第30話 決勝前
日曜日 朝五時
「寒いっ!!」
ソファーで寝ていた貴俊は寒さで目が覚めた。
「……へぶし!」
くしゃみをすると隣の部屋からうーんと声が聞こえてきた。
「…まだ寝てるのか」
スマホで時間を確認した。
「五時…、まぁそりゃそうか」
大きめの独り言の後に起き上がりトイレに向かう。
もうすっかり目が覚めてしまっていた。
ソファーに戻った後、貴俊は少し困った。
「家主が目覚めないと何も出来ないな、水飲みたいけどコップ使っていいのかな…。へぶし!!」
またくしゃみをした。
その数秒後、寝室の扉がゆっくりと開いた。
「…うるさいなぁ、何そのくしゃみ。ふぁ…あふぅ」
綾は髪をわしゃわしゃとかきながらあくびをしていた。
「いや、寒くて」
「寒い?……寒っ!!」
「今!?」
「私と一緒にベッドで寝れば良かったのに、風邪引いたらどうすんの?風邪で仕事休むとか許さないけど?」
「え?………う、うん大丈夫。へぶし!!」
「ちょっと!」
「大丈夫大丈夫」
「ほんとでしょうね」
「ほんとほんと」
「…ったく、とりあえず」
綾は寝室に戻り体温計を持ってきた。
「計りなさい」
「いや大丈夫だって」
「へぇー、もし風邪引いててそれを私にうつしても大丈夫って事?」
「……そんな事は思ってないから計っておく」
「初めから言うとおりにしなさい!」
綾は体温計を投げつけた。
体温計の音が鳴ったので取り出して見てみる。
「……大丈夫、平熱」
「じゃあ?」
「ん?」
「おはようの?」
「…キスして?」
「もう!仕方無いなぁ!!」
二時間後
「綾…、ちょっと触ったでしょ。エッチ」
「だからそういうのは私のセリフだっつの!!」
「それじゃ帰るね」
「は?」
「いや、帰る……」
「帰らせないけど?」
「グラスさん対応を考えさせてよ」
「……まぁ確かにあんたが決勝来ないと意味無いし」
「でしょ?」
「でも私が当たる可能性もあるのよね」
「それは無いよ」
「なんで?」
「昨日の結果見た?」
「ううん」
「決勝リーグは一位八位、ニ位七位って対戦を組まれるんだ。そして昨日の戦績、僕は四位グラスさんは五位。そして綾とは反対側のリーグ」
「…ごめん、ちょっとよくわかんない」
「紙とペンある?」
「ちょっと待って、……はい」
貴俊は渡された紙をテーブルに置き、相対型のトーナメント表を書き始めた。
「まず一位八位がここ、そして二位七位がこっち」
左上に一と八を書き、その反対側にニと七を書いた。
「じゃあ私は八位に勝ったら三位か六位のどちらかと闘うのね?」
「そういうこと。今までの一位と二位が決勝に進むのに有利な組み合わせになってるんだよ」
貴俊はそう言いながら右下にオニオン、グラスと書き、紙の真ん中に決勝と書いた。
「じゃあ私がさっちゃんと闘う可能性は無いのね」
「うん、だから僕は帰るよ」
「は?」
「…え?ふりだしに戻る?」
「考えてみればあんたが決勝来なければ私の不戦勝で結婚じゃない」
「綾のプライドがそれを許すならいいよ、直接僕を倒さずに結婚して本当に僕を支配したと言えるのかな?」
「…え?支配されたいの?」
ニヤけている綾に貴俊は言い訳した。
「ごめん、今のは例え……」
「そうかそうか、私に何もかも支配されたいのか、貴様は」
「……立場が魔王ぐらいになったね」
「でも嬉しいんだろ?んん?」
綾は貴俊の顎を三本指で掴み上げ、微笑んでいた。
「綾…」
貴俊は低い声で呼びかけた。
「ん?…な、何?…っ!んんぅ」
数秒後
「力いっぱい叩くのやめてよ」
貴俊は頭を擦っている。
「二度と主導権握ろうとするなって言ったよな?」
「綾は僕の低い声に戸惑うのがわかった」
「…だから何!?」
