第13話 「そこに正義も悪もないよ。」

「その猫……」


「ん?」


 視線を上げたエトセラムと目が合う。

 やはり無駄に綺麗な顔をしていた。

 ぞわりと怖気が刺すようなかんばせ

 それはそれとして、俺が言おうとしたことはこうだ。


「その猫、どっかで見た気がする」


 彼女の膝の上にうずくまる1匹の黒猫はジーッと虚空を眺めている。

 毛並みは艶やかだが、首輪の無い黒猫。

 一体何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか。

 それすらよく分からない点でエトセラムによく似ていた。

 やはりつい最近どこかで見た気がする。


 だが、結局俺は打ち切ったセリフの続きを言わなかった。


 また何かとはぐらかされる気がしたからだ。俺が思うに、この女は秘密をもったいぶって悦に浸る意地の悪さを持っている。みすみすその状況に追い込まれるのは癪だった。


「……ってとこだろ?」


「……」


 今、この女は言葉を急に打ち切った俺の心情を全て見透かしたように一言一句説明してみせた。

 少しの間違いもなく。

 そんなことを言われたら俺は黙るしかない。

 つくづく人を食ったような女だ。


(つーか、なんでこの女と2人なんだ)


 ここは、簡素な骨組みに幌を貼った馬車の中。

 そこに2人で向き合い座っている状況で、俺が御者席のすぐ後ろ、その向かいという形でエトセラムが座っている。


「で、この猫かい。そうだね。君は見たことがあるよ。よーく、思い出してごらん」


 からかう口調。

 それに上から目線が癪。


 なぜこの女がそんなことを確信を持ち言えるのか気になったが、結局黒猫については思い出せなかったため1つため息をついて右手側を見る。


 ちょうど両側に隙間の空いた馬車は風通しが良く、外の景色がよく見える。

そこには見渡す限りの草原が広がっていた。


 なんともなだらかで、穏やかな陽気が射し込んでいる。

 ここは商業都市ヴィルマから数キロほど離れた街道の上。

 あの屋敷での一戦からまだ数時間しか経っていない。


◆◆◆◆


 結局俺はエトセラムと、その一味に付いて行くことにした。

 街から出る際それをエトセラムに伝えたら


「いやー、嬉しいね。歓迎するよ」


と、喜んではいるものの何食わぬ顔の彼女。何1つ驚かれず承諾された。

 他の2人も特に驚いてなかったあたり、まるで俺が加入することを事前に知っていたような雰囲気だ。


 派手に驚かれたいと思わないが、これはこれで気味が悪かった。が、入るのを決めた以上、気にしても仕方ない。


 こういう心変わりをしたのは自分がこの『G.O.R.E』というゲームを始めた動機に少し立ち返ったからだ。

 刺激が欲しいというありきたりなものだが、単なる殺人ではそれがだんだん薄まることに気付いた。


 だが、今回の市長殺害計画に関わってみてこう思ったのだ。


(こいつらに付いて行けば、退屈はしない)


 そう思えるぐらい今回の件は正直楽しかった。

 まるで初日に人を殺した時の様だった。

 いや、それ以上かも知れない。


 だから、かねての誘いに乗り、この女に関わると決めたのだ。

 それにあの男、アルチョムをもいつか殺してみせる。

 やられっぱなしは嫌いだ。


◆◆◆◆


 馬車に揺られつつ、少し街から出る直前のことを思い出す。


 あの屋敷での一連の出来事の後、俺はアルチョムに連れられ街の外縁部、城壁の正門前へ連れてこられた。

 そこさえ抜ければ街から出られる位置だ。

 そして、高さ15mにはなろうかという威容の塊を前に、エトセラムとクサカベは馬車を2台と当たり前だがそれを引く馬が2頭ずつ、そして騎乗用の馬具を装着した馬を2頭用意して待っていた。


 馬車の内一方は荷運び用。

 もう一方は人を乗せる用だ。

 アルチョムとクサカベは乗馬技術を身につけているらしく、それぞれ騎乗用の馬に乗った。

 すると、必然的に俺とエトセラムが馬車に相乗りする形となる。

 この女と2人きりになったのはそういう経緯だ。


 さらに付け加えると、城壁の巨大な正門は俺が来た時には既に開け放たれていた。

 明朝のなら、まだ閉まっているはずなのに。


 どんな手品を使ったのやら。


(全く、得体が知れない)


