第7話 「マジかよ。」
玄関前の警備を一掃し生肉でも切ったような感触を手に感じつつ、俺は安息の息を吐く。
(危なかった)
隠れ進み奇襲で決めるつもりがその前に気取られた。
なかなか勘がいい。
こういう経験が無いわけじゃないが最近は人殺しに慣れたため、そうは無かった。
つまりなかなかやる。
うまく気が引けたから良かったものの、正面からならキツかったかも知れない。
「そこらの兵士と違うってわけか」
ボソリと呟きつつ、ふともう1人、扉の横幅を挟んで向こうに立つ男を見る。
目から下を覆う覆面に大柄の体。そして握るのは血塗れのファルシオン。その叩き斬る形状は鉈やマチェットにも似ている。
返り血を浴びたその姿はスプラッター映画の怪物を思わせた。
だが、何処と無くヘラヘラした印象は隠しきれていない。ついでに言うと目の周りの傷跡も。
無論その男はアルチョムだ。
「そっちも終わったか」
太い声で言った。
奴はファルシオンを振り回し纏わり付いた血を払っている。
そんなことで取れそうもないのに。
「こいつらが、そのバーム竜滅戦士団って奴?」
「ああ。どうだ戦ってみた印象は?」
「いや、まあ結構やるなって感じ」
それより1つ疑問がある。
この男はいつの間に近付いてもう1人の警備の首を落としたんだ?
俺からしてみればちょっと見ない間に首を落としていた感覚。
侮れない男だと思っていたが、その評価すら
「じゃ、行こうか」
気軽なノリで奴が屋敷に入ろうと促す。
その言い草に俺はため息をついた。
「本当に正面から行くんだな」
「おうよ、真っ正面から
楽しそうな顔。ただし凶悪。
真っ正面から殺り合う戦力が俺とアルチョムの2人でなければ俺も素直に頷いた。
(2人……2人か~~)
本当に何やってんだろうなと呆れを通り越し、どうでも良くなる。
思い出すのはつい5時間前の作戦会議。
市長殺害計画についてエトセラムから聞かされたこと。
ただ、あれを作戦と呼ぶのはどうかと思う。
そして、そんな俺を尻目にアルチョムは扉の鍵を開ける。
ちなみに鍵は俺が殺した警備が持っていた。
「じゃ、ハデに行こうぜ」
扉の向こうをキラキラした目で見据えて、奴はそんなことを言う。
まったく、付き合わされる身にもなってほしい。
◆◆◆◆
「マジかよ」
それは心の底から出た本音だった。普段、本音と建前を大事にする日本人の会話に本音がどの程度含まれているか知らないが、少なくとも今俺が喋ったこの言葉に建前は無い。
時間は5時間前に遡る。
武器の調達を終えた後、俺とアルチョムは街をうろついた。
その最中、なぜこの男はこんなに目立つ顔をしているのに周りの人間が気にしないのか、少し不思議に思ったが、そんなことはどうでもいい。
その後、エトセラム一味のアジトへ戻ると、早々に作戦会議に呼ばれた。
元々、段取りは決まっていたが、急遽俺の参戦が決まり変更点含め確認が必要だったらしい。
呼ばれたのはあの執務室で、相変わらず独特の匂いがする部屋に入ると、エトセラム、アルチョム、そして無表情な顔のクサカベが机を囲み立っていた。
そして、机に広げられていたのは詳細な見取り図らしきもの。
俺も近くに寄り、それを眺めた。
かなり広めの屋敷の図面で、3つの建物が横並びになった構造。それぞれの建物は2階建てで広く、
(つーか、これ市長の屋敷の見取り図じゃ……)
そう思ったのはただの勘だ。
状況からしてそれ以外ないだろう。
「おい、こんなものどこから……」
するとエトセラムはサッと手を伸ばし俺の唇に人差し指を当て話を遮る。
「内緒」
そう言って楽しげな表情を浮かべ、こちらをからかっているようだ。
(そりゃ話すわけねぇか)
俺は怪訝な顔をしつつ納得はする。
こういう情報は命より重い。
まして悪意のある奴の手に渡ったら……
いや、俺たちがまさにそれか。
とにかく、俺はこの疑問を飲み込む。
