第3話 魔女

 装飾性の無いシャンデリアが煌々と室内を照らす。


 シャンデリアと言えば華やかな装具の一種だが、そう呼べる印象が無いのは台座が無骨な金属だからだろうか。

 まこと実用的だ。


 そんなこの空間は俺から見たら奥に長い。


 両脇には木製の重厚な棚。

 その中は分厚い本、ラベルの貼られた瓶、生き物の標本、用途不明の器具など多岐にわたり置かれて、ジャンル毎に整理されてるあたり主の几帳面さが伺えた。


◆◆◆◆


 で、当の主たるエトセラムが口を開こうとするが、まずそれを遮った。


 俺は手の平を見せ待つよう促すジェスチャーを取る。


「何かな?」


「エトセラムさん。あんたさっき自分を魔術師と言ったが、このゲーム『魔術』ってあったのか?」


 俺は初心者でこのゲームに詳しく無い。

 それを加味してもそんな重要臭い事を知らないのは不自然に思えた。


 まあ、人とあんま関わらなかったのも原因だろうが。


(殆ど殺すか殺されるかの状況だったしな)


 ゲーム内で人と話したのは精々食料を買いに行った時ぐらいか。


 だが主たる理由はもう1つ。

 このゲーム、リアリティ保持という理由で攻略サイトがバンバン規制されているからだ。


 しかし『魔術』なんてファンタジーの代名詞があったら噂に聞いても良いと思うが……


「なるほど。『魔術』に興味がおありで?」


 俺からの質問に答えるエトセラム。

 芝居掛かった口調。


「そりゃ面白そうだし?」


「そうか。なら、こればっかは見せた方が早いね」


 そう言って唐突に指を弾き鳴らす。

 白魚のように細く白い指を。


(……なんだ?)


 俺の体を生温いものが通り過ぎた。

 水より粘度が高く一瞬体に染み込んだ感覚。


「うっ」


 今のは?


「へぇ、やっぱ勘が鋭いね」


 彼女はボソリと呟いた。


「さて、魔術とはこの世の始原たるエーテルを操り超常的な現象を引き起こす術だ。

で、それは意外と簡単なこと。」


 途端、不思議なことが起こる。

 俺の右腕が急にビクビク痙攣を始めたのだ。


「うおっ!」


 俺の意思に反して繰り返すその動作。

 意思で制御が叶わぬ現象。


 だが、唐突に終わりを迎え、一瞬ピタリと止まる。


 だが続けて俺の看過しない挙動で動き始める。


 それは何度か確かめるように手を開いたり、閉じたりを繰り返したかと思うと俺の首めがけ……


「なんだこれっ!」


 まるで絞めに掛かるように蠢いた。


「くおっ!」


 反射的に左手で抑える。

 スレスレで開いたり閉じたりを繰り返し、掴みかかろうと暴れ回る。

 まるで獣が襲いかかるかの如く。


 だが、再びエトセラムが指を弾き鳴らすとそれはピタリと止まった。

 その顔は当たり前の現象を見るようにスンとしている。


「今の……」


 右腕の挙動を確認。

 正常に動く。


「これは基礎の術式の一種。言ってみれば催眠術だ。後は……」


 再び指を弾いた。


「やめっ!」


(次は何だ⁈)


 だが、次に彼女が引き起こした現象は先の物と比べてささやかだった。


 ただ、害がない代わりに派手。


 彼女の右袖から、まるで水が流れ出るように光纏う蝶が湧き出す。

 それはヒラヒラと天へ舞い上がり、次々シャンデリアの蝋燭に飛び込んで灰と化す。


 自害する蝶の群れ。


「こんなもんか。まぁ、魔術師はあまり手の内を見せたがらないものだ。このぐらいで勘弁してくれ」


 そう言ってクツクツと笑うが、美貌ゆえか不快な印象は無い。


 対する俺は額から冷や汗を垂らした。


◆◆◆◆


 再び彼女が指を弾くと残る蝶の群れは元から居なかったかのように消えた。


「魔術師とはその名の通り魔術を操る存在。加えて悪魔と契約して力を得たり、この世に根差す『聖光教会』から嫌われ見つかったら問答無用で殺される。まあ、そんなものだよ」


