だから、こうして副長に仕事を任せて街に繰り出すのもまた、大事なことなのだ。


 それに、こういう指導が自分には向いていると自覚もある。

 本当は剣術の才能がもう少し欲しかったところで、それにコンプレックスが無くはない。だが、それこそ多くを望みすぎ。

 精々自分のできることをやればいい。


 その後、一通りの武器を見て、何も買わずに店を出るのも忍びないので結局バッカスは両刃のナイフを一本新調した。

 今使っているのは錆が浮き始めているからだ。


 そして店を出る際、ふと店に入る時すれ違った2人組への違和感を思い出す。

 一方は金髪の丸刈りに切れ長の目をしていた。チンピラみたいな風貌だが、何処と無く陰気臭い。

 そしてもう一方が妙に特徴の掴めない顔をしていたことをやはり疑問に思った。


◆◆◆◆


 ここで、バーム竜滅戦士団が取る作戦の全容を話しておこう。


 まず、例の殺人鬼はプレイヤーであると想定される。

 これはNPCの性質から逆算でき、こんな無差別に人を殺す真似をする奴は、まずプレイヤーしかありえない。


 その場合、最も恐れる事態はバーム竜滅戦士団を警戒してログインを控えられることだ。しかし、そうなる可能性は低いとバッカスは見ている。


 なぜなら、例の殺人鬼はあまりに好戦的。

 いっそ、無鉄砲とも言える人物だからだ。

 それは奴の起こした事件を紐解けば明白で、

 こういう事実から人格を割り出す手法をバッカスは得意としていた。


 だが、念を入れ少しばかり偽装を施す。

 あくまでも普段通りの夜警に見せかけるのだ。


 幸いこの街は人の出入りが多く、1日のうちに小規模な部隊を引き入れるのは難しく無い。そして、バーム竜滅戦士団の面々は身の上を偽装した上で街に侵入。

 殺しのやり口から『ヴィルマの殺人鬼』事件は個人の犯行と見られるため、これを察知される可能性は低い。


 配慮は最低限で充分だ。


 そして、部隊を変装させた上で、現在夜警を行なっている面々の一部と取っ替えれば、今まで通りに見せかけつつ作戦が行える。

 4人で1つの班を作り、徐々に狩り立てていく寸法。

 殺人鬼が現れたその晩にとっとと捕まえるなり殺すなりして作戦は終了。


 バーム竜滅戦士団において、最も柔軟と言われる3番隊の面目躍如と言うべき作戦だ。


 そして、街中で実際に作戦を行うメンバーと別に、司令部を置く市長の屋敷内にも何人か警備を配置する。

 こちらは市長への宣伝以上の目的はなく、これの担当になったメンバーはブーブー文句を垂れていたが、バッカスは報酬に色を付け納得させた。


 以上だ。


◆◆◆◆


 深夜。


 やや欠けた満月が空に浮かび、昨日と同じように煌々とした光を投げかける。


 それを眺める男が1人。

 電気による人工的な光のないこの世界で星はただ明るく、夜空に過密して敷き詰められている。


 しかし、そんなものは見慣れた光景で、男の感情が沸き立つことはない。

 最初の内は別だったが。

 今の彼は死んだ魚のような目で、こう呟く。


「貧乏くじだぁ……」


 それは今、彼の担当する仕事がとっとと終わらないかと思ったが故の言葉。


 そして彼はバーム竜滅戦士団3番隊の構成員でも末端に当たり、団の中でも新顔だった。


「暇だ!」


 再び口を開く。その感情の高ぶりに合わせてか、やや大きく、虚しく響いた。


 彼は今、ヴィルマの街の市長の館、その本館の扉の前で警備を行なっている。

 無論、1人で行うはずもなく、両開きの扉を挟んで向こうに同じく運の悪い同僚が突っ立っていた。

 あちらはなんともシャンとした直立不動の姿勢だ。


 そもそも殺人鬼を討伐に来たのになぜこんな場所で警備を行うかといえば、市長への宣伝という話。


(ああ、これは貧乏くじだな)


と、彼は自分の役割を聞いて納得した。

 それでも引き受けたのはやはり報酬が割増だったからで、ただ、そんな事のためにこの役割を引き受けたことを少し後悔していた。


 そこでふと、彼はこの場にいるもう1人の同僚と雑談でもしようと思い当たり、すぐにあることを思い出してやめる。


(そういや、あいつはNPCだったなぁ)


 ということを思い出したのだ。


 NPCノンプレイヤーキャラクター


 プレイヤーではなく、システムが管理、操作するキャラを総じてこう呼ぶ。

 ただ、それは数十年前までの決まり切ったルーチンや発言を繰り返す柔軟さのかけらもない代物から飛躍的に進歩し、普通に話している分には見分けがつかない程。


 だだ、それでも限界はあり、目的のあやふやな行動を頼まれると途端に挙動がおかしくなる。


 雑談なんてその最たる例で、成立するはずもなく会話の齟齬が節々に現れる。

だから雑談で暇潰しなんてできない。


 彼はそうした諸々を考えた末に……


(やっぱ貧乏くじだぁ……)


