第4話 バーム竜滅戦士団

 青々とした芝生で、それを踏み鳴らす幾人かの男達がいた。


 ただ、その様相はピンと張りつめた空気が表す。

 そこにいる全員、計6人が思い思いの武器を構えているからだ。


 さらに付け加えると

 円形に広がった5人がただ1人を取り囲んでいる。

 囲む5人は短槍に革鎧の統一された装備、各々緊張した面持ち。


 一方の囲まれた男は長剣に鎖帷子と鉄で補強した革鎧に兜。そしてドラゴンのレリーフがあしらわれた真っ赤なマントを羽織っていた。その赤はやたらと目を引く。


 なお、今この場で行われているのは命を賭した殺し合いではない。

 言ってみればこれは5対1の模擬戦であり、各々同意のもと武器からは殺傷能力を差し引いてある。


 とは言え刃引きを済まし、先端を多少丸めた程度で、やろうと思えば殺せる余地はあるのだが……


 であれば、数で劣るただ1人の側は焦っているかと言えば、そうでもない。

 そもそもこの局面は彼自身が望み、彼自身が招いた。

 その証拠と言うように余裕綽々よゆうしゃくしゃくの面持ちで、周りの奴らを眇め眺めつ長剣を構えている。

 ゆったりとしたそれを隙だらけと見るか、実力ゆえの余裕と見るかは人によるだろう。

 そんな様子が彼の顔面の開けた兜から伺えた。


「来ないんですか?」


 安易な挑発。


 それを聞いた5人は流石に1人を袋叩きにするのは気がひけるようで、攻めあぐねていた。

 彼らは居心地の悪さを感じているが、そうした意味での余裕は早々に打ち砕かれることとなる。


 瞬間。


 目前に迫る長剣を目視したのは5人の中で一番の新入りだ。

 ほぼ水平の体重移動で挙動を読み取らせぬ動きは反応を極限まで鈍らせる。

 それゆえ頭を打ち据えられるその瞬間まで彼は身動きが取れず、呆然と構えていた。

 そして衝撃に脳を激しく揺らし、崩れる。


 その気になれば頭をかち割っていただろうに。


「ひとぉーり」


 囲まれていた男の間延びする呟き。


 それを1番近くにいた者、すなわち次の標的が耳で捉えた。


(……速いっ!)


 誰ともなくそれを思う。

 その認識が遅かったことは否めないが、残された4人は早々にこの男を打ち倒すべき標的ととらえ直す。

 もはや気まずさを感じる余裕は無い。


 それからの彼らの連携は素早く、次の標的が攻撃を受け止め、防御に徹するとともに残り3名が背面の死角へ回り込む。


 それは多人数の連携を重んじる彼らお得意の戦術。


 勝負の火蓋はこうして切って落とされた。

 果たして結果は……


◆◆◆◆


(そろそろ終わるか)


 バッカスは5対1の戦いを眺めてそう思う。

 分かり切っていたことだが、いざその結果を目にすると喜びや愉悦が湧き上がらないでも無い。

 そう思いつつ白毛交じりの短い口髭を撫でた。


「勝負あり……ですね」


 彼の隣で聞こえたのは感情を読ませない声。


 それを言ったのはメイソンという人物。

 整髪剤で撫で付けた金髪に、どことなくのっぺりした顔立ちの男。

 バッカスの直属の部下で、大抵のことならそつなくこなす才に長けるため重用されている。

 そして、分かり切ったことを口に出し呟く癖があるのだが、それはバッカス自身の見落とし防止に繋がっているため悪く思われていない。


(圧勝だな。だが、街の衛兵としちゃ頑張ってた方か)


 バッカスは負けた5人組へ評価を下す。


 彼の見つめる先で、その模擬戦はちょうど終わりを迎えていた。

 最後の1人は喉に剣先を突き込まれ、怯んだ隙に打ち込まれた側頭部の叩きつけで意識が飛ぶ。

 こうして勝者は囲まれていた1人の側であったと決する。実に一方的な勝負だった。


 そして、終始余裕の表情を崩さなかった勝者はニッコリと、軽薄そうな笑みを浮かべる。

 この男こそバッカスとメイソンの連れ。

 その名をイイダと言う。


 彼はその場で転がる男達をまたぎ、避けつつバッカス達の元へ歩み寄り、2人だけに聞こえる大きさで


「楽勝っす」


と気持ちいい笑顔で言い放つ。

 それを迎え入れる2人。

 なお、彼ら3人が同胞であることはその統一された装備からも伺える。拵えは多少違うが鎖帷子に革鎧に長剣という点で装備は一致し、何より全員が羽織るマントはサイズこそ違えどほぼ同じものだ。


 真っ赤な生地にドラゴンのレリーフ。

 これこそ彼らの所属する『バーム竜滅戦士団』の象徴だ。


(さて、クライアントの機嫌はどうか?)