「はぁ」


 俺は右腕の具合を確かめながらそれを聞いた。

 また動き出さないか心配だったからだ。


 そんな俺を尻目に話は続く。


「そろそろ本題に入ろうか」


「……ああ」


 そうやってエトセラムが話す傍でアルチョムと名乗った男は微動だにしない。

 ただ直立している。

 その顔は無数の傷跡で大雑把にしか表情が読めず、化け物じみた不気味さを醸し出す。


 ホラー映画の怪物って黙って佇んだら怖いだろ?そんな感じ。


 で、話の続きだ。

 しかし、さっきはこちらから質問したのだ。

 次は向こうに話し始めを譲る。


「率直に聞くけど、君うちのチームに入らない?」


「……」


 率直すぎる……

 だが、なるほど勧誘か。

 思ったよりまともな話で安心した。

 披露された魔術のせいもあるが、こいつらに何か得体の知れないものを感じ不安だったのだ。一体どんな話が飛び出るかと。

だから……本当に……安心した。


しかし


「断る」


 俺は提案を跳ね除ける。

 こいつらに付き合うと命がいくつあっても足りない。


「ま、そう言うと思ったよ」


 そう言って女は苦笑。


「......エトセラムさん。いや、エトセラム。あんた何で俺を勧誘しようと思った?」


 丁寧な言葉遣いはやめだ。

 さっきから手の平で転がされてムカつくし。

 あっちもそれを咎める気はなさそうだし。


「んー……それを話す前にいくつか確認。君がこのヴィルマの街で殺した数は28人。これに間違いは無いね?」


「……そうだが?」


 なぜ知っている?


 いらぬ混乱を避けるためか『ヴィルマの殺人鬼』の詳細には箝口令が敷かれていた。具体的な殺害数はその最たるもの。

 相手が体制側なら分かるが、こいつはそんなカタギの人間に見えない。


「これは一度も死なず殺した数としちゃ、なかなか。加えて一度に4人鏖殺できる実力もある。だがどこか手際に粗さが感じられ……」


 彼女は自身の顎を撫で


「そこに興味が引かれた」


 そう言って俺の目をじっと見据える。

 金色の瞳。

 どこか猫の様な印象。

 狡猾で思考を読み取れないという意味だ。


 話し方は先のフランクさから一変。

 だがどちらも本性だろう。

 これはただの直感だが。


「君、このゲーム始めて日が浅いだろ。精々1ヶ月。……そこまでも経ってないか」


 それも正解。

 だが隠すつもりもない。


「じゃあ、アレか? お前、青田買いがしたいって話か?」


「そうゆーこと。後、この話を振るにしても、ここでの人殺しはもうやめた方がいいよ」


「なぜ?」


「そろそろ街の上層部も本気出し始めたからね。なりふり構ってられない感じさ。

となると君1人での対処は難しいだろう。だが複数人ならそれを跳ね除けるのも簡単」


「だから仲間になれと?」


「そーゆーこと。で、どう?」


 この時、内心を打ち明ければ反抗的な態度が少し揺らいだ。

 どこか利害関係を超えた魅力がこいつにはあったのだ。

 むしろ、こいつのことをもっと知りたい好奇心に近いか?


 だからこそ極めて危険だ。

 常人が持ち合わせない異様なカリスマ。

 火に寄せられ、いずれ羽虫の様に焼かれる予感。

 だから


「改めて言うが、お前のチームに入るつもりはない」


 こいつとはもう関わりたくない。

 目をつけられた以上手遅れかもしれないが。


 それを聞いて彼女はいかにも困ったという表情で、口をへの字に曲げた。

 それが子供らしく無邪気でわざとらしい。


「んー……そう、それは残念。じゃあちょっと妥協しよう」


「妥協?」


 まだあるのか。


「勧誘はこの際別として、君にひとつ仕事を頼みたい」


「仕事?」


 なんだ?肉体労働以外できねえぞ。


「そう。簡単に言うとこの街の市長の殺害なんだけど……」


「なっ!」


 言葉を失う。

 それから何か言葉を紡ごうと舌がもごつき、

 かろうじて次の言葉が出た。


「ばっ、馬っ鹿じゃねえの⁉︎」


 罵倒せずにはいられない。

 俺もゲームを始めて、多少の常識は覚えた。

 それで最初に分かったのは数が強いという事。


 数で囲んで嬲り殺し。

 これが至上の戦術だ。


 それぐらい戦闘に関しちゃシビア。


 しかし数人の差ならまだ覆せるだろう。

 奇襲やゲリラ戦など策を講ずるのもアリだ。

 先ほどこの女が披露した魔術も、そうした要素の1つかもしれない。

 だが、それすら充分に数を揃えたら押し潰せる。


 そういうものだ。


 で、彼女の言った標的の市長。

 そんな要人の殺害ともなれば、警備の数は増え、難易度も跳ね上がる。


「いや、無理だろ……」


 常識的判断。


「もちろん1人でじゃない。それに無理かどうかは私が決めることだ。そして私は可能だと判断した」


 こいつ、頭がおかしいんじゃないか?

 どことなく揺らいでいた心からスッと熱が冷め、冷静さが戻る。


(こいつと関わるのはやっぱ危ない)


「帰る」


 そう言って上半身を持ち上げたその時。


「待った」


 エトセラムから一声。

 そこに焦りはない。


「まだ何か?」


 見やると彼女の手からデスク上に2本の小瓶が置かれた。

 親指サイズのものだ。


(それを見ろってことか?)


