アルバイト
麗奈がエリカと同居生活を始めて、一週間と少し経過した。
一週間もすればエリカとの同居生活にもすっかり慣れて、エリカとも良好な関係を築けている。エリカはとても気が利く娘で、一緒にいても苦になることはない。
むしろ麗奈は、自分なんかと同棲なんてエリカは迷惑なんじゃないかと不安になっている。
この一週間ほどでエリカの人となりはそれなりに把握しているので、麗奈との生活に嫌気が差して同棲の件をなかったことにして捨てられるということはないだろうが、それでも不安なものは不安だ。
家事の手伝いを頑張ってはいるが、それもエリカに比べれば微々たるもの。麗奈は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ただまあ、不安なんかもあったりはするが、同棲生活は概ね順調だ。これなら両親と連絡がつくまでの間、生活していける。
さて、そんな麗奈は現在、学校からの帰路の途中にあるスーパーに来ていた。
時刻は日が沈み始めた頃なので、スーパー内にはかなりの数の人がいて、レジも混雑している。大半が主婦なので、制服姿の麗奈は結構目立つ。
なぜ麗奈がこんなところにいるのかというと、それはエリカに買い物を頼まれていたからだ。
普段食品の買い出しはエリカが行っている。麗奈は料理ができないので、買い出しは料理担当のエリカが適任だ。
ただ今日のエリカは外せない用事があるらしく、買い物をする余裕がないらしい。そこでエリカは麗奈に買い物を頼んだ。
エリカは申し訳なさそうに頼んできたが、普段頼ってばかりだった麗奈は、頼られるのが嬉しかったので快諾した。
エリカに始めて頼られたことで意気込む麗奈だったが、一つ問題があった。実は麗奈は買い物が苦手なのだ。
買い物なんて、別に難しいものじゃない。誰もがそう思うことだろう。実際、簡単なおつかいだけなら麗奈の半分くらいの年齢の子供でもこなせる。
エリカはメモ紙を持たせてくれたし、メモ紙には品目と必要な数が細かく記載されている。買うものを間違えることはない。
ならば何がダメなのかと問われれば、買うものの産地などの細かい違いだ。
例えば、豚肉百グラムが必要だったとしよう。豚肉と一口に言っても国産か外国産かどうかや、何の料理に使うのか。それによって必要なものが違ってくる。
エリカのように料理ができる人間なら、用途によって何を買うのか見極められるが、料理をしない麗奈には無理だ。
どうしたものかと散々悩んだ末、結局麗奈は金額が安いものを買うことにした。
「バイトがしたい……ですか?」
「うん」
エリカに頼まれた買い物を終えてアパートに戻った麗奈は、短く頷いてみせた。
「今日早乙女さんに頼まれてスーパーに買い物に行った時なんだけど、そこのスーパーでアルバイト募集の貼り紙を見つけてさ。採用されるかどうかは分からないけど、受けてみたいなあって思って……」
麗奈がアルバイトをしたいのには、理由がある。それは単純なもので、お金必要だからだ。
といっても、食費はエリカが出してくれているから問題ない。その他の生活費――主に家賃も、エリカとの同棲期間中は支払わなくていい約束をしているから大丈夫だ。
ただ、女の子という生き物はそういった生活費を抜いたとしても、色々と入り用なのだ。だから麗奈は自分で自由に使えるお金がほしかった。
他にも、半年に一度の頻度で学費の支払いもある。まだ大分先の話ではあるが、それまでに両親と連絡がつかなかった時のことを考えて、蓄えは用意しておきたい。
それに年下の女の子に世話になりっぱなしというのも、決まりが悪い。
とはいえ、今の麗奈はエリカの世話になっている身。エリカが首を縦に振らなければ、アルバイトの件は諦めるしかない。
「いいですよ」
「え……いいの?」
どんな答えが返ってくるのかと身構えていた麗奈だが、驚くほどあっさりとエリカは了承してくれた。
「ええ、もちろんです。……というか、どうして私にそんな話をするんですか?」
「え、だって早乙女さんは同居人で色々とお世話になってるし、報告しておいた方がいいんじゃないかと思って……」
想定してないエリカの問いに、軽く動揺しつつも麗奈は答えた。
もしかして変なことを言って怒らせてしまったのではないかと不安が脳裏をよぎったが、エリカはそんなことで怒る人間ではないと思い直す。
「確かに同居人として、何かあった時などは報告するべきでしょう」
エリカは麗奈の発言に一定の理解を示す。
「ですが、私は相川さんの保護者ではありません。あくまで同居人です。なので、いちいち私にお伺いを立てる必要はありませんよ?」
「でも、アルバイトを始めたら早乙女さんの家事の手伝いができなくなっちゃうし……」
同棲と言いつつも、実際のところはエリカに養われている状態だ。家事を手伝うぐらいしかエリカのためにできることがないのに、アルバイトを始めればその時間が減ることになる。
麗奈はそのことをかなり気にしていた。
しかしそんな麗奈の気持ちとは裏腹に、エリカは目を丸くしたかと思えば、どこか呆れた様子で口を開いた。
「……そんなことを気にしてたんですか?」
「そ、そんなこと?」
エリカの呆れ混じりの物言い。予想だにしない反応に、麗奈は動揺する。
「先程も言いましたが、私はあくまで同居人です。相川さんに、何かを強要できるような立場ではありません」
先程同様、エリカは自分と麗奈の関係が同居人であることを強調した。
「それに私は、相川さんの自由を奪って束縛したいわけではありません。ですから、お手伝いのことは気にしなくて構いません。相川さんは自分のしたいことをしてください」
淡々とした物言いではあったが、言動の端々に麗奈に対する配慮が感じられた。
「早乙女さん……ありがとう。私、頑張るよ」
だから麗奈は短く謝意を伝えた。
エリカが自分の意志を尊重してくれたことで、麗奈はやる気に満ちるのだった。
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