プレゼントそのニ
エリカの猫好きを麗奈が知ってから、数日後の土曜日。バイトもないので普段ならダラダラするところだが、今日は違う。
十二時を少し過ぎた頃。麗奈は綾音を伴って、以前下着購入の際に訪れたショッピングモールに来ていた。
目的はエリカへのプレゼントを買うため。品揃えのいい店の並ぶこのショッピングモールなら、エリカへのプレゼントに相応しいいい品があると考えてのことだ。
「へえ、私このショッピングモールに来たの初めてだけど、結構いい場所だね。お店もたくさんあるし」
「綾姉ここに来たの初めてなんだ。ここは品揃えのいいお店もたくさんあるから、私もよく利用してるしオススメだよ」
初めて来たからか、興味深げにショッピングモール内を忙しなく見回している綾音にそう教えた。
「……というか綾姉、わざわざ買い物まで付いてこなくても良かったんだよ?」
「何? 私は麗奈の買い物の邪魔だった?」
「別にそこまで言いたいわけじゃないけど……」
元々麗奈は、ショッピングモールには一人で来るつもりだった。しかし今日エリカへのプレゼントを買いに行く話をしたら、なぜか付いてくると言い出した。
同行の必要はないと思ったが、断る理由も特になかったので麗奈は同行を了承したのだ。
「ならいいじゃん。せっかく相談に乗ってあげたんだから、最後まで付き合わせてよ。私もプレゼント選び手伝ってあげるからさ」
「……まあ私は別にいいけど。綾姉がいてくれた方がプレゼント選びも捗りそうだし」
麗奈は綾音が一緒なら相談もできるから、悪い話ではないと思い直した。なので麗奈は綾音の同行を許すことにした。
「それで? 何を買うのか見当をついてるの? エリカちゃんは猫が好きみたいだし、やっぱり買うのは猫をモチーフにしたもの?」
「うん、そのつもり。できれば早乙女さんが喜んでくれるものがいいから、日用品とかにしようかと思ってる」
「へえ、悪くないんじゃない? エリカちゃんって中学生なのに妙に主婦力高いから、そういう実用性のあるものとか喜びそう」
「だよね。綾姉もやっぱりそう思うでしょ?」
綾音も同意見だったことで、麗奈は少し気分を良くする。
「このショッピングモールは色々なお店があるし、きっと早乙女さんが気に入ってくれるようなものもあるよね」
期待を胸に、麗奈はプレゼント探しを開始した。
ショッピングモールは広かったため、猫をモチーフにした日用品に絞ったとしても色々と店を回る必要があった。
いいものが見つかるのかと実は内心少しだけ不安だった麗奈だが、その不安は杞憂に終わる。
猫柄のスリッパ、猫型の水筒、猫のプリントがされたエプロンやシャツなどなど。探してみると猫をモチーフにした商品というのは色々あった。
ただそれはそれで候補が多すぎて、逆に麗奈は選ぶのに困ってしまった。こういう時こそ同行者の綾音を頼るところなのだが……。
「見て見て麗奈、この猫のブレスレット可愛くない? 買っちゃおうかなあ」
綾音は早々に麗奈のプレゼント選びに飽きて、自分の買い物をしていた。今は店の商品の一つであるブレスレットを手に取り、ハシャいでいる。
「もう、綾姉何してるの? プレゼント選び、手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「あはは、ごめんごめん。私が悪かったから許してよ。今度はちゃんと手伝うからさ」
綾音はブレスレットを売り場に戻して、両手を合わせてむくれる麗奈に謝罪する。
「けど、もうお店は一通り回っちゃったでしょ? ならあとは見て回ったお店の中で、気になった商品を選ぶだけじゃないの?」
「その選ぶのが難しいんだよ」
こうも候補が多いと、逆に迷ってしまう。まあ候補が少ないよりは贅沢な悩みではあるが。
「悩むのもいいけど、あんまり考えすぎるのも良くないよ? エリカちゃんなら、麗奈がくれたものなら嫌がったりはしないだろうし、もっと気楽にいこうよ」
「それはそうだけど……」