 意図がつかめずその顔を見ると、口角がいかにも人の悪そうに歪んでいた。

 何か、企んでいる。


「これには君の腕の治療に使った液薬が入っていた。それが2本……」


 傷の治療にそんな手段があったのかと思いつつ、何となく話が読めた。


「その代金を徴収しようってのか?」


「そ。無理にとは言わない。傷付けたのはこちらだからね」


「そりゃあ良い心がけだな。ちなみに値段は?」


 この発言を即座に後悔することとなる。


「市場に流せば2本で20万ペニー」


「にっ、20万!?」


「そう。ただし、こいつは表の市場に易々出せる代物じゃない、実際にはその数倍はかかると思って欲しい」


『ペニー』というのはお金の単位だ。

 そして、20万ペニーという額が具体的にどれほど価値を持つのか、俺は実感を伴って把握できない。

 ただ、街中に家を持てる額であることは

 確か。


 しかも実際にはその数倍……

 流石に冷や汗が背中を垂れた。


(いや、ハッタリか?)


 しかし、俺の腕がすっかり生え揃ったことは事実。

 なら、この話が嘘で、薬が偽物だとしても相当するだけの手段は持ち合わせているはず。


 それにこれだけの額を踏み倒すことは俺に良心の呵責を生み始めていた。

 その点で俺は自身の人格を呪う。

 踏み倒したいならそうすりゃいいものを。


 ただ、それとは別に傷を短時間で完治する手段を用意でき、わざわざ俺にそれを使った点で相当な財力やコネを持っていると分かる。


 となれば馬鹿げた計画も少しは現実味を帯び始め、それで初めて要人を殺す一点に興味が惹かれた。


 だから引き受けようと思ったのはそうした打算的な理由が多くを占めていたと思う。


「分かった……引き受ける」


 悩んだ末、絞り出す声で言った。

 完全にエトセラムの思惑に乗った訳だ。

 その辺、何も感じないわけじゃ無いが、最後には自分で決めたので納得はしている。


 だが、


「お前……性格悪いぞ」


 不満がないわけでは無い。


「褒め言葉として受け取ろう」


 何食わぬ顔で女は言ってのけた。

 その後席を立ち、俺は「疲れた」と一言だけこぼして操作窓コンソールウィンドウを思考操作で開く。


 目の前に文字情報を投射したガラス板の様なものが出現。


 コンソールウィンドウとは、いわばプレイヤー1人1人に与えられた情報端末のようなもの。

 近年のVRゲームでは視界内のゲーム的情報を絞り、必要な時のみこうして呼び出す形式が主流。

 それからタブレット端末の操作みたいに盤上を指でスクロールしていく。


「ゲーム内時間で今日の昼あたりに、また入ってきてね」


 その言葉を無言で聞き入れつつ、ウィンドウのログアウトの文字をタップした。


◆◆◆◆


「で、あれで良かったのか?」


 ガラージが立ち去った後、エトセラムは瞑目し、何事かを考え込んでいた。

 それに話しかけたアルチョム。


 だが、返事は無い。


 押し黙り両肘を机に付いて指を組みその上に顎を乗せる


 だが、その姿勢をやがて解くと


「いいよ。概ね想定通り進んだし。もうちょい渋られると思ったけど、中々素直で良かった」


「素直……ねえ?」


 あれで素直なら狂犬だって素直と呼べる。

 その感想を隠すつもりもないのでアルチョムは肩をすくめ、「やれやれ」とでも言うような表情を浮かべた。


 それを長い付き合いから読み取ったエトセラム。


「彼じゃあ不服かな?」


 少し意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。

 対する答えは


「いや、面白い。あれは鍛えりゃかなり上まで行くぜ」


 この一言。


「君がそこまで言うか」


「ああ、殺人を躊躇わない残虐性を持ちながら理性的な判断ができる。何より戦闘を諦め即座に逃げ出す判断力が素晴らしい」


 人は行き詰まった状況でこそ活路を見失う。

 だがあいつは直前で何か感じ取ったのか行動を変えた。


 そこが良い。実に。


「ま、まだ弱っちいけどな」


 それは言わずもがなだ。

 エトセラムはそんな表情を浮かべた。


「じゃあ、彼が今回の作戦へ参加して、生き残る確率はどのくらいだと思う?」


「そりゃあ……」


 ここで少しアルチョムは間を空けた。

 そしてほんの少し考え、割と早く結論を下す。


「大方死ぬんじゃね?」


「だよねぇ」


 まるで示し合わせたように2人は同じ意見へたどり着いていた。


 所詮人体とは壊れ物。

 針の一指し、石ころの投擲で運が悪けりゃおっぬ。


 だが、あの男に関して言えば、割と期待はしている。


 それも2人の共通した見解だった。

 だだ、アルチョムが少し気にかかるのは


「一応聞いとくが、あいつを選んだ理由。単に優秀だからってだけじゃないよな?」


 これは元々持っていた疑いだ。

 突発的に今回の作戦に組み込むわけだから、何か別の理由もあると推察した。

 エトセラムはこういう自分の考えを全て説明しない悪癖がある。


「まさか、お前の身内じゃあるまいな?」


 エトセラムに対しという単語を使ったなら、それは特殊な意味を持つ。だが今は語るまい。


「それはないよ」


 あっけらかんと答えたその顔に一切の策謀めいた色はない。

 彼女、嘘はつかないのだ。嘘は。

 騙す事はあっても。

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