 最初の考えに戻った。

 もはや色々と諦めている。


 それからさらに数分が経ち、彼が何となく腰に吊るした長剣の柄頭をいじり始めた頃。


「ん?」


 15m先の芝生を何かが通り過ぎた気がした。

 なお、この敷地一帯には視界確保のため三脚で支えられた篝火が点在している。

 そのそばの色濃くなった影に何か蠢いたのだ。

 それは、羽虫にしてはやたらと大きい。


(侵入者か⁈)


 ここで補足として敷地全体の構造を述べる。

 まず、敷地は石造りで高さ10mはあろうかという塀に外周を囲まれている。

 ただ、塀と呼ぶには分厚く砦の壁のような佇まいだ。

 そして内側には手入れされた芝生が一面に広がり、ちょうどその中心辺りに屋敷の本館と西館、東館の3棟が並ぶ。

 ちなみに作戦の司令室があるのは本館2階の執務室。


 そして、警備を簡単にするためか、外周の塀を通る道は正門1つのみ。

 そこにも門を挟む様に同僚が2人配置され、侵入してきたとあらばその2人は既に……


(いや……)


加えて、何かがおかしいと気付く。

何か……そうか!


(伝令が遅い)


 もうそろそろ次の伝令が来ていても良い頃合いのはずだ。

 それが来ないとなると、襲われた可能性が高い。

 たかだか殺人鬼1人にやられたとは考えにくいから別組織の横槍が入ったと見るべきか?


 そして、剣のグリップに手を添え、同僚へと目配せ。しかし、向こうもすでに臨戦態勢で剣を引き抜き目を細め正面を見据えていた。


 このゲームはNPCでも一切プレイヤーを立てることはなく、ちゃんと強いので安心だ。


 そして彼自らも剣を引き抜く。


 わずかな擦過音と頼りになる重みが手の平へ伝わり、それを軽く構えた。


(どこだ?)


 確かにそこに居るが存在感は希薄。


「止まれっ!!」


 だから呼びかけた。

 見つけるのは早々に諦め、こちらが気付いていると相手に訴えるのだ。

 反応があるならそれでよし。

 無いなら引き続き警戒。

 どのみち存在に気づいた時点で不意打ちには対応できる。


 そうして視界の隅にスッと薄ぼんやりな輪郭が1つ現れた。

 黒づくめの装束に、抜き身のダガーを携え、つかつかと無遠慮な足取り。


(1人か)


 他に気配はない。

 わざわざ1人で何故ここに来たのか意図は掴めないが、侵入した時点でこいつを斬り殺す理由は事足りる。

 しかし、黒々とシミのように浮かぶその存在感は彼我の距離を感じにくくさせた。


 油断できる相手では無い。


 そして奴が篝火の真横を通った瞬間、あるものがくっきりと眼に映る。

 ダガーにベッタリと赤黒く纏わりつくもの。

 血だ。


 既に何人かっている。


(やはり門番の2人か?)


 ここまで侵入してきたならそう考えるのが妥当。

 それほどの実力かは知らないが即座に


(殺す。)


そう決意した。

 そこに躊躇ためらいはない。

 心に冷ややかな波紋が広がるようだ。


 グロテスクかつリアルが売りの、このゲームで予想以上に嫌悪感を催し、買ったはいいが手をつけない輩は結構いる。

 また、このゲームは好きだが殺すのだけは無理って奴もまあいる。

 それだけこの世界の殺人は、生々しさを作り込んでいる。


 だからこそ並々ならぬ覚悟とそれを楽しむ鬼畜さが戦闘には不可欠となるのだ。


(どう出る?)


 敵は相変わらずの足取りで向かい来る。

 その見た目と存在感はまさしく噂に聞いた殺人鬼。

 いや、噂以上か。


 そして奴はこちらの間合いの半歩外へ踏み込んだ瞬間、測ったようにピタッと立ち止まる。


(?)


 意図の掴めぬまま、真剣な眼差しで見つめる。

 すると、奴は何も握っていない左手で急に

 スッと男から離れた横の位置、ちょうど同僚がいた場所を指し示す。


(何?)


 そんなことで気を引こうとしているのか?

 と、馬鹿にされた気分。


 だが、その時だ。


 ゴッと何か硬く重い物が地面に落ち、ゴロンと転がった音。それが自然と視界に入り、その何も映さない瞳と目があった。


「なっ、」


 落ちたのは同僚の生首、思わず彼が居たはずの位置を向くと、ちょうど肩から上のない死体が膝をついた瞬間で、その傍らには覆面をした大柄の男、血まみれの刃物を持ち……


(まずい!)


 即座に正面へ振り向くと目が合った。

 じっとりと嘲笑うような瞳と、振り上げられたダガー。至近距離で繰り出された一撃。

 それは喉への最短経路の軌道を取る。

 が、かろうじて左籠手で受けた。


「ぐぅっ!」


 鎧とはこうして盾のような使用も可能だが、その斬撃は受けきれても衝撃を流す余裕はない。

 左手への痛打。


(重っ)


 重い一撃。


 敵は重量級戦士に見えない。

 おそらく回転や助走のエネルギーを限りなくロスの無いまま攻撃に乗せたのだ。


 しかし、それを理解する間も無く思わず怯み、続く第2撃をどうにかする余裕は無かった。

 喉へと刃が食い込みゾッとする感覚の中、遂に武器を取り落とす。


 そして掻っ切られた喉を抑えつつも目前の殺人鬼を睨みつけるが、何ができるわけでもなく、そのまま事切れた。

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