恐怖! 緑川外国墓地!

 それから1時間半ほど経った、夜の9時少し前。

 4人は緑川外人墓地へ向かう車の中にいた。


 4人にはプロデュースのセンスもなかったが、動画制作のノウハウもなかった。

 元より音楽だけが好きな4人である。そんなものはない。思い立ったが吉日と機材をまとめて車を飛ばしてきたので、検索して勉強する暇もなかった。

 動画サイトに上げた1曲目2曲目のPVは、blueが勤める美容室の撮影と編集のできる先輩に頼み込み作ってもらった代物である。カメラの持ち主のnightですら基本的な操作を知っているのみであった。 


 その問題に気づいたのは、助手席にいたkyoだった。

「なぁ……こういう動画ってさ、どこから撮りはじめたらいいんだろうな?」

 valleyがハンドルを握る車の中、緑川外人墓地まであと10分のところだ。

「そうだな、考えてなかったな」カメラをいじりながら後部座席のnightが言う。「よくわからないから、今から回そう」


 とりあえず、そのようなことになった。




「………………」

「………………」

「あ、ここ、左」

「左?」

「うん」

「うん、ここをちょっと行く」

「うん」

「そこほら、コンビニあるでしょ」

「うん」

「そこを曲がって、もうすぐだから」

「うん」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「あー、あれ?」

「違う違う、あれ普通のお墓じゃん」

「あーそうだ」

「もうちょい先」

「うん」

「白い柵が見えてくるから」

「うん」




 シルバーに染めて立てた髪に、厚めにファンデを塗った顔面、唇を薄赤く塗り、アイラインを濃くした顔の助手席の男が、黄色い髪に付けまつげ、額から顎にかけて黄色い稲妻を走らせている運転手に、淡々と道を指示している。

 双方、そして後ろの2人も黒い着流しである。

 これが艶夜華~adeyaka~4人の、共通衣装だった。


 nightの隣にいたblueが声をかける。保温と味を染ませるため、おでんの入った鍋を毛布に包んで抱えている。

「ねぇ、これ、回してていいの?」

「いいんじゃないかな」

 そう答えたが、nightは深いことは考えていない。

 青い髪に青い口紅を塗ったblueはいいのかなぁ、いいのかなぁ、と一人小さく言いながら腕を組む。

 黒い長髪の先だけを赤く染めたnightは、「まあ素材ってやつだね」と気のない返事をするのであった。


 カメラは理由もなく、全てを撮影していた。


 到着した緑川外人墓地には、門はなかった。彼らはのんべんだらりと撮影しながら堂々と中に入った。

 俺撮ってるからさ、の一言で、nightが最後尾となった。カメラを持ち照明を照らしながら墓地の中を進む3人を追っていく。


「暗いなぁ」

「暗いよぉ」

「暗いねぇ」

「あっ、9時だ」

「9時かぁ」

「撮影はじめないとなぁ」


 nightは配信する素材だと言うのにおそろしく無意味な言葉しか言わない3人を漫然と撮る。自分も「暗いな」と呟きつつ、なんとなくレンズを左右に振っているばかりだ。



 ところが、しかし。

 nightがダラダラと撮影していた外人墓地内の映像。

 そこには、無数の霊が捉えられていたのである。


 墓の影、木の後ろ、足元から暗がりの中にまで、白い影や黒い姿、ものによってはクッキリと映っていた。

 黒人に白人、ラテン系からアジア系まであらゆる人種がいたが、どの霊も一様に、恨めしそうにレンズを見やっている。

 折悪しくこの日、13日の金曜日であった。キリスト教には忌日にあたる。

 そんな日に外人墓地に侵入することはつまり、仏滅の日に、鬼門の方角に向けて、位牌や卒塔婆を破壊するようなものであった。

 いつにも増して侵入者に敏感になっていた外国人の霊たちはその怒りを抑えることなく、ゆっくりとゆっくりと彼らに近づいていく。



 ところが、しかし。

 ぼんやりカメラを持っていたnightは、その集い来る数々の霊体に、まったく気づかなかったのである。

 1メートル先の墓石の影から飛び出た白人女の顔にすら気づかなかった。

 それは、前を行く3人も同様だった。


 nightの掲げるライトから一番遠いkyoは歩くのに精一杯だったし、怖いので前方のただ一点しか見ていなかった。

 その後ろのblueはボーカリストに輪をかけて怖がりだったので、kyoの背中にしがみつき赤く刺繍されている「艶夜華」の文字だけを幾度も読んでいた。

 そのまた後ろのvalleyは、たいそう鷹揚な性格であった。細かいことはあまり気にしないタイプである。

「おや、今なんかいたかもしれないな」「あれっ、今のはおじいさんだったかもしれない」

 それらを「まぁ、いいか」で済ませていた。


 彼ら4人はつゆとも知らなかったが、緑川外人墓地に集まる多数の霊魂たちは、彼らを確実にとり囲みはじめていた。

 


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