第5話 買い物に行こう!
洗面所で鏡に映る自分を見ていた。
黒髪が手入れされず、目にかかったひょろ長い男。それが伊井島 直樹という人物の容姿。没個性でどこにでもいそうな立ち姿。
その反面、彼の操るガラージは刺々しい見た目をしている。
金髪碧眼のローダン人を選び、髪は丸刈り、目はキレのあるナイフのように鋭い。
まぁ、その姿もゲームでは目立たない。
派手な容姿のキャラなどむしろありふれており、それもまた没個性。
おまけに、殺しの際は黒装束で姿を隠し、ついさっき捕まるまで誰の記憶にも残っていなかった。
それらのことを思い、今後の身の置き方について少し考える。
その後、さして広くもないアパートのリビングへ戻った。
◆◆◆◆
そこは殺風景な俺の部屋だ。
家具は、壁際のベッドを除けば殆ど無く、家電も必要最低限のみ。
部屋の隅には読みかけの文庫本が積まれていて、特徴と言えばその程度。
だが、1つだけ異彩を放つメカメカしいヘッドバンドのような機器がベッドに転がっていた。
それは頭部着用型デバイスで、VR用の無骨なデザイン。
『Virtual Diver ver4.0』と呼ばれる代物。
ほどほどの高性能と値段の安さが特徴だ。
ついさっきまで『G.O.R.E』の世界に潜っていたので起きて、顔を洗うついでに鏡を見てその後今に至る。
壁に掛けられたデジタル時計は朝の8時を示していた。
「そうか」
だんだん頭がハッキリしてきた。
夜の2時ごろゲームに潜り、6時間は遊んでいたのだ。妙な疲労を感じたのはそのせいだ。
ただ、ゲーム内では3倍の早さで時間が流れるため、体感で18時間遊んだ計算となる。
これは時間の圧縮と追体験による加速システムで、近頃のゲームによく使われており、この『G.O.R.E』というゲームも例外では無い。
そして脳への負担が大丈夫なのか俺は最初心配だったが一通り調べた結果、社会全体で認可されていたため納得している。
それとてどこまで信用できるかは疑問だが。
そして暇だった俺はおもむろに床に転がっていたタブレット端末を拾い、電源を入れた。
エトセラムに指定された時間までは、まだ余裕がある。
適当なアプリを起動しようとし
「……」
あるものを目にして顔が硬直する。
『伊井島 沙月』
その名前の着信履歴。
露骨に舌打ちをかまし、部屋が静かだったので、それはやけに反響する。
(めんどくさ)
あの女とはできれば話したくない。
そうして少し迷った挙句、こちらからはかけ直さず無視を決め込み、一眠りしようとベッドで横になった。
◆◆◆◆
その店は裏路地にある。
明らかに人の寄り付かない区画のさらに寂れたそこは、まともな奴なら寄り付かない見捨てられたエリア。
そして、こんなところへなぜアルチョムと俺の2人がやってきたかといえば、買い物のためだ。
木造の店内に入るとそこは薄暗く、壁は老朽化のため隙間が空き日光が射し込む。
それが唯一の光源で、視界は確保できた。
そして、ゴチャゴチャと日用品の並ぶ店内の奥、胡散臭い笑みを浮かべた店員がカウンター越しにこちらを見つめている。
アルチョムはその店員と一言二言話すと共だって奥へと進み、俺は慌てて追いかけた。
店内の奥で扉を2つ経由したそこは、外観から考えられないほど異様に広く、刀剣や鎧を始めとした武具が山の様に。
俺たちはここへ武器の調達に来たのだ。
「なんだこの店」
2人が明らかに慣れた様子で進むため、こっちがおかしいのかと思ったが、そんなことはない。
この店はどこかおかしい。
そもそもここへ来る羽目になったのは再びログインした直後の一連の出来事のせいだった。
◆◆◆◆
「臭い」
突如突き付けられたその一言。
聞き覚えのない声に誰かと振り向けば、そこに立つのは見知らぬ女。
(誰だ?)