 それはそれとして、観戦者はバッカスとメイソンの2人だけではなかった。

 やや離れた屋敷からチラチラ覗く使用人を除けば、椅子とテーブル、ワインにグラスの4点セットで先の戦場をはさみ向こう側に座る小太りの男がいた。


 顎に手を当て思索に耽るその姿は一見穏やかに見えたが、節々から老獪さが漂う。

 彼のそばにはいかにもって感じの初老の執事もいる。


 彼らこそがバッカス達の今回のクライアント。


 ここ、商業都市ヴィルマの市長で、名をポアソンと言う。


(まさか向こうが「本気でやってくれ」って言うとはな……)


 権力者は見栄を重んじる生物だ。模擬戦では本来ならあちらに華を持たせるのがマナーだが、今回ばかりは違った。あの男が数少ないプレイヤーの権力者だからだろうか?


(ま、その辺は考えても仕方ない……)


 今後待ち受けるクライアントとの交渉を思うと、余計な思考による消耗は避けたかった。


 なお、今の時刻は昼下がり。


 時間としてはエトセラムからガラージへ話し合いという名の脅迫が行われたその時間から、半日ほど遡る。


◆◆◆◆


 バッカス達3人が所属するバーム竜滅戦士団とはいかなる組織か。まずはそれを話そう。


 大陸東南部、要塞都市バームを根城とし、その周辺に至るまで勢力を広げる彼らは、プレイヤーメイドの組織として最も大規模かつ権力を持つことで知られている。


 その正規構成員は非戦闘員含め5000人を超え、その能力も折り紙つき。

 戦闘員は各々が剣術をはじめ武器術から馬術まで広範な武芸に通ずると言って過言ではない。


 そんな彼らも元は一傭兵団。


 しかし、徐々に成果を挙げ規模を増し、遂にドラゴン狩りを達成したのだ。


 その名の通り幻想生物の代表格をもとにデザインされたドラゴンという存在は、

この『G.O.R.E』というゲームでもその理不尽さから知られている。


 デカく、空を飛び、鱗は硬く、火を噴く。


 この4点を兼ね備えた生物の殺害がいかに難しいかは想像に難くない。


 ただ上空を飛び回り火を噴くだけで並みの軍隊なら壊滅させてしまう。

 仮にバリスタや投石機、投網機などで地面に引き摺り下ろせたとしても、そこから全長30mにも及ぶ巨軀を相手取らねばならない。

 しかも小さな眼球や口内など柔らかい箇所を狙わなければダメージは通らないときた。


 つまり理不尽。


 どれだけ手を尽くして計画を練っても低くはない失敗のリスクを負うことになる。


 だが彼らはそんなドラゴンの討伐を2度も成功させているのだ。

 このゲームがサービスを開始してからプレイヤーの手でドラゴンが屠られたのは計4回だから、彼らはそのうち半分も占めることとなる。


 これが彼らの功績の中で最も華々しく有名。


 そして、空飛ぶ宝の山とも渾名されるドラゴンの死体は、彼らに莫大なる資金を与え、遂に彼らは自らの街を築き上げた。


 それが『要塞都市バーム』というわけだ。


 さらには優秀な人材を集めに集め、今の権勢を誇るに至った。


 そして今回、商業都市ヴィルマに派遣されたバッカス、メイソン、イイダの3人はバーム竜滅戦士団の3番隊に属する。


 その中でもバッカスこそがその3番隊のトップの隊長に当たるのだ。


 彼らは今、ヴィルマの街に向かう本隊から離れ先行し、ここ市長の屋敷で事前の打ち合わせに来ていた。


◆◆◆◆


「本隊は明日の明け方には順次到着するでしょう。諸々の仕込みを終えたらその日の夜には動けます」


 バッカスはそう言った。

 目の前には少しの距離と執務机を挟み、この街の市長であるポアソンが座る。


 市長、などと言うと貴族と比べ響きがショボく感じるが、彼はこの街の主権者であり、この街自体が商業方面でかなりの利益を挙げているため、その権力や財力は下手な貴族を凌ぐ。


