第12話 2人は殺し合いの中

 互いに斬り交わし、殺意を押し付け血を流し合う中、2人は身を削り合う。


(くそっ!)


 敵の攻勢が増す一方で、バッカスは徐々に決定打を失っていく。

 攻撃が通らない。

 斬撃は紙一重で躱され、それに合わせる形で反撃が襲う。


 加えてバッカスの得意とする汚い手は基本不意打ち。

 何度も通じる手ではない。


 手近な品の投擲も、家具を利用した進路妨害も、剣の振りかぶりに乗じた投げナイフもネタが尽き、長引く中で純粋な剣の勝負に持ち込まれていく。


 加えて敵の爛々と輝く目。

 喉笛に噛み付く隙を伺うようだ。


 例えるならそれは1匹の飢えた獣。

 黒く痩せ細った獰猛たるソレ。

 どうすればこんな人間が現代社会に育つのかバッカスは不思議でならない。


(だが……)


 相手が獣だとして、こちらは人だ。


 人は獣を相手取るため常から狡猾であろうとする。


◆◆◆◆


(意外とどうにかなるな)


 斬り交わす中、俺はそんなことを考えていた。

 敵は、奇抜かつ堅実な剣の使い手。

 それは、とても参考になる戦術で、その一部を俺も吸収しつつある。

 加えて見本市のような不意打ちの数々。

 いくつか運が悪けりゃ命中していただろう。


(だが殺させてもらう)


 ここに来て自らのうちにあるただ一つの想い。


(俺はこいつを殺したい)


 しかし、後の展開を思えばそれは油断だったと言っていい。

 敵が見せた一瞬の隙。

 それが奴の残した最期の罠だと流石に気付けなかった。

 それがあまりに自然に見えたからだ。


 剣で打ち合った直後。敵が引き下がった瞬間。僅かな体勢の崩れ。


(行けるっ!)


 踏み込んだ俺が放つ水平な横振りは正面の首に食らいつく。

 だが後ずさりし躱した敵。

 僅かに表皮を切り裂くに留め血の糸が引く中、さらに距離を詰め足払いをかけ押し倒した。


「ぐっ!」


 敵は背中を強かに打ち付け転がる。

 そして剣を手離した。


(殺すっ!)


 チャンスと見た俺は馬乗りになり、手の中でダガーをの切っ先を下に。

 拳を振り下ろす要領で眼球を突き、最中その軌道に挟み込まれた右手。

 敵が辛うじて防いだのだ。


 だが勢いは止まらずそれを貫通し、切っ先が飛び出てなおも眼球へ向け突き進む。


 決死の表情で爛々と輝く敵の目。

 だが、敗北を前にしたわりに、どこか勝ち誇る光が……


 結局そのまま押し込み、眼球を潰す勢いで脳へと切っ先が届く手応えを覚えた。


 敵を殺した確かな充足感。


 だが、そのほんの寸前に俺の右肩へ鋭い痛みがもたらされていた。


◆◆◆◆


「あ?」


 何が起こった?


 敵は、眼球と脳を貫かれ僅かに痙攣を繰り返すのみ。

 その顔は生気を失ったがどこかほくそ笑むようで……

 そしてこの体勢のまま振り上げられた敵の腕。

 それは小振りなナイフを握り、その先端が俺の右肩に浅く突き刺さっていた。


(危ねっ!)


 もし首にでも刺さっていたら……

 そう思うとゾッとする。

 だが、勝ったのは俺だ。ナイフは切っ先がめり込んだだけで傷は深くない。

 そう思いつつ引き抜き、


「ん?」


 違和感。

 ナイフに黒々とした泥のようなものが付いている。


「何だこれ……?」


 汚れ……では無いな。

 武器を粗末に扱う相手に見えない。

 じゃあ、これは?


 様々に思考が浮かんだその時、俺は咳き込むように口から何かを吐き出した。


「あ゛ぁ?」


 血が、これは俺の血だ。

 床にビタビタと撒き散らされた。

 そして体が異様に熱く、視界が揺れていく。一体何が……

 戸惑っているとなんか急に涙がこぼれ


「っ!」


 目元を手でこすると赤黒い液体が。


(これは……?)