黒髪を後ろで括りシャツに革のパンツという動きやすい格好で、体格はスラリと線が細い。
しかし袖から覗く両腕は筋肉が適度に付いて荒事向きだ。
わかりやすい特徴といえば右目周辺の不自然な火傷跡、それさえなければ美人だろう。
(え、マジで誰?)
説明を求め、周囲に目を配る。
ここはログアウト時に居たあの部屋で、相変わらず魔女の居室を思わせるそこに、2人の人物。
強烈な顔をしたアルチョムと、優雅な佇まいで椅子に座るエトセラムだ。
そして、こちらの意図を読み取るなりエトセラムはこう言った。
「紹介がまだだったね。彼女はクサカベ。私の部下で、今回の作戦に彼女も参加するからよろしくね」
そう言うと優雅な所作で指を組む。
一方、アルチョムは何処かニヤついた表情で思考は読み取れない。
(仲良く……か)
出会い頭に「臭い」と言ってくる奴とどう仲良くなればいいのか俺は頭をひねった。
てかそんなことを言われるのは地味にショックだが、諸々考えた末俺が強烈な臭いを放つ可能性に行き着いた。
(そんな臭うか?)
肩辺りに鼻を近づけ今着ている黒装束を嗅ぐと、わずかに血生臭い。
そこで1つ思い出す。
昨晩、それなりに人を殺して回ったが、その後着ていたものを洗っていない。
このゲームでそうした衣服の汚れは残る。
だからこそ最低限汚れを落とせば目立たない黒装束を愛用していた。
だが、昨晩は一連の出来事で洗濯を忘れ、装束に付いた血が一部乾き張り付いていたのだ。
(こりゃ落ちねえな。でも、そこまでの匂いか?)
そして、クサカベの方へ視線をやると彼女は無言で頷く。
(無表情……)
顔が微動だにせず人形を相手にしているようで不気味。
それがこの女に感じた第一印象だ。
それはそれとして、替えの装束をどうするか。
一応服自体はくすねたのがあったが黒装束は汚した1セットのみ。
そこで「新しいの買ってあげるよ。」と助け舟を出したエトセラム。
「いいのか?」と聞くと「これも先行投資の内」と答えた辺り、まあ予想はついていたが、金にまつわる恩を売られ、俺は自嘲気味に笑った。
金、金、金。
奴は金持ちらしく、俺との貧富の差は著しい。このままいくと、返しきれないほど恩を売られ、こき使われるんじゃないかと危惧を抱く。
金を持たない奴は人権を持たないに等しいのだ。
その後、なんやかんやあって衣服を新調するなら一緒に所持品も新調しろという話に追い込まれ、ガタガタのダガーを使っていたことを指摘され、アルチョムから説教を頂く。
そうして俺は身支度を整え、アルチョムと2人で新しい武器の買い出しに出かけたのだ。
奴によれば、他は良いが武器だけは自分で選べということらしい。
◆◆◆◆
「なーんか、随分と面倒見いいんだよなぁ」
「そりゃお前、あんなクズみてえな武器使わせるわけにゃいかねえだろ」
アルチョムは壁に掛けられたダガーを手に取り、そう答えた。
そして、鞘から引き抜き真剣に見定める。
その目からは普段のにやけた印象が抜けていた。
今回、ここには俺の武器の調達に来たわけだが、正直武器の良し悪しなんて分からねぇと話したら
「あー、じゃあ俺が候補絞ってやるから、そっから選べ」
とアルチョムに言われ、今の状況に落ち着いた。
そして俺は手持ち無沙汰になりプラプラと店内を歩きつつ、並べ掛けられた武具を流し目に見ている。
その傍、奴の真似をして趣味に合いそうな品、気になった品の数々を手に取ってみるが、やはり何が良くて、何が悪いのか分からない。
そもそもこのゲーム、武器を始め道具類の情報が文字で表示されない。
わかりやすく言うなら『鋼の剣 攻撃力30』的な情報が存在しないわけだ。