 得体が知れないと言えば、馬車を操作する2人の御者達もそうだ。

 気付いた時にはそれぞれの馬車の御者席に腰掛けていた彼等はわりと上等な服を身に付けている。

 その上にフード付きのマントを羽織り、フードは深くかぶる。


 少し好奇心にかられ遠目に顔をのぞいたが、少し後悔した。

 2人は極めて生気のない顔をしていた。

 加えて無表情で虚ろな目。


 無表情という点で言えば、今、馬車周辺で馬に跨り追従するあのクサカベという女も大概だが、それとは明らかに質が異なる。


 何というか、人っぽくないのだ。


 多分もっと得体の知れないもの。


 そして、目の前に座るこの女こそ最も得体の知れない存在だ。

 今は無警戒に猫と戯れているが、どこまで信用していいのか……


「どうかしたかい?」


 エトセラムが俺の視線に気付く。

 見過ぎていたか。


「いや、別に」


 思わず視線を逸らす。

 少しわざとらしかったかも知れない。


(……ま、面倒にはならない様、気をつけよ)


 所詮ゲームだ。

 楽しめるだけ楽しんで、飽きたらやめる。

 それで良い。

 そんな風に考えをまとめていると、今度はエトセラムが俺をジーっと見続けている事に気付く。


「何だよ」


「ん、君の真似」


「は?」


「……ってのは冗談で、いくつか話しておきたい事を思い出してね」


 話しておきたいこと?


「っていうと?何?給料形態とか?」


 ちなみに冗談だ。

 だが、こき使われるのは勘弁。


「それもね。ああ、ちなみにうちはちゃんと給料出るから安心して」


 マジかよ。冗談で言ったんだけど。


「そして、今話しておきたいのは今回の市長殺害が誰からの依頼でどんな影響が出るかって事」


「依頼? 今回の件は誰かから頼まれたってことか?」


 やる方もやる方だが、頼む方も頼む方だな。こんな市長殺害なんて馬鹿げた依頼。

 まあ、達成できちゃったけど。


「そう。君がうちに加入するなら話しておいた方がいいと思ってね」


「ずいぶん手厚いな」


「でしょ」


(今のは皮肉なんだが……)


 そう思う俺をよそに話は続けられる。


「今回の依頼主はコウという人物でね。裏の世界では結構、有名人なんだ」


 彼女の解説によると裏の世界とは文字通り裏社会のことらしい。

 非合法ビジネスが横行し、犯罪すらも金稼ぎと権力拡大のために躊躇われない世界。


 だが、現実でのそれとは少し毛色が違うらしい。


「違法薬物や盗品、デーモン由来の品の売買に加え各種非合法ビジネスが罷り通り、表で迫害される犯罪者や魔術師、邪教徒が跳梁跋扈する。それが『G.O.R.E』における裏の世界の定義だ。そして、コウは裏の世界に根付いて権力の手を伸ばす。表の世界にすらね」


「なんでそんな奴とお前に関係が?」


「私自身、魔術師だからね。そういう縁と言って良い。彼とは古くからの友人で、まあ、そういう関係さ」


 今、この女にしては珍しく明言を避ける言い方をした気がした。気のせいかも知れない些細な違和感だが。


「で、実はその黄にとって目下、目の上のたん瘤だったのが、あの『商業都市ヴィルマ』だったわけさ」


「なるほど?」


「黄は大陸西側から中央にかけてその手を伸ばしているんだけど、ちょうどあの街がそれに強く反抗してね。で、首をすげ替えるため手っ取り早い手段を取ったわけ」


「それはまたずいぶん手荒な。っていうか、そうか。今更な話だが、悪の親玉に加担した俺たちは正真正銘悪党ってわけだ」


 本当、今更な話だ。


「それは否定しないよ。でもね、あの街の市長、ポアソンと言ったか。彼も市長の座に異常に執着していたみたいでね。色々汚い手も使っていたみたいだよ。だから……」


「だから?」


「結局今回の件で起こった事といえば損をする人間と得をする人間が入れ替わった。それだけのことだね。そこに正義も悪もないよ」


 その言葉に開き直りは感じられず、心底そう思っている響きだった。


 そうか、それなら常に得をする側、勝ち馬に乗っかるよう気をつけるべきだな。

と、俺は密かに思う。


 それより楽しいかどうかを俺は優先しそうだが。

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