再生回数:86回
ビジュアル系アマチュアロックバンド・艶夜華~adeyaka~は、いま危機に直面していた。
結成して2年目、もはや崖っぷちとも言ってよかった。
86回。
これが彼らの新曲の、1週間の再生回数である。
「なぁ、こんなにいい曲なのに、なんで伸びないんだろうな?」
ボーカルのkyoが、動画の再生回数を見て誰に向かってとでもなく呟いた。
八畳の和室、kyoの自宅アパートである。整頓されているにもかかわらず、音楽機材と生活用品がみっしりと詰まっており、簡単に移動できない。
「世間に、センスがないのさ」窓際に座ったnightはギターの弦を手入れしながら言い放ったものの、顔は外に向けていた。常にクールでいたかったので、つらそうな顔を見せたくなかったのだ。
「kyoのボーカルも脂のってたし、今回のは自信あったのになぁ」ベースのblueは唸った。「何が足りないんだろう?」
しばらくの痛々しい沈黙ののち、ドラムのvalleyがのんびりとした声で言った
「その86回のうちさぁ、たぶん50回くらいは俺たちが再生してるよねぇ」
八畳間に、さらなる重苦しい沈黙が流れた。
動画サイトに上げた新曲「神様の言葉」、再生数86回。
ひとつ前の曲「滅せよ鬼、掲げよ刃」は202回──だがこれは、4人が示し合わせて、「もうこの際、時流におもねろうか」と作った曲で、満足していなかった。後悔すらしていた。
狭い部屋であぐらをかいてパソコンに向かいながら、kyoは動画サイトの公式チャンネルを流していく。
その前の「心のときめき」は71回、その前の「海の広さに」が81回、90回、58回、64回…………
月に1曲のペースを維持し、かっこいい静止写真を無料サイトから厳選し、トップページのアーティスト写真も、アマチュアながらそれなりのモノに仕上がっている。そのはずだった。
実際彼らの音楽は、悪くはなかった。
ただ、時代がよくなかった。
今やインターネットでは、アマチュアの新曲も伝説の名曲も一緒に並んでしまう。埋もれやすい。
さらに言うなら、セールスのセンスが壊滅的であった。
安定した実力があるにも関わらず、「俺たちの容姿は平凡にすぎる」と彼らはまず考えた。
そこで何故か、ビジュアル系が選択された。
メイクをしてみると平々凡々たる顔が美麗に“なってしまった”のも不運だった。
そのようなビジュアルで、バンド名がそれにふさわしく艶夜華~adeyaka~とつけたのに、曲名が「神様の言葉」「心のときめき」「海の広さに」である。
どれも穏やかでなごやかなラブソングや人生応援歌であった。
見た目を強くした分、音楽は落ち着いたものをと考えたわけだが、いかんせん、地味にすぎた。
「俺、考えたんだけどさ」
kyoは3人に体を向けた。
「もしかしたら、音楽やビジュアルだけじゃ、ダメな時代になってるのかもしれない。
もっと別の方面の動画を作って、ひとまず名前を、艶夜華~adeyaka~って名前を、売るべきなんじゃないだろうか?」
これは言うまでもなく、完全な間違いである。
セルフプロデュースのセンスが絶望的なkyoだったが、他の3人も負けじとひどかった。
「そうかも、しれないね……」nightがポロン、とギターを弾いて同意した。かっこよく見えるがその実、特に何も考えていない。
「京太郎くんすごいよ! それだよ!」素直なblueが頷く。
「んー、よくわかんないけどさ、やるからには手伝うよ」マイペースなvalleyがドラムスティックを回しつつ言った。
かくて艶夜華~adeyaka~の4人は狭さに苦労しつつパソコンの前に集まり、次の動画の作戦会議を開始した。
しかし出てくる案は「風呂でメシを喰う」「おかしをたくさん食べる」「映画レビュー」などばかりである。圧倒的、ひたすら圧倒的なセンスのなさであった。
では、どうするのか。
ビジュアル系バンドが挑戦したら面白いものについて全員で首をひねって考えたが、アイデアが浮かばない。
30分後、kyoが頭を抱えながら立ち上がって叫ぶように言った。
「あーっもう! よしみんな! くじ引きやるぞ!」
「くじ引きぃ?」
と言っても、紙を用意したわけではなかった。
まず、動画サイトの「人気動画ランキング」を開く。
次に、マウスを握った者が目を閉じて、それを上下にめったやたらに動かす。
そしてクリックする。
再生された動画を、「名前を売るための動画」のテーマにする。
言い出したkyoが、マウスを握った。
皆が見守る中、彼はマウスを乱雑に動かす。
「ぬぅーっ……これだ!!」
カチリ、とクリックして再生されたのは──
「九州最強怨念スポット 犬鳴トンネルに挑む 前編」
心霊スポットへの突撃動画だった。
「わあっ! やだよぉ俺! オバケこわいもん!」blueがkyoの肩を揺らした。
「そ、そうだよな、ビジュアル系が、し、心霊スポットに行くとか、ちょっと、ほら、キワモノ過ぎるっていうか」
kyoが気弱に同意するのを、nightが制した。
「いや、これは面白いかもしれないぞ」
nightはかっこよく顎に手を当てる。
「考えてもみろ、今まで体を張った美青年系バンドはいても、こういう動画を作ったバンドはいたか?」
「いや、いないと思うけど……」blueが小さく返事する。
「じゃあチャンスじゃないか? スキマ産業ってやつだよ。幸いなことに二人、怖がりがいるじゃあないか。面白いものが撮れるんじゃないだろうか?」
「でもさぁー」valleyが間延びした声で口を挟む。「ビジュアル系バンドが、心霊スポットに突撃した、だけじゃあ、なんかこう、もう一味ほしくない? 薄味じゃないかな?」
「そんなこと言うなら谷口、お前ちょっとやってみろよ、くじ引き」kyoが顔をしかめる。
「本名で呼ばないでよ……わかったよ、一回やってみるよ……」
valleyは目を閉じてマウスを握り、クレヨンで紙に落書きする子供のようにグリグリと上下左右にぶん回した。
「はいっ、これ!」
valleyが選んだ動画は、昔のバラエティの映像だった。
アッツアツのおでんが、タレントの口の中に放り込まれる。
タレントは悲鳴を上げながら倒れ、スタジオが笑いの渦に巻き込まれた。
心霊スポットと、おでん──
心霊スポットで、アッツアツのおでんを食べる──
「これだ」
「これだな」
「うんっ! これっきゃないよ!」
「面白そうだなぁ」
4人はきらきらとした顔を見合わせて、大きく頷くのだった。
もしかすると既にこの時、艶夜華~adeyaka~は、何かに魅入られていたのかもしれない…………
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