その様子を見るとエトセラムはパンっと仕切り直すように手を叩きこう言った。
「さて、全員集まったことだし会議を始めようか」
ここで「全員」という言葉が引っかかった。
「全員?ちょっと待て、大規模な作戦をやるわりに数が少なくないか?指示を出す奴がもう1人2人いた方がいいだろう」
俺が想定していた作戦はこうだ。所詮数には勝てないことを前提とし、数十人から百人規模で屋敷にかちこむ。
ここに集められた俺以外の奴らは現場での指揮をとり、実際に動く兵士は今、どこかで潜伏している。
そしておそらく俺は最前線に配置される。
この俺の考えを聞いたエトセラムは少し困ったように髪を撫でた。
「君、ちょっと勘違いしているね。確かに君にはアルチョムと一緒に屋敷内に仕掛けてもらう。でも、戦力はここにいる4人で全部。何匹かデーモンは出すけど、メインはこれだけ」
そう、ここで俺はこう言ったのだ。
「マジかよ」
と。
正直ここまで無謀な作戦に付き合わされると思っていなかった。
で、エトセラムは作戦をもう一度、頼んでもないのに丁寧に話してくれた。
俺とアルチョムで屋敷内に仕掛けて障害を排除しつつ市長を殺害。標的は執務室か私室にいる可能性が高いとのこと。
また、エトセラムとクサカベはバックアップに回り、屋敷内に援軍が来ないようにする。
ついでに屋敷から出た奴も全員殺す。
聞いてみれば単純で、馬鹿馬鹿しくて、それが作戦の全てだった。
もちろん俺は抗議したが、彼女は心配いらないよ。と言って取り合わない。
なら、助け舟を求めアルチョムを見るが、
「逆に何がいけないんだ?」
とほざく始末。
じゃあ、あのクサカベとかいう女はどうかとそちらを見れば無言でこちらを見つめるだけ。
抗議を入れないので、彼女もこの作戦に同意なのだろう。
(クソ、今日は厄日だ)
そんな感じで作戦会議は終わった。
苛立ち混じりに俺は誰より早く部屋を出ようとすると、背後から声がかかる。
「不満そうだね」
人を食った態度のエトセラムの声。
そして振り向くと、何処と無く面白がるような顔でこちらを見つめている。
「当たり前だろ」
「でも、辞めないんだね。君のそういう実直な所、私は嫌いじゃないよ」
実直なんて言葉は俺の性分からかけ離れているが、実際、抜ける気は無かったので特に言い返すことはない。
それをどう受け取ったか知らないが、続けてエトセラムはこう言った。
「ま、心配いらないよ。そもそも今回、君の仕事は楽だからね」
そして賢しい笑みを浮かべる。
その意味は図りかねたが、特に考えずそのまま部屋を出た。
で、その真意を理解するのはわりかしすぐのことだった。
◆◆◆◆
首が飛んだ。
切断面から血が吹き出し弧を描くそれを俺は呆然と眺めていた。
いや、こんな場所にいて呆然とするのも変な話だが、今この瞬間はその余裕があった。
◆◆◆◆
場面は戻り、今。
屋敷に侵入した俺とアルチョムを待ち受けていたのは無数に思えるほどの兵士達だった。
その全員が一様に赤い生地にドラゴンのレリーフのマントを纏い、これまた一様に剣呑な目でこちらを見つめていた。
なぜここにこれだけの数が集められていたのか疑問だったが、そんなことはどうでもいい。
そして彼らはこれまた一様に腰の鞘から長剣を抜きつつ、各自距離を取り合う。
ここは広めのエントランスホールだったが、これだけ数がいては手狭だ。
だから互いの邪魔にならないよう距離を取ったのだろう。
そんな惚れ惚れするような連携を見せた末、その後ろの方から1人の人物が進み出る。
それは歴戦と思しき雰囲気を醸し出す禿頭の男。
彼は全身から闘気を放ち、こう言った。
「誰だ」
まあ、そう言うよな。と俺は思う。
わざわざ2人で仕掛けて来ると向こうも思ってないだろうし、マジでこちらの意図が掴めないだろうなと少し同情した。
そしてふと、隣に立つアルチョムを横目で見る。
(うわ)
全身総毛逆立つとはこのことだ。