 一応、市長は議会内の閣議で毎期決定されるのだが彼の高い政治手腕と財力、そして綿密な根回しから、この地位をポアソンは不動のものとしている。


 それらを踏まえると、バッカスから見てその穏やかな瞳や、ふざけたようにカールを描く口髭はどこか胡散臭く見えるのだ。


 そんな彼はバッカスの報告を聞き、一言労う。


「ほう、それは随分とお早いですね。あなたの隊の練度の高さをうかがわせます」


 嫌味のない褒め言葉。

 しかし裏がありそうだ。


 今、この部屋にはバッカスとポアソンの2人に加え、ポアソンの執事もいる。

 彼はシャンとした姿勢を崩さないまま無表情で、何を考えているか伺わせない。

主人共々厄介だ。


 そんなことを思いつつ、バッカスは目を動かし、部屋を見回す。


 何より驚くべきはこの内装だろう。

 ここは屋敷の本館二階中央に位置する執務室であり、その主人たる彼の財力を示すように贅を尽くされていた。


 高いんだか凄いんだかよくわからない絵画や彫刻が壁際に設置され、天井からつりさがるのはなんとガラス製のシャンデリア。

 おそらくバッカスが踏みつけるこの赤い絨毯すらも高価だ。


(居づらい)


 ただ1人呼ばれた彼はそんなことを思っていた。

 ちなみに部下のメイソンとイイダは別室に案内され、そこで待機。茶とお茶受けでも出されているんではなかろうか。


 こういうのは自分の役割であり、それにとやかく文句を言うつもりはないが、正直面倒くさい。


 概ねそんなことを考える彼だったが、その内心は微塵も見せず、あくまで居丈高な様子を維持する。

 彼のアバターは壮年に差し掛かった歴戦の戦士風なので、それが見事に板についていた。ただ装備は解き、失礼にならない程度に質素なシャツと革のズボン、ブーツをまとっている。


 さて、話を戻そう。


 ポアソン市長からの労いの言葉に対し、バッカスが返す言葉はこうだ。


「ええ、例の輩『ヴィルマの殺人鬼』をこれ以上のさばらせておくわけにはいきませんからな」


 思ってもいないことを言う。

 今回、このような殺人鬼の捕縛、殺害という依頼を受けたのはそんな高尚な志あってのことではない。


「頼もしいことです。今回の件を達成された暁にはバーム竜滅戦士団ヴィルマ支部の設立を前向きに検討すると約束しましょう」


 明言しないあたりがいやらしい。

 そして、この言葉の後いくつか言葉を交わし、社交辞令は早々に打ち切り、本隊到着後の計画について打ち合わせを始める。


 そもそもなぜ、バーム竜滅戦士団3番隊がヴィルマへ派遣されてきたかだが、それはこの街の市長のポアソンとコネクションを築き、ある目的を達成しようという思惑があった。


 まず第1にバーム竜滅戦士団は今、その影響力を広げようとしている。

 つまる所は単なる傭兵団としてではなく、フリーランスの傭兵へと向けた仕事の斡旋を1事業として展開しようとしていた。


 元来、戦力を保有することは戦時でもなければ必要以上に金を食いつぶす。その対策のため彼ららしい方法を取ったと言える。


 先立ち、そのモデルケースとして彼らの力が及びやすいバームの街及び、その周辺へ順調にその事業範囲を広げ、ある程度の成果は上げたが、そこから先は手詰まり。


 規模が大きいとはいえ一傭兵団に過ぎなかった彼らを受け入れようという領主はそう多くはなかった。

 まさに出る杭は打たれるというやつ。


 しかし、そんな折にある人物から声がかかる。

 それがポアソンだったというわけだ。


『我が街で悪行を働く人殺しを討伐していただきたい。その暁にはバーム竜滅戦士団ヴィルマ支部の設立を前向きに検討しよう』


 要約すればそんな文言が書かれた伝達。


 これに渡りに船とばかりに乗っかったのが今回、バッカス達バーム竜滅戦士団3番隊が派遣されてきた経緯だった。


 その後打ち合わせも含めた話し合いは3時間ばかし続き、その一通りを終えた所で終わりをむかえる。

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