第12話 祝勝会

錦糸町


JR駅の改札前で待ち合わせをした二人。

先に着いていたのは徒歩圏内の綾だった。


「…あいつ、北千住ってことは半蔵門線よね?ここじゃない方が会いやすかったんじゃないかしら?」


待つこと数分


「速水さん!」

駅内コンビニの方から自分を呼ぶ声がする方向を見ると貴俊が走ってきていた。


「………」

待たされた事に対する不満を綾は無言で表現しながら貴俊を迎えた。


「お待たせしました!」

「…遅い!」

「すみません!」

「一体何をしていたの?こんなに待たせ…」

綾の視界に突然花束が現れた。


それはそこらで売っているものではなく、花屋でわざわざ作ってもらった花束だとすぐにわかるものだった。


「…こ、これは?」

「プレゼントです」

「これを買ってたから遅くなったの?」

「………あっ、はい、そうです」

そうじゃないがとりあえずそういうことにしてみた。


「…どうやら違うみたいね?」

「すみません、昼間のうちに買ってました。単純に電車が思うように来ませんでした」

「調べ…!……ん、いいわ。嬉しい!!ありがとう!」

「はい!」

綾の笑顔を見た貴俊も笑顔で返事をした。


「…で?」

「え?」

「これを私にずっと持ってろと?」

綾は花束をどう持っていようか悩んでいる。


「えっ、えーっと。……僕が持ってます」

手を出した貴俊に綾は花束を渡した。


「私の家まで持ってきてね?」

「あっ、はい」

「(なんかわかんないけど連れ込む口実ゲット!)」

そう思った綾は悪い顔をした。


「…何か企んでます?」

「な、何が!?」

真顔に戻った。


「いや、なんか…」

「そ!それより店はどこなの?」

「あっ、あっちです」

貴俊は魚屋と歩道橋がある方角を指差した。


「じゃあ行きましょう」

「はい」



四つ目通りにある寿司屋に二人は入った。


席に座った二人は綾から話し始めた。

「えー、チェーン店…」

「いや、あの…。えっと…」

「ウソよ、この時間から入れる店は限られてるのは知ってるから」

「ありがとうございます」


二人は一通り注文をした。

ひとまずビールが出てきたので

「はい!乾杯しよ!」

「はい!」

「それじゃ……。優勝!!イェーイ!!」

「イ…、イェーイ…」

「ノリ悪っ!!」

「すみません…」

そう謝る貴俊を見て、綾は率直な疑問をぶつけてみる事にした。


「……ねぇあんた、私のどこが好きなの?」

「顔です」

「ド直球ね!!」

「可愛くも美しくもある」

「あ、ありがと…」

「それでいて」

「ま!待った!」

「え?」

「それ以上は二人きりの時に言って?」

綾は恥ずかしくなり、周りのテーブルを見た。


「あっ、はい」

貴俊もそれを察し、話すのを止めた、


「じゃあ、私がこれ以上老けたら好きじゃなくなる?」

「いえ、好きなのはそこだけじゃないですから。今そこを話そうとしてました」

「じゃあそれは後でね」

「は、はい。…あのー」


貴俊は聞きづらそうにしていたが、同じようにそれを察した綾が話し始めた。

「…私もあなたの顔が好き。カッコいい」

「…ありがとうございます」


「あとは前に言ったよね?」

「はい」

「言ってみて?」

「自分でですか!?」

「…今言わないならこの後ベッドで言って?」

「……順序があるって言いましたよね?」


「やっぱりねぇ…」

「何がですか?」

「私があんたを好きなところはそこ。今の言葉に乗ってきたら帰ってたわ」

「あぁ、試されてたわけですね…」

貴俊はそう言いながら下を向き、険しい表情になった。


「…ごめん、怒った?」

「え?いえ?」

「え?じゃあ今の感じは何?」

「次は何が来るだろうかと…」

「…安心して、もう無いから」

「合格ですか?」

「…何によ?」

「速水さんの夫になれる試験」

「すでに合格してるわよ!」

「え?」


「い、いいから!飲みましょ」

「はい」

貴俊はビールを一気に飲み干した。


「え?ちょ!?大丈夫なの?」

「…え?大丈夫ですよ?学生時代飲みまくってたら強くなりました」

「あんた、そっち側なの?」

「そっちとは?」

「パリピ」

「いやいや、そうは見えないですよね?」


「…そう見ようと思えば見える。あんた顔は良いから」

「ありがとうございます」

「…受け入れるの腹立つなぁ」


「速水さんが好きだって言ってる顔の事で謙遜したらそれはそれで嫌ですよね?」

「…正論、腹立つなぁ」


「わかってます」

「何が?」

「腹立つって言ってるときは好意の時ですよね?」

「調子に乗んなよ?」


「本当に怒ってる時は殺すぞとかぶん殴るぞとかクビにすんぞとか言いますよね」


貴俊からの言葉に綾は顔が少し引きつり

「……そ、そんなこと言ったっけ?覚えてないなぁ」

斜め上を向き、口を尖らせている。


「思い返せば入社二日目…」

「思い返さなくていい!!なんで覚えてんのよ!?」

「やられた方は覚えてるんですよ」

目を瞑り頷いている貴俊に綾は一番気になっていたことを聞くことにした。