というのもこのゲーム、肉体へのダメージをヒットポイントみたいな数値でなく、リアルめな負傷で管理しているためそうした単純な数値で性能を表せないらしい。
さらに武器に使われる素材も鋼鉄、木材、動物の皮や骨、牙がメインで、レパートリーに乏しいから目に見えた違いが無い。
一応ファンタジーな金属や魔物由来の素材も存在するらしいが、そもそも出回らないのだとか。
(てか……)
武具の陳列が雑。
刀剣、長物、鈍器、防具と多ジャンルがごちゃごちゃして探しづらく、明らかに低品質の錆びついた武器の束にしれっと新品が混ざっている様は、なんかもう、わざとやってるだろと言いたくなる。
だからアルチョムと次のやり取りをした。
「何でこんな店で買うんだよ」
「こういう店の方が掘り出し物多いんだぜ」
「なら多少高くてもまともな店で買うべきじゃねえか?」
「表の店じゃ足が付く」
常識とばかりにアルチョムが言って、終わり。
なるほど、それなら納得がいく。
なんでもこの店、表向きは雑貨屋として登録され、市政の許可を得ず会員のみ案内して武具を売ってるらしい。
諸々感じていた違和感の正体はこれだ。
ちなみにそんなことをするのは武具の売買に関する税金をちょろまかすため。
バリバリ犯罪だが、脛に傷のある連中からすればこの上なくありがたいだろう。
例えば俺の様な。
そんなことを思いつつ、表のカウンターへ店番に戻った店主の姿を思い出す。
緑のエプロンを着た若い男。顔は人の良さそうな笑みだが、その実口元しか笑ってない。
(あれは本当に信用できる人間か?)
ふと、そんな疑問がよぎるが、支払いは俺じゃないので気にしない事にした。
◆◆◆◆
「ちょっと来い」
奴からそう呼ばれたのは店に入って1時間は経った頃。
あいつは鞘に収まったダガーを3本束にして片手で掴み、俺を待っていた。
「何?」
俺が素っ気なく言うと奴は手に持っていた品を全て差し出し、俺はそれをとっさに受け取る。
「お前が使いやすそうなのを3本まで絞った。あとは好みで決めてくれや」
(決めてくれやって……)
「全部同じに見えるんだけど」
「んーだから、好みで。直感でもいいぞ」
んなこと言われてもなあ。などと思う。
元々適当な武器を使っていた以上、適当に決めるのもアリだが、ここでそれをするのは気が引けた。
これは、せっかく人に買ってもらうなら1番いいのを選びたい貧乏性の心理だ。
そして、3本とも鞘から引き抜いては、その剣身を見る。
日にかざすと鈍く輝くそれらは刃渡り40cm程で両刃。先端にかけ鋭くなるやや肉厚な形状で多少なら乱暴な扱いにも耐える作り。
それに斬撃はもちろん鎧の隙間を通す扱いも可能と見た。
一方、鍔はシンプルな棒状、革の巻かれたグリップに円形の柄頭という無骨なつくりは俺好みだ。
何となく作り手の神経質さが伺えるため、どれも一級品の品だろうとは流石に見当がつく。
そして何より、
(……全部同じに見えるな)
やはり、これが問題だった。
なら、これ以上、自分の目に頼るのはやめだ。
その考えのもと適当に1本選んで、他を近くの棚に置く。そして、選んだ得物を腰ベルトの後ろに鞘ごと取り付けた。
(いい重さだ)
やろうとするのはちょっとした発想の転換。
見て分からないなら使ってみればいい。
幸い文句を言う店主はここにいない。
目の前にいるアルチョムも注意する気は無さそうだ。
奴はどことなく観察するような
(さて……)
肺から空気を押し出す。
思い出すのは実戦の緊張と重圧。
脳が戦闘用に切り替わる感覚と殺意の意識。
さらに戦闘の動きを想定するなら、その相手も目前に想定すべきだ。
少し迷った末、散々殺して回った衛兵ではなく、夜警として一時的に雇われていたらしき傭兵の1人を思い出す。
