ただうっとり、見知らぬ世界の空気へ身を浸す読書体験

物語は、十三歳の少女サヴァが紡ぎ工房でのつとめに勤しむ場面から始まる。女達と作業歌を共に歌い、見下ろす手元は屋根代わりに乗せられた日除けから差し込む光と影のコントラストが鮮やかだ。

きっととても暑くて、日差しの強い土地なのだろう。きっと作業場には歌だけじゃなく、女達が葉をこそいで繊維を取り出す、石台と削ぎ棒の擦れる音も響くのだろう。歌に合わせてリズム良く。

この最初の二段落を読んだだけで、脳裏に描かれた美しい情景にため息が出た。だからこの物語を読もうか読むまいか迷っているあなたも、まずははじめのところを読んでみると良いだろう。こういう「自分の知らない世界を覗き込む」ような話が好きな人ならば、続きを読まずにいられなくなるに違いないから。


そしてそんな冒頭部分から程なくして、サヴァの前にはラーノという魔術師の青年が現れる。祈術師である少女とは、ある意味敵対する場に身を置いている人。けれどそこから始まる異文化交流は、とてもあたたかくて心地よい。好奇心と驚きと敬意で形作られたそれは、溝の深いふたつの文化を細い糸で繋ぎ合わせてゆく。

とはいえ全ては小さな街で起きた、小さな出来事だ。ドラゴンと戦わないし、魔王も秘密結社も滅ぼさない。けれどその小さな何かの背景には、文化や信仰という広く深い世界が広がっている。細部が世界に繋がっていて、その細部をきっかけに何か大きな歴史が動くのではないかと予感させられる。

そんな狭くて広く、幻想的な世界にどっぷり身を浸せる体験をお求めの方は、ぜひこの一編を紐解いてみるのが良いだろう。