「…ねぇ、なんで私の事好きなの?」

「一目惚れです」

「それだけで私のパワハラ耐えてたの?」

「パワハラって自覚はあるんですね……」

貴俊は苦笑いをした。


「一度通報されてるからね」

「通報?」

「あれ?知らない?コンプライアンス推進係って」

「…あぁ、そういえば聞いたことありますね。昼休みからデスクに戻ったらその資料が置かれてた事があります」


そう言いながら貴俊はしれっとビールのおかわりを頼んだ。


「そんなことあったの?どこの部署の誰がそれなのかわからないってやつ、わかってるのはそこの係長だけ」

「そこの人に見られてたって事ですか?何の理由も無く僕にビンタしてる所とか髪の毛をライターで燃やしてる所とか」

「したことないね!!いくら私でもそこまではしないね!!!」


「…捏造できると思ったのに」

「するな!!あと私の分のビールも頼みなさいよ!っていうかどうしますか?とか聞きなさいよ!」


その会話をしてる最中にビールが運ばれて来たので、綾は自分のも頼んだ。


「速水さん、酒飲みすぎるとあれなんで…」

「あれって何よ?」

「可愛くなるんで」


「バ!…なっ!バカ!」

突然の言葉に綾は語彙力を失った。


「忘年会の時、めっちゃ可愛かったですよ」

「普段は可愛くないって言ってんだな?」

「普段はクールビューティー」

「………」

「静かなる美」

「うるさいよ!日本語に直すな」

「意味があってるかわかりませんが…」


「……ありがと」

「え?」

「ありがと」

「え?」

「殴るぞ!!」

「ごめんなさい…」

「…ったく!」


頼んだ食事が運ばれてきたので二人は食べ始めた。


綾は優勝と貴俊との二人きりの食事で舞い上がりつつも、貴俊に飲ませつつ、酒に弱いことを自覚している綾はセーブしながら飲んだ。



「で?いつ言うの?」

「何がですか?」

「私の事が好きって。まだ直接ちゃんと言ってもらってないと思うんだけどな」

「もちろんここでは言いませんよ?」

「じゃあ私の部屋でね」

「いや、順序が…」

「何を言ってるの?その花束を持ってくるんでしょ?」

「…あっ、そうだった」


「っていうかあんたさ、私があんたを家に連れ込んで襲う女だと思ってる?」

「………いえ」

「思ってたな?」

「縛られて監禁されるのかなって」

「おい!本当にやってやるぞ?」

「ごめんなさい」



二人はその後もいくらかの食事をしたあと店を出ようとした。


「じゃあ出ましょうか」

貴俊は伝票を手にして立ち上がろうとした。


「…ちょっと!?なんで伝票持ってんの?」

「え?払うからですよ?」

「ここは私が払うから!」

「いや、いいですって」

「前もあなたが払ったじゃない」

「それは僕が負けたからじゃないですか」

「じゃあ今日は?」


貴俊は少し考えて

「…記念日」

「何の?」

「交際を始めた…」

「………あっ、そっか、私さっきボイチャで言われてたんだっけ」


「え?もう…忘れて…?」

貴俊は目を見開いた。


「面と向かって言われてないから」

「…面と向かってこれから言う記念日」

「どういう記念日だよ!はぁ、わかったわ…、あんたが払うのね?」

「はい」

「わかった、ご馳走さま」

「どういたしまして」

会計に向かう途中、綾は貴俊の背中を強めに叩いた。


背中を擦りながら貴俊は会計を済ませ、二人は店を出る。



「ねぇ、記念日だとかそういうならこれからは私の事は綾って呼びなさい?」

「…綾」

貴俊は少し言いづらそうに綾の名前を呼んだ。


「そう」

「僕の事は?」

「あんた」

「…腑に落ちない」


「文句あるならてめぇって呼ぶ」

「腑に落ちてます」

「たまにあなたって呼んであげるよ」

「どういう時?」

「あんたの両親と会うとき」

「限定的過ぎないですか?」


綾は先程からの貴俊の言葉遣いが気になった。


「…あんた、タメ口か敬語かハッキリしなさい」

「綾はどっちがいいですか?」

「いや、その呼び方ならタメ口でしょ。会社で言ったらぶん殴るけど」

「気を付けます」


綾は人差し指で貴俊の頬をグイッと押す。

「敬語になってる!」

「気を付ける」

「よし!じゃあ私ん家に行くよ!」

「ついに…」

「…なに?」

「部屋、綺麗ですか?」

「……」

綾は無言で貴俊の頭を叩いた。


「痛い!」

「何で叩かれたかわかる?」

「綺麗か疑ったこと?」

「それと?」

「それと!?え?」

「今、敬語だった!!」

綾はぷくっと膨れている。


「……え?そこ?」

「大事よ?」

「気を付けま…る」

「…今のは許そう」

「助かった…」


「あっ、スーパー行っていい?」

「はい、あ!うん、いいよ」

「次、敬語使ったらボディーブローね」

「ボディーブロー!?」

「私のプレイスタイル忘れた?」

「格闘……」

スタスタ歩く綾の後ろを恐る恐る貴俊は付いていった。

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