「綾…」
貴俊は低い声で呼んでみた。
「は?」
しかし効果は無かった。
「あれ?」
「まだよくわかってないようね。……っていうか帰るのは昼ごはん食べてからでいいじゃない」
「…お昼ご飯の前に僕が食べられ」
「本当に食べてやろうか!?」
「お昼まで時間あるから綾とイチャイチャしたいな」
「…もう、仕方ないなぁ。じゃあソファーいこ?」
「うん…」
綾は貴俊の腕を強い力で引っ張りソファーへ向かった。
レストラン
二人は昼ごはんを食べに来ていた。
「朝ごはん食べてないからお腹空いたねぇ」
「僕は綾にいっぱい食べられたけど」
「あ?」
「何でもない…。僕はこのハンバーグにするよ」
「決めるの早っ!」
「綾は?」
「ちょっと待って、えーっと…。このパスタ!…いや、カレー。いや、うーん」
綾のその姿を貴俊は微笑みながら見ていた。
綾はそれに気付いた。
「…何よ」
「可愛いなぁって」
「ちょ…、はぁ?何それ!?」
「で?何食べる?」
「……ちょっと待った」
綾は言い方が気になった。
「ん?」
「なんか今の言い方、あんたがお金払うって言い方ね」
「払うけど?」
「払わせないけど?」
「何で!?」
「彼氏が払うとか昭和かよ!」
「いいじゃん、カッコつけさせてよ」
「金払うのがカッコいいと思うなよ?」
「……難しくない?」
「私の事をよく理解してたら?」
「…このハンバーグ食べていい?」
「いいよ」
「いやぁ、ちょっとそれはなぁ…」
「文句あるの?」
「ここは綾が?」
「割り勘」
「あっ、そっち?」
「私が払うと思ってたか?」
「思った。前にも言われたし」
「まぁその事は結婚してからでいいじゃん」
「そうだね」
貴俊はハンバーグ、綾は豚の生姜焼きを食べることにした。
「美味しかったぁ」
「うん、美味しかった」
「あんた、トイレは?」
「…払うつもりだね?」
「な、何言ってんの?」
「綾こそトイレは?」
「あ?ケンカ売ってんのか?」
「そうなるの?」
「はぁ…、まぁいいわ。ごちそうさま」
綾は伝票を貴俊に差し出した。
「え?」
「え?あんたが払うんじゃないの?尊重してあげたんだけど?」
「う、うん。ありがとう…」
「ん?じゃあいいわよ、私が払うわよ」
「待った。払わせてよ」
「……カッコつけたいの?」
「つけたい」
「仕事でカッコつけてほしいんだけど?」
「明日ね」
「言ったな?」
貴俊が支払い、二人は店を出た。
「じゃあバイバイ」
そして綾はその場で手を振った。
「ビックリした、なんでそんなあっさりしてんの?」
「あんたが私から離れたがってるから自由にしてあげる」
「……なんで別れるみたいなドラマの言い方なの?」
「私と別れたくない?」
「何を企んでるの?」
「今日、負けてく…」
「勝つよ」
「食い気味に言いやがって」
「あっ、今からうち来る?」
「今日決勝あるから無理」
「………」
「………」
二人は黙った。
「もうフージンなんだね?」
「そうね、私達はこうやってメリハリつけた方がいいかもね」
二人はお互いに付き合い方のルールを一つ作った。
「わかった。じゃあ今日は絶対勝つから」
「ふん!言ってろカスが」
「…いや、今のは傷つくんだけど」
「じゃあね!さっちゃんに負けないように」
「そっちこそ、……いや心配ないか」
「しろよ!!」
数秒の沈黙の後
「…プッ、アハハハ」
「ハハハハハ」
二人は笑いあった。
「じゃあね」
綾は手を降る。
「うん、それじゃあ」
貴俊もそれに応える。
二人はその場で別れた、お互いに決勝で闘うことを信じながら。
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