後日譚
この動画は、最初の一日で1万回再生された。
観たのはオカルト好きだけではない。不馴れなnightが苦労を重ねて編集した動画のその「絶妙のダメさ」が、異様な味と笑いを生んでいた。おそろしい霊と、インパクトのある笑いと、スルメのような味わいが同居する奇跡の動画であった。
「幽霊が映っている」
「4人がみんなおかしい」
「編集もクセになる」
恐怖と笑いと珍味が合わさったこれは、SNSを中心に爆発的に広まった。
CMなどの入っていない非営利動画だったことも吉と出た。ただしこれは、そういう広告システムを彼らが知らなかったためなのであるが。
当然ながら問題も起きた。緑川外人墓地への侵入である。鍵などはないとは言え、倫理的にどうか、とのコメントが寄せられた。
ここで開き直っていたら炎上していただろうが、彼らは根が正直であった。
数日後にkyoの狭いアパートで、素顔のまま撮影された謝罪動画はその翌日、手書きの謝罪文と共に公開されることになる。
また4人は、緑川外国墓地の管理会社に直接、謝りに出かけた。
謝罪動画の中の逃げ口上のない真摯な言葉と態度は、インターネット住人たちの心も撃ち抜いた。
その直前にネットニュースで、彼らの曲の再生回数が平均2ケタであることが伝えられていたのも、同情を誘ったと思われる。
また、おでんにやられた唇のヤケドがまだ引ききらないkyoが、「ほのはびは、はいへん、もうひわへあひませんでひた」と謝る様子の面白さも、批判の声を小さくさせた。
外人墓地の管理会社のホームページに、謝罪を受け入れる文面が掲載されたのも幸を奏した。
「彼らのした行為は本当にひどいものですが、その真摯な態度と、丁寧でまっすぐな言葉、休憩所を汚さずに帰った律儀さ、
そして外人墓地にいる霊たちを和ませた結果に免じて、この謝罪を受け入れようと思います。霊たちの安らかな眠りを祈ります」
「倫理的にどうか」と指摘されて良心の痛んだ彼らは、すぐさま墓地の動画と自分たちの曲を全て削除していた。熱狂から転じて冷静になったあとの、純然たる申し訳なさからの行動であった。
その潔さもまた、世間に好感を持って迎えられていた。
機を見るに秀でたネットのインフルエンサーたちが、彼らの曲や墓地での騒動の動画の断片をSNSに上げた。
「普通にいい曲じゃん」「消された動画のここ、超ウケる」「なんでこんな普通の歌で、見た目がV系なの???」などなど。
謝罪動画だけが残った公式チャンネルに、応援のメールが届きはじめる。
「ちょっとしか聴いてないのですが、いい歌だと思いました」「フルで聴いてみたいです」「blueさんかわいかったです」「どうやったら曲が聴けますか?」──
その後の彼らの活躍は、皆さんもご存じであろう。
メイクを薄めにし、着物もやめて、等身大の容姿となった彼らは、音楽活動を主、「チャレンジ動画」を従として、今や八面六臂の活躍を見せている。
艶夜華~adeyaka~というバンド名は、理由はよくわからないがそのままであった。
元々音楽的な才能はあった彼らであるので、派手さはないがしっかりと聴かせる曲の数々は、手堅くヒットを飛ばしている。
ライブにも人が来るようになった。中くらいの箱ならばほぼ満員になる。
霊感のあるblueには心霊絡みの出演オファーが、valleyには料理関係の出演要請が、kyoには「ネットでのバズり方」の類の本の出版依頼が舞い込んだが、全て断った。
彼らは、これ以上を望んでいない。
一定の数の人たちが、自分たちの音楽を聴いてくれている。
それで、十分に幸せだ。
彼らはそれだけで満足なのであった。
しかし。
彼らのライブやイベント。
それが13日の夜に開かれる際に、客席の最前列や楽屋の近くに陣取った方がいらっしゃったのなら、是非耳をすませてみてほしい。
ステージ裏から、こんな声が聞こえてくるかもしれない──
「ウワッやっぱり出てきた! ウウッこわい……! お祓いとかできないのっ?」
「お祓いなんてできないだろ、俺らのおでんを楽しみにして現れるんだから……おい泣くなよ青山……」
「だって京くん……ライブ前に出てこられたらテンション上がんないよ……」
「まあ仕方がないだろう、これも俺たちがしでかしたことの後始末だと思わないとな」
「内藤くんなんだよその態度っ。逃げようとしたくせにっ」
「お前はオシッコもらしてただろう。バレてなかったけど」
「逃げるよりはマシでしょっ」
「まぁ二人とも……」
「はいっ、よく煮えてるよぉーっ」
「あっ、ちょうどいいタイミングで煮えたな。よし、今日はみんなで食べよう」
「そんな。俺は嫌だぞ」
「内藤、逃げる気か? このオバケさんたちの囲みから逃げられると思うか?」
「そうだぞ内藤っ」
「内藤、観念して食べようや。なぁ……」
「……仕方ないな……」
「じゃあいいか? はい谷口、箸……。今夜のライブと、これからの活動の安定と、それからこちらにおいでの、亡くなった外国人の皆様の平和で安らかな眠りを祈って、」
「いただきます!!!!」
「アヒイッフウッアッ アフィ! 熱ィ! ヒーッ!!」
「オフッ ンゲホッゴホッ グホッ ホフッアッフアッ!」
「ヒーッヒーッ! ヒーッヒーッ! ヒャーッ! ヒーッ!」
「ムァーッ! オホッホッホッホッ! ムハァッ、ウーッ!」
【めでたしめでたし】
売れないビジュアル系バンドが、心霊スポットで、熱々のおでんを食べる話 ドント in カクヨム @dontbetrue-kkym
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