真面目なエリカの性格を考えれば、何をもらったとしても嫌な顔はしないはずだ。それは綾音に言われずとも、麗奈もよく分かっている。
けれどどうせ贈るなら、心の底から喜んでほしいと思うのが人情だ。だからこそ、麗奈は大いに悩んでいる。
「それにこういうので一番大事なのは、やっぱり気持ちでしょ? 麗奈はエリカちゃんのことを想いながら選んでるんだし、ちゃんと気持ちは伝わるよ」
「そうかな……?」
「そうだよ。実際、私も前に恋人からプレゼントもらった時、凄く嬉しかったよ。プレゼントは私の好みを考えて選んでくれたものだったからもちろん嬉しかったけど、それ以上にくれたこと自体が嬉しかった」
喜びを噛み締めるようにして語る綾音。表情から、本当に嬉しかったであろうことがよく分かる。
ただ今の麗奈は、そんな綾音の変化よりも気になることがあった。
「え、綾姉恋人いたの?」
麗奈は綾音の恋人発言に食い付いた。麗奈に恋愛経験はないが、それでも年頃の女の子であることに変わりはない。他人の恋バナには、それなりの関心がある。
「うん、一応ね。ちょっと前に別れちゃったけど」
「そ、そうなんだ……」
あっさりと答えてみせた綾音に、麗奈は少しだけ戸惑う。
同時に昔からの仲である従姉が、急に遠くへ行ってしまったような物悲しさを覚えた。彼氏どころか初恋すらまだな麗奈には、完全に未知の世界だ。
「まあとにかく、私が言いたいのは何を贈るか悩むのもいいけど一番重要なのは気持ちってことだよ。麗奈が一生懸命考えて選んでくれたなら、きっとエリカちゃんは凄く喜んでくれるよ」
「綾姉……ありがとう」
麗奈の感謝の言葉に、綾音はクスリと笑みを溢す。
「どういたしまして。それじゃあ今度は私もちゃんと手伝ってあげるから、エリカちゃんが喜ぶプレゼント探そっか」
「うん」
それからは二人は一度回った店をもう一度巡り、エリカへ贈るプレゼントを探した。そして、
「これ、いいかも……綾姉はどう思う?」
「いいんじゃない? 猫がモチーフで日用品だし、これならエリカちゃんももらって喜ぶんじゃない?」
「だよね! じゃあ私、これの会計済ませてくるね」
綾音も同意見だったので麗奈は購入を決め、会計のためにレジへ向かうのだった。
――綾音と買い物に行った日の夜。麗奈はいつも通りエリカと二人で夕食を食べていた。
ちなみに、綾音は今日は夕食を食べにお邪魔してない。二人きりになれるよう、麗奈に気を遣ってくれたのかもしれない。
さて、綾音がそんな配慮をしてくれたのだが、麗奈は未だにエリカにプレゼントを渡せていなかった。
いざ渡そうとするとなぜか気恥ずかしさが出てきて、今はどのタイミングでプレゼントを渡すべきか探っている最中だ。
「――ところで、今日はどこに行っていたんですか? 琴浦さんも一緒だったようですけど」
「…………!」
ふと食事の手を止めたエリカが、そんなことを訊ねてきた。
「ええと……ちょ、ちょっと買い物に付き合ってもらったんだ」
「そうですか、二人だけで買い物ですか。……お二人は仲がいいんですね」
「うん、まあ従姉だしね」
嘘は吐いていないが、具体的なことは何も言えていない。その事実に、少しの罪悪感を覚える。
エリカは麗奈の胸中など知ることはなく、麗奈の答えに満足したのか食事を再開する。心なしか先程までより少し機嫌が悪そうだが、麗奈はプレゼントのことで頭がいっぱいでそちらに意識を割く余裕はない。
そこからは二人は特に何も話すことなく、食事は進んでいった。
そして丁度二人共食べ終えたタイミングで、麗奈は意を決して口を開く。
「あ、あの、早乙女さん。渡したいものがあるんだけど、今いいかな?」
「私は別に構いませんが……渡したいものですか?」
エリカは渡される心当たりがないからか、渡したいものがある言われても喜ぶよりも、不思議そうに首を傾げていた。
「これなんだけど……」
いつでも渡せるよう隣に準備しておいたプレゼントの箱を、エリカの眼前まで持ってくる。
麗奈の手にあるのは、四方二十センチほどの正方形の箱だ。花柄の紙の包装がしてあり、とても可愛らしく見える。
