第14話 幕間1:16歳
「そういえば……」
不意にエトセラムに話しかける。
それは、今回の事件の裏側解説が終わった後のことで、その続きとして俺から話を振った。
「何かな?」
これに関してはもったいぶらず話してくれるだろうか。
「いや、1つ気になったんだが、今回みたいに権力者を殺して、それで頭がすげ替わる仕組みがよく分かんなくってさぁ」
「それは政治的な話……」
「じゃなくてゲームの仕様上の話」
食い気味に言った。
「あのポアソンって市長、プレイヤーだったんだろ? なら、またキャラ作り直して屋敷に戻れば済む話じゃね?」
これは、薄々気になっていた疑問だ。
そもそもこういうゲームってのはやり直しが効くのが売り。
この『G.O.R.E』で、キャラクターは死亡時、そのデータが消失するが、またキャラを作り直して再開もできる。
外見は大まかな傾向以外ランダムで以前と同じ顔は作れないが、事前に合言葉でも決めておけば本人確認は取れる。
だから、仮に死んでも事前に示し合わせて元の地位に戻るのは難しくないと、その旨をエトセラムに伝えた。
対する彼女の反応は苦笑。
「なんだよ」
「いや、 君ってつくづく初心者なんだなと思ってさ」
「あ?」
煮え切らない反応にちょっとイラつく。
だが、彼女は独り言のようにこう言った。
「いや、そうか。まだ死んだ事ないんだっけ。なら、ありえるか」
そして勝手に納得し
「じゃあ、教えてあげるよ。その辺の細々した事情を」
こうして彼女は話し始めた。
その細々とした事情というやつを。
「まず前提として、この世界のNPCがプレイヤーの『転生』をどう見ているかが重要となる」
ここで奴が言った『転生』とはプレイヤーキャラクターが殺されてからまたキャラクターを作り直してゲームを再開する流れの事だ。
「と言うと?」
「NPCの大半は、そもそもそういう現象を知らない」
「……知らない?」
知らないってのはどういう事だ。
例えばシステム的に理解が制限されているなら認知できない。
聞いた事はあっても眉唾と考えているなら信じていないと言うべきだ。
だが、知らないとは?
「この世界で広く信仰されている宗教、『聖光教会』の存在は知ってるね?」
「何の話? いや、知ってるけど」
街の一等地にデンッと。
金のかかった佇まいで建てられた白亜の教会を思い出す。
確か傷の治療を請け負う施設のはずだ。
それに以前聞いた話によれば魔術師を迫害している。
「あれは単なる治療用の施設って訳じゃない。ちゃんと宗教としての実態も持つ」
「宗教……」
「そう。聖ララトゥールという神を崇め、その下に編成された宗教。だからこそ、融通の利かない教義も持っているんだ 」
「教義? ……ああ、それでか」
話が読めた。
「気付いたみたいだね。要は彼らの教義に書いてあるんだよ。『人は死んだらすべからくあの世に行く』ってさ。つまり輪廻転生の概念がない。だから、NPCが全人口の9割を占めるこのゲームで、君が言った様なやり直しはできない。権力者であればあるほどその影響は顕著ってわけ」
NPCが全人口の9割を占めるってことは残り1割がプレイヤー。そのことは初耳だったが、なるほど。納得がいった。
特に市長なんてNPCを取りまとめるのが仕事の立場の奴はもろに影響を受けるだろう。
「でもさ、NPCって考え方とか結構個人差あるよな」
要は教義を信じてないNPCがいてもおかしくないって話。
「だとしても、それはかなりの少数派だ。そもそも、そういう輩は社会のはみ出しものだよ」
「……つくづく面倒な世界だな」
「まあね。でも一応方法はあるんだよ。死後元の地位に返り咲くやり方が」
「例えば?」
「組織の上層部をプレイヤーのみで固めるとか、NPCに姿を見せず影から組織を支配するとかね。後は、隠し財産を残して再起の足掛かりにするとか」
俺が思うにこれらは元の地位に返り咲きやすくする方法だ。
例えば上層部をプレイヤーのみで固めれば彼らの権力で死んだプレイヤーを元の地位に引き戻せる。
影から組織を支配して、側近にプレイヤーを置けばそいつと本人確認を取るだけで元の地位に戻れる。顔も変えれて一石二鳥。
隠し財産云々はそれを足掛かりに元に地位に戻れるってことだろう。
だが、どれもこれも手間だな。
確実性にも欠ける。
「なら、例の市長も何かしら手を?」
「もちろん打ってたよ。莫大な隠し財産を抱えてね。ちなみにそれは後ろの馬車に積んである」
「……」
え、えげつねぇ……
要は手を回して全部奪ったわけだ。
その隠し財産を。
「まあ……分かった。一通りな。じゃあ、何で聖光教会、その宗教は生まれ変わりを否定してる?」
「ああ、それはゲーム仕様の観点で見れば、デスペナルティの一種なんだろうけど、もちろん世界観に則した理由もある。それは……」
◆◆◆◆
「なるほど。休日は主に読書をして過ごしている……と。」
俺より7か8か。
そのぐらい年上の女は俺の話を聞いて手元のノートPCに何事か打ち込んでいた。
その内容は、特殊なフィルムが画面に貼られ、俺の位置から見えない。
「他に趣味とかは?」
「特に無いです」
嘘だ。
この部屋に入ってから、俺は嘘を身に纏っている。表情から一挙手一投足、各種発言に至るまで。
少なくとも前の担当医はそれで騙せた。
突然だが、ここにはカウンセリングを受けに来ている。
と言っても、定期的に受けるよう指示されたノルマのようなもので、適当に誤魔化すことに慣れきっていた。
「んー、なるほど。伊井島直樹くん、16歳、高校1年生か。誕生日は5月14日で、趣味は読書……」