 目から血流が溢れ出る。

 さらに鼻腔の奥から鼻血が。


 意味不明な状況、本来なら混乱のうち息絶えただろうこの状況で、俺はある答えを導き出した。


「毒だ……」


 そう呟き再び唾液の混ざった血を吐く。

 その確信で背筋が凍るようだった。

 なんたる勝利への執着。

 畏敬の念すら湧いてくる。


 おそらくナイフに塗られた泥のようなものがそれだ。


 これは後から聞いた話だが、マンティコアという異形の魔物から採取された血と糞を独自レシピで調合するとこの毒物になるらしい。


 本来なら魔物相手に使われるが、奴は最後の虎の子としてこれを持ち歩いていたのだろう。


 その効果は強烈で人の血管に1ミリでも混ざれば、瞬間発熱。そして顔の穴という穴から血を流し5分で死に至るとか。


 武器への塗布を前提とした割に塗りつけた刃は数ヶ月で錆びるデメリットもあるが、充分メリットが勝る劇毒。


 で、どうするか。


「くそっ!」


 頭の中の知識を総動員する。

 それはまるで走馬灯を見るようだ。

 そこで思い出したことが1つ。

 毒物を常備する人間はいざって時に備え特効薬も持ち歩くと何かで読んだ気がする。


 それを頼りに目や鼻、耳から口までこんこんと血が湧き出す中敵の死体から所持品を漁る。

 腰のポーチや首に着けたドッグタグ、ひとまず鎧も脱がし、ズボンのポケット、服の裏地も漁り、何一つ見落としが無いよう細心の注意を払った。


 そして、こいつの所持する応急処置キットから解毒薬っぽい品も見つかるが、


(そんな分かりやすい場所に隠すか?)


 俺は疑り深い。

 つーか、不意打ち仕掛ける奴の性根が真っ直ぐなはずない。俺も大概だが。


 そして思い付きでブーツを脱がし、ダガーで手当たり次第切り裂いてみる。

 すると、


「おっ!」


 靴底のかかとに何か入っていた。


「なんつー所に……」


 それは小さな麻袋。

 中身を広げると茶色い丸薬が数個転がり出る。


 その後も一通り身なりを調べたが他に見つかるものはなく、取り敢えず解毒薬らしき物として


・青い液体

・アルコール臭のする液体

・靴底から見つかった茶色い丸薬


以上。


 隠し方からして茶色い丸薬が怪しいが、ここでブラフをかます手もありえる。

 じゃあ、結局何が解毒薬かといえば、まるで見当がつかない。

 そうしていくうち体の重さと出血の量は増していき、刻々と死が迫る。


 そして悩んだ末、


「めんどくせえっ!」


 結局、全種類少しも残さず服用した。

 果たして結果は?


◆◆◆◆


 何者かの足音。

 左肩を小突く衝撃。

 つま先で蹴られたようだ。

 体が重い。


「し、死んでる……」


「生きてるよ」


 忌々しげに答えつつ目を開くとぼやけた視界にニヤケ面のアルチョムが映った。

 かなりの重役出勤に寝そべったまま悪態を吐く。


「遅えよ」


 だが、よく見ると奴は小脇にボウリングボール大の物を抱えていた。それは麻袋に入っており、袋の表面には赤い液体がが滲み出している。

 顔をしかめつつも、見当はついたが一応聞く。


「それは?」


「市長の生首」


「うげっ。趣味わりぃなぁ」


 予想通りだ。

 思えばこの男はやたら敵の首を斬り飛ばしていた。まさか生首の収集癖でもあるのか?


「ちげえよ」


 その思考を読み取り答えるアルチョム。

 どこか苦笑する様子。だんだん奴の表情が詳細に読み取れるようになってきた。


「一先ず生首持ってけば証拠として手っ取り早いだろ? つーか、こういうのは元々お前ら日本人の文化だ」


「いつの時代だよ。つーか、その言い方。お前、日本人じゃねぇのか」


 今日一番の驚き。


「生まれも育ちもロ・シ・ア。名前で分かんだろ」


 国名を強調する言い方。


「知らねえよ。ロシア人の名前なんて。」


「そうかい。まあ良いや。ひとまず、ずらかろうぜ」


 そう言って奴は俺に肩を借す。少し癪だったが、指すらうまく動かず、足元がふらつく中で贅沢も言ってられなかった。

 そしてどうにかそのまま部屋を出て、一階まで辿り着く。その途中の階段で鮮やかに斬り殺された2つの死体を見た。


(やっぱりな)


 俺が結末を見なかった一戦。

 だがアルチョムのことだ。

 間違いなく圧勝だろう。


 そして一階の廊下だが、虐殺の跡を残すように辺り一面に血が染み込み、わずかに黒ずみ始めていた。

 しかし、あれだけあったはずの死体の肉片は、実は残されていない。


 このゲームの仕様として、死体の肉片(要は柔らかい部分)は一定時間放置されると灰となって消える。

 だが、流れ出た血と骨だけはその場に残り続け、血で濡れた灰と骨で埋め尽くされた廊下はさながら地獄を歩くようだった。

 地獄の花道のように。


 そんな光景を背に俺とアルチョムは屋敷を後にした。


 そして残された惨状に対し


「掃除とか大変だろうな」


 俺はそんな呟きを残す。

 何かもっと格好つけた言い回しもあっただろうが、結局頭によぎったのはそれだけだ。


 多分、俺は殺すことに興味はあっても死体や遺されたものに興味が無いのだ。

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