おでんと幽霊
外国人の亡霊たちが音が立つほどに集まってきている。
だが4人はそれに気づかぬまま、墓地のど真ん中に到着した。
そこはちょうど休憩スペースのようになっていて、石造りの椅子とテーブルがしつらえてある。
「もうさ、ここでいいよな?」kyoは少し震えていた。
「こ、ここにしようよ。俺こわいよ。な、なんか変な空気になってきたし」メイクのせいでより青く見える顔のblueはもっと怯えている。
「そうか。じゃあここにしよう。ちょうど墓地の真ん中あたりだ。谷口、鍋とカセットコンロ出してくれるか?」
「だから本名はやめろってば……お前も本名で呼ぶぞ内藤」
「お前、よせって」
「内藤だから、night」
「お前だって谷口でvalleyだろ」
「ケンカしてる場合じゃないよっ」blueがせっつく。「なんかどんどん気持ち悪くなってきてるよここ!」
本人は気づいていないが、blueにはいわゆる「霊感」があった。
彼はそういうものを感応する力がまるっきりない3人とは違い、緑川外人墓地の中央に集合しつつある無数の霊の気配を肌で察知していたのである。
だが──
「なんだよお前、そんなに怖いのかぁ? 困ったなぁ」3人の中で一番おおらかで鈍感なvalleyはカセットコンロを石のテーブルに置き鍋を設置しつつ言う。
「いや。怖がってもらった方が面白いものが撮れる」とnightが同調した。「kyoと一緒にせいぜい怖がってくれ」
そう言われてblueは不愉快になった。反発心が沸いた。
「べ、別に怖くないし! 暗くて不気味ってだけで! 怖くないぞ!」
心と肌身では確かに感じている危険な気配を押し込めて、強がってしまった。
そんなやりとりの間にも、カセットコンロに火が入れられ、さめかけていたおでんがグツグツ煮えはじめた。
「煮えたよ。はい、箸と皿も並べたよ」
「よし。じゃあまずはkyo、お前が動画の説明をしてくれ。鍋のあっち側に回って……」
「わかった」
妖艶なメイクを施し、黒に身を包んだkyoが、鍋の後ろに立った。
カセットコンロにかけられたおでんが湯気を立てている。
外人墓地の中央部に、おいしそうな匂いが立ちこめる。
nightがカメラを覗き、その後ろでvalleyは腕組みをし、blueは背を丸めながら不安そうに左右を見回している。
kyoはよし、とばかりに腹を据えて、説明をはじめた。
ライブのMCで培ったトーク力を、ここで発揮させるのである。
──はいっ、こんにちは。ビジュアル系ロックバンド、艶夜華~adeyaka~の、kyoです!
えー、いつもは曲を上げているわけですが、今日は、えー、あれですね、ちょっと趣向を変えてみることにしました!
題して…………えーと、そのー、「艶夜華~adeyaka~の……チャレンジ動画」! イェイッ!!(拍手)
えー、そのチャレンジ動画、その第一弾なんですが、あのー、チャレンジ、挑戦ということでね!
その~、強めの挑戦を! やってみたいと思います! はいっ! これはね、第一弾なので、うん。
えー、ここ、ここね、ここらへんしか照らしてなくて、あのー、暗くてよくわかんないかと思うんですが、どこだかわかりますか?
なんとここ、都内有数の心霊スポット、緑川外人墓地なんですね! 有名な! 心霊スポットなんです!! 有名なんですよ~!!
えー、そして、僕の目の前に、はい、今すっげー湯気が出てるのがわかるかと思うんですが、ここにはですね、ハイッ!
見てください! なんとここに! 煮えたぎる熱々のおでんがあります! 煮えてます!! 超煮えてます!!