どうやら確認も兼ねて読み上げているらしい。
この中で明確に嘘をついているのは趣味だけだ。「暴力的なゲームをやっています」とは口が裂けても言えない。
まして、「年齢を誤魔化すグレーゾーンのツールを使ってR18のゲームをしています」とは。
だから、嘘をつくしかない。
「なるほど」
新しく代わった担当医は化粧っ気のない女。ちょうど大学を卒業して2,3年ぐらいの歳。おそらくぬくぬくと親に育てられ、この先も必要以上の苦労を知らず生きていくのだろう。
そして今、俺がこの場にいる理由だが、『G.O.R.E』をやっていた俺は用事、定期的な心療内科の検診を思い出し、市の病院へやって来た。
そして、今いる俺が居るこの場所が診察室というわけだ。
一昔前なら、いかにも病院って雰囲気の消毒臭い所でこうやって話していたらしいが、今は違う。
リラックスして会話をするため、お互い1人用のソファに座り、手元の小さなテーブルにはコーヒーまで用意されている。
他にも木の本棚が壁際にあって分厚い専門書が並べられていたり、壁の一面が丸々窓になって光を取り込む作りになっていたり人を落ち着かせるため、これでもかと工夫が凝らされている。
また、話は変わるが、こういうカウンセリングの重要性は昨今の日本でも認められており、教育機関から問題ありの烙印を押された児童はもれなく定期検診を受ける羽目となる。
で、俺はその問題ありと見なされた児童というわけだ。
笑える。
「学校はVR系の通信教育だっけ?」
「そうですね」
答えつつ、俺は手元のテーブルから白いマグカップを取り、コーヒーを啜る。
味はやたらと酸っぱい。
(前と違うな。この女の趣味か?)
正直まずい。
相手は舌が腐ってるんじゃないか?そう思いつつも勿体無いので残す気は無い。
貰えるものは大方もらう主義だ。
それにこういうことは言わない方が面倒にならない。
「じゃあ、普段人と面と向かって話す機会が、そんなに無い?」
出たよこの質問。人と話さない奴は人として劣ってるって偏見の塊みたいなやつ。
反吐がでる。
「そうですね」
同じ返答で済ませると、経験上、適当に答えていることがバレる。
だから何か別の答えで埋め合わせていく。
「たまに家族とオンラインで話すぐらいですかね」
これも嘘だ。家族、というか俺はそう思っていないが、あの人達とは半年ぐらいまともに話していない。
「ああ、一人暮らしだっけ?」
「はい」
だんだん飽きてきた。このやり取りを後どれだけ繰り返せばいいのか。
チラッと壁に掛けられたアナログ時計に目を向ける。分針は40分を指し……
(うわっ、後20分もある)
そして気付かれない様、すぐさま視線を戻す。
すると俺が気付かないうちに目の前の女はこちらをジーッと見つめていた。
押し黙り、何か言いたげな表情。
心の奥底を伺うように、その細長い目で見つめてくる。
「どうかしました?」
俺の言葉にため息を吐く女。
おもむろに天を仰ぎ、
「君、さっきから適当に話してるでしょ」
「違いますよ。」
即座に否定する。
なんだこの女。バレたか?
「いいや。絶対こっちの話聞いてない。……じゃあさ、参考までに私の名前言ってみ」
ワイシャツの胸ポケットに付けたネームプレートを素早く手で隠し、彼女はそう言った。
「佐藤、ですよね」
「フルネームで」
「っ……」
言葉に詰まる俺を見て、女は再びため息。
「まあ、最初に名乗っただけだからね。
「はぁ……」
佐藤 聖。
何処と無く距離の近い話し方だ。
こういう人間の相手はちょっと困る。
そして佐藤は話を切り替えるためか、パンっと、一度手を打ち合わせ続きを話す。
「じゃぁ、これからのことに関し、1つルールを決めよう。嘘はつかない。冗談はいいけどね」
何を勝手に……
なんか面倒臭くなってきた。
「分かりました。ただ……答えたくない時は答えないんで、そう言います」
「いいよ、それで。誰でも話したくないことはあるしね。ただ、それはそれとして、1つ聞きたいんだけど、いいかな?」
「何ですか?」
「君の趣味って何?」
そこだけ切り取ると古式ゆかしいお見合いで出そうな質問だな、などと思う。
今の時代ではカビ臭い風習だが。
「読書ってのは嘘じゃ無いですよ」
「うん。でも、それだけじゃ無いよね」
「なんで分かるんですか?」
「あー……大学の専攻がそれだったっていうのもあるけど、最近嘘を見抜くのが上手い人にレクチャーしてもらって、それで身につけたって感じかな」
「すごいでしょ」と言わんばかりの表情。
絵に描いた様な笑顔。
表情のコロコロ変わる女。
「まあ、これは私の考えだけど、趣味っていう分野に人の人格が現れると思ってるからね。」
「それも大学かどこかで教えてもらったんですか?」
「いんや、個人的な偏見。で、答えは?」
「まあ……ゲームとかですかね。VRの」
「へぇー、いいね。私も……やってるよ。ちなみにタイトルは?」
「それは内緒で」
「……分かった。じゃぁ、他にも色々話そうか」
こんな感じで残り20分を瞬く間に消化し、その日のカウンセリングはそれで終わった。
最後に、コーヒーの味にだけケチを付け部屋から立ち去る。
その発言に対しても怒るどころか、その言い様を楽しむように、あの女はこう答えた。
「そう。じゃぁ、またまずいコーヒーを飲みにおいで」
コーヒーの豆を変えるつもりは無いらしい。
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