せっかくプレゼントするのだからということで、麗奈が店員に頼んでプレゼント用の包装にしてもらったのだ。
エリカは箱を受け取ると、しばらくジっと興味深げに箱を見つめる。やがて顔を上げると、
「開けてみてもいいですか?」
「うん、もちろんだよ。それは早乙女さんのものなんだから、早乙女さんの好きにしていいよ」
麗奈がそう言うと、エリカは包装紙を丁寧な手付きで破き始めた。
麗奈はそんなエリカの様子を緊張の面持ちで眺めていた。
喜んでくれるだろうか、それともガッカリするのか。どんな反応をするのか想像するだけで、ドキドキが止まらない。
エリカが気に入ってくれるはずだと確信を持って購入したわけだが、いざエリカの手に渡ると緊張してしまう。
麗奈が見守る中、エリカは包装紙を剥き終えて箱本体が姿を現す。
箱を開けると、中には箱いっぱいに敷き詰められた緩衝材と、色違いの二つのマグカップが入っていた。マグカップには、エリカが好きだと言っていた可愛らしい猫の絵がプリントされている。
「これは……」
軽く目を見開き、エリカはマグカップを見下ろす。次いで、顔を上げて麗奈の方を見た。
「……もしかして、今日琴浦さんと買い物に行ったのはこれを買うためだったんですか?」
「うん、綾姉にも手伝ってもらったんだ」
「数日前に好きなものを聞いたのも?」
「うん、早乙女さんに何を贈ればいいのか分からなかったから、参考にね。……それで、気に入ってもらえたかな?」
麗奈は恐る恐る感想を伺う。
けれどエリカは答えることなく、逆に麗奈に問いかける。
「どうして私に贈りものをしたんですか? 私、こんなものをいただけるようなことをした覚えはありません」
「そんなことはないよ。私、早乙女さんにはいつもお世話になってるもん。私の今の生活があるのは、早乙女さんのおかげ」
同居を始めてから、まだたったの一ヶ月程度。だがそんな短い期間でも、エリカの世話になった回数は数え切れないほど存在する。
渡したプレゼントには、麗奈の精一杯の感謝の気持ちが詰まっている。だから受け取ってくれれば、麗奈はそれだけで良かった。
「だからそのマグカップは、日頃の感謝の気持ちなんだ。……早乙女さん、受け取ってもらえる?」
「……そういうことなら、ありがたく受け取らせていただきます。相川さん、ありがとうございます。このマグカップは、大事に使わせていただきますね」
そう言ってエリカは、柔らかい笑みを浮かべた。その表情だけで、渡したプレゼントに満足しているのだということは、十分に察せられた。
エリカのこの表情だけで、麗奈は報われた気持ちになれた。渡して良かったと思えた。
「ところで、この箱の中にはよく似たマグカップが二つ入っていますが、もしかして片方は相川さんのものですか?」
「うん。二人で一緒に暮らしてるわけだし、せっかくだから何かお揃いのものがいいかなって思って……ダメかな?」
色違いという点以外は、全く同じマグカップ。これは所謂ペアルックというやつだ。人によっては嫌かもしれないが、果たしてエリカはどうなのか。
「いいえ、そんなことはありません。ペアルックというのは初めてですが、いいと思います。どちらも可愛いマグカップですね」
「そ、そっか。なら良かった」
エリカの高評価に、ほっと安堵の息を吐く麗奈。
エリカはマグカップの入った箱を手にしたまま、スっと立ち上がる。
「ではせっかくいただいたプレゼントですし、早速使わせてもらいましょうか。相川さん、緑茶と紅茶がありますが、食後のお茶はどちらがいいですか?」
「ええと、それじゃあ……緑茶で」
「分かりました、緑茶ですね。少し待っていてください」
麗奈の言葉を受け、エリカは普段より少しだけご機嫌な様子で台所に向かった。
――この日飲んだ緑茶がいつもより美味しく感じられたのは、きっと麗奈の気のせいではないはずだ。
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