その感覚はつい昨日の深夜(やけに昔に感じる)に襲われた時、感じたものと寸分違わなかった。
覆面の上からでも分かる歪んだ表情は見る者全てに気持ち悪くも恐ろしいと感じさせる醜怪な笑みで満ちている。
それに気づいたらしき俺と、アルチョムの正面で戦闘態勢に入った一群に動揺が走った。
しかし、
「うろたえるなっ!!」
禿頭の男の一喝で即座に持ち直す。
統率はかなり取れているらしい。
そして彼は長剣を構え
「それだけの殺気……殺る気だな。」
アルチョムに向けその一言。
俺はもはやこの場いる意味ないんじゃないかと思い始め、ふと向こうの一群に目をやった。すると何人かと目が合い、彼らはコソコソと何か話している。
「おい、あれって」とか、「殺人鬼じゃ……」
とか、そんな単語が耳に入ったので、何人か俺の正体に気づいていると伺えた。
しかし、大半が禿頭の男とアルチョムの一戦に釘付けだ。
(全部アルチョムに押し付け俺も見ておくか)
と、観戦モードで俺は近くの壁にもたれかかる。
「来い」
禿頭の男は一言そう言った。
(えーー、そんなことしたら……)
と、次の瞬間だ。
空気が
そのキレは俺に襲いかかったあの瞬間よりも鋭さを増し、一切初動とその後に続く動作を悟らせないまま、俺の目には鈍い閃光、刃物に反射したそれが煌めいて見えた。
で、次の瞬間には禿頭の男の首が飛んでいたわけだ。
それを無言で眺めていた俺は
(やっぱりな)
と、つまらない結果を受け入れる。
いや、こちらとしてはアルチョムに死なれたらここにいる全員を俺1人で相手にしなきゃいけないから困るが、実のところアルチョムの勝利は微塵も疑っていなかった。
それだけ奴は底知れない。
むしろ、俺が気になっているのはこの先だ。
「な、バルバドさんが……」
兵士の群れのうち誰かがそう言った。
なるほど、あの禿頭の男はバルバドと言うのか。
(ま、相手が悪かったな)
そう思っていると、俺のつま先に何か重く、硬いものが当たる。
下を見ると、あのバルバドの自らの勝利を疑わない表情のままの生首が俺の足元まで転がってきていた。
そして何も映さない瞳がこちらを見つめる。
が、邪魔だったので適当に蹴り飛ばすと丁度兵士たちの方へと転がっていった。
(俺が見たいのはこれから先だ。だが……)
そう思って兵士たちの方を見る。
転がってきた生首に恐れをなし素っ頓狂な声を上げる者が一部。だが、殆どは冷静そのもので即座に声高な指示が挙がる。
「恐れるなっ。敵は高々2人。我ら全員でかかれっ!」
副リーダーらしき者の声が一群の後ろから挙がる。そして、怖気付いた心を持ち直すかのように「オォォオーッ!」「ウォー!」と、
思っていたより士気の立て直しが早い。
(あー、本当にやるのか? やらなきゃいけないのか?)
なんか、もはや状況に対する焦りが消し飛びつつある。
俺はいざ危機を前にすると色々受け入れるタチだ。
だが、今回は敵のほぼ全てアルチョムに押し付けるつもりでいる。そして、どうにか生き延びることに専念する。
あの一群をまともに相手取るのは無謀を通り越しただの馬鹿。
そして、こういう機会ならアルチョムという男の底が見れると踏んでいた。
このゲーム、1人の熟練兵より最低限の訓練を積んだ雑兵5人の方が強いと言われるほど数の差がシビア。
そして、目の前の一群はざっと数えて30人は居る。さっきは無数に居るように感じられたが、それはここが人数を詰め込むには手狭だからだ。
その上、類推も混じるがここにいる奴らは一人一人がそこらの傭兵じゃ相手にならない実力者ばかり。
それはそれとして結構な数を残したままアルチョムに死なれても困る。
だから、こちらとしては精々いい勝負をしてくれるよう祈るしかない。
(さあ、どうなる?)
自分の中にただ奴の実力が見たいという好奇心だけが残った。
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