えー、そんなわけでですね、今回のチャレンジ動画では、心霊スポットで! この熱々のおでんを! 食べてみたいと……
ここまで語ってみてようやく、kyoは思った。
なんだこれ。
ビジュアル系のバンドが、
メイクと衣装で決めて、
夜の心霊スポットで、
熱々のおでんを食べる
その様子を動画で撮影する。
なんだこれ。
「俺たちの曲をもっと聴いてもらいたい」が、どうして「心霊スポットで熱々のおでんを食べる」になるのか。
言い出したのは自分だったはずだが、まったく意味がわからない。
どうしてこうなってしまったのか。
「なぁ」kyoはおずおずと切り出した。「おかしくないか?」
「だよね? おかしいよね!? 変だよここ!」blueが食いつくように叫ぶ。
「いやそうじゃなくて、この動画……なんで俺たちさ、こんなの撮ってんだろうな?」
「ええっ」
カメラのそばの3人が一斉に驚きの声を上げた。
「お前、ここまできてそんなこと言うのか?」とnightが言えば、「今さらちゃぶ台をひっくり返すようなこと言うなよぉ」valleyが苦言を呈する。
怯えているblueは「いいから京ちゃん! いいからそういうの! 早く進めて食べて帰ろう!」と手をあおぐようにして先を促す。
「本当、そういうのはいいからさ、まず試しに、kyoが一回食べてみてくれよ」
nightが鍋を指さした。
「なんで俺なんだよ」
「ボーカルだろ」
「おでんとボーカルは関係ないだろ」
「お前、リーダーだろ?」
言われてkyoはぐっ、と詰まった。そう言われると弱い。
「どういう風に映るのかテスト撮影も兼ねてさ、一度食べてみてくれよ、二品くらい」
「わかったよ……でもな!」kyoはレンズと他のメンバーを交互ににらんだ。
「テストのあとはお前らも食べるんだからな! 食べろよお前らも!」
「あー、わかったわかった、食べる食べる」
「食べるよぉ。お前を一人にはしないからさぁ」
blueはさっきより背を丸めて、無言でこくこく頷いた。肌を撫でるような気味の悪さが秒を追うごとに増しているのだ。
kyoは露骨に嫌な顔で、鍋の中から箸で大根とハンペンを取った。
「ほら、いただきます、って言ってくれよ」
指示を出すnightの指が画面に映りこむ。
「はいっ……じゃあ大根、いただきまーす……」
拭えぬ疑問と熱々の大根に気をとられていたkyoは、3人の異変を見過ごした。
nightも、blueも、valleyも、それに同時に気づいた。
ライトが照らすkyoの真後ろ、外人墓地の光の奥、闇の先からぬっ、と現れたものがある。
白い影であった。
純白のドレスのような輪郭が風もないのにゆらゆらと揺れ、ぼんやりと定かではない。
両腕を曖昧に開いて、誰かを抱きすくめようとしているようだった。
表情はわからない。
顔にぼっこりと、大きな黒い穴が開いていたからである。
これが、彼ら艶夜華~adeyaka~が今夜、最初に目にした霊だった。
その精神破壊力は抜群であった。真の恐怖に直面した3人は声も出せず、今まさにおでんを口に入れようとしていたkyoを見ていたのはカメラのレンズだけであった。
顔面のない白い影の左右から、ガリガリにやつれた白人の少女とボロボロのスーツを来た黒人の老人が現れた。
その背後からもまた、白や黒や灰色の影がずるずると、数えきれないほどに迫ってきていた。
「あ」
blueの喉からようやくそれだけ音が漏れたのと、kyoが大根を口に入れたのは、ほぼ同時だった。
「熱ゥッ! アフッ! ハフッハッ! ムァッ! 熱ゥ!」
ダシをよく吸い90度越えた大根の熱さは、kyoの予想を超越していた。
適当に面白いリアクションをとればテスト撮影は終わるだろうと考えていた彼の甘い目論見は粉砕された。
意識したリアクションをとれるような温度ではなかった。
「ハーッ! ハッハッ! ふはっ! ムァッ! ムーッ! ムーッ! ンンーッ!」
口から吐き出したい思いに捕らわれたがしかし、幼少期から厳格に育てられていた彼の無意識がそれを許さなかった。
「あふい! あふい! あふい! ムアッフ! ムグーッ! ンンーッ!」
口の中で暴れ回る大根の熱と戦いながらkyoは、カメラ脇の仲間たちに視線で助けを求めた。
彼は驚いた。誰も大根に苦しむ彼のことを見ていなかったのである。
ふざけるなよ、リーダーの俺ががんばって食べてるのにお前ら、一体何を、と振り向いた瞬間、kyoは見てしまった。
広がる緑川外人墓地の暗がり、その視野の端から端までみっしりと、この世の者ではない存在が迫ってきていた。
はっきりと見える姿から煙のようなもの、首のない者も手足のない者もいる。おそろしいほどの多様性がそこにはあった。
顔のわかる者の表情にはすべて、憤怒と怨嗟がどす黒く深く浮かんでいる。
彼らと彼女らがいかなる存在であるのか、どんな思いでここに現れているのか。
それをkyoは数秒で理解した。
だが、口内の熱さを忘れられたのは、その数秒間だけだった。
kyoは口内の大根の熱と迫り来る亡霊たちに、挟み撃ちの形となった。
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