あれはなかなか良い強さだった。
奴らと戦った裏路地の狭さも薄暗さもこの場に似ているような気がしてくる。
そして取り付けたダガーは引き抜きやすいようグリップが右手を向き、それに手を添えた。
感触を確かめるように鞘に収めたまま順手で握り込むと、手に張り付く革の感触が伝わる。
滑り止めの効果をちゃんと果たしていた。
(……悪くねぇ)
そして素早く引き抜くと同時に構える。
この動作に違和感はなく、むしろ具合が良い。
今まで適当な武器を使っていた分、それが顕著。
構えは左足を引き、ダガーを持つ手を前方に、姿勢を低くするもの。切っ先は常に相手を向き、下からの突き上げに適す。
棚を押し倒す恐れがあるので大きな動きはできず、動作はよりコンパクトなものへ絞られた。
自分が取れる行動、この場におけるベターな選択を思い描き……
自分なりに最近わかってきたが、戦いはロジックと感性のブレンドだ。
どちらが欠けても成立しない。
そして、思い描いた敵は長剣を構えている。
手元を顔の横に置き、半身を引いて切っ先を突き出すカウンター狙いの構え。
その牙城をいかに崩すか。
そう考えて俺は半歩即座に踏み込んだ。
放ったのは下からの突き上げ。顎下から突き刺し脳天へ突き抜ける必殺の一撃。
俺はまどろっこしいやりとりを好まず、常に
ただ、それを
肉を切り落とすほどでは無いが、動脈を裂くには充分。これは守勢に回るほど逃げ道を無くす悪趣味な技巧。
それからの動作は至近距離での組み合いを想定し徒手格闘の動きも混ぜていく。
しかし、戦士としてスピードに特化した俺は力押しで勝てないため、眼球、股間、喉など急所を積極的に狙う。
そんな動きを何パターンか繰り返し、額に薄く汗が登り始めた段階で動作を止め、軽く肩を回した。
柔軟性の高いこの体で肩が凝ることはないが、何となく癖でやっている。
(こんなもんか)
ひとまず自分の動きに満足し、次のダガーを手に取る。
ちょうどそのタイミングで、ポツリとアルチョムが呟いた。
「初心者でこれか……」
それが褒めてんのか貶してんのかは知らないが、聞き流してベルトの短剣を次のものに取り替えた。
それから3本全てを振るい終えるまでにそう時間はかからず、結局選んだのは2番目に振るったもの。
それが一番手に馴染んだ。
「やっぱそれか」
アルチョムは俺が選んだ際、そう言った。
話を聞けば、1番動きが良かったとか。
奴のお墨付きももらえた上で、俺はそれを買う。支払いは……俺じゃないが。
値段はまあまあ高かった。
◆◆◆◆
店から出る直前、アルチョムから防具はいらないのか?と聞かれたが、慣れないものを着て動きの精度を落としたくないから、これは断った。
奴もそれがいいならということで、これを了承。
こうして俺達は買い物を終え、俺は新しい武器を手に入れた。
そして、外に出ようと店の扉に手をかけた瞬間、それは反対側から開けられた。
(別の客か)
こちらが先に進路を譲り脇に避ける。
中に入ってきたのは2人組で、鎖帷子、補強した革鎧に長剣で2人とも武装していた。
(こいつらも武器を買いに来たのか?)
案外この店は繁盛しているのかもしれない。
そんなことを思っていると2人は軽く会釈をして店の奥へと進む。
一応2人の印象を述べておくが、1人は白髪の混じった髪に短い口髭を生やした壮年の男。何処と無く歴戦の雰囲気を纏っていた。
そしてもう一方が、なぜか軽薄な笑みを浮かべる男。ただ、その姿勢や歩き方から侮れない実力を持っていることは予測できた。
こんな出来事を最後に挟みつつ、俺達は店を後にする。
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