第10話 決勝、そして
日曜日 昼
「すみません、今日の夜の予約をしたいのですが空いてますか?」
貴俊は今夜、綾と会うためのお店を探していた。
「…そうですよね、すみません。あぁ!いえいえ。……またダメか」
しかしどこの店も予約が取れなかった。
「あぁ、どうしよ……」
貴俊は額に手を当てながら肘をテーブルについた。
「速水さん、肉が好きそうだからその店を探してるんだけどなぁ」
貴俊の中で綾は肉好きに違いないと感じていた。
「時間的に十時だよなぁ、…ん?ギリギリか?十一時で探した方がいいのかな?って帰れなくね?」
大きな独り言が部屋に響いている。
「…とりあえず出掛けるか、時間はまだあるし」
綾の自宅
「さてさて、あいつはどういう店に誘ってくるのかしらね」
パックの豆乳をストローで飲みながら今夜着ていく服を選んでいた。
「あれよね?時間的にお泊まりが有り得るわよね?三連休なんだし」
タンスの二段目を開けた。
「やっぱり主導権握るためには派手なのがいいわよね……」
いくつか下着を確認したが
「…いや、あいつ変なところ真面目っぽいからなぁ。今は出来ません!とか、順序があります!とか言ってきそう」
綾はクスッと笑ってタンスを閉めた。
しかし、そのまま笑いながら
「まぁでも、うちに連れ込んじゃえばいいんだけどね」
と悪い顔をした。
夕方 六時
オニオンは早めにログインし、アイテムやスキルの確認をしていた。
「勝たないと先に進めないからな、リアルもゲームも。…ん?これって、もしかしたら使うかもな」
一つのスキルを確認したオニオンはそれを装備した。
そのすぐ後にマップにギルドメンバーのマークが現れた。
「あれ?速水さん入ったのかな?」
「よし!決勝は気合い入れなきゃね!…ってオニオンいるし!」
フージンはオニオンがいるところに向かった。
「オニオン!早くない?」
すぐにボイスチャットで話し掛ける。
「アイテムとスキルの確認をしてました」
「偉い!それ大事よ?…仕事でもそれが出来ればねぇ」
「いつもご迷惑をおかけしてます……」
「いいわよ、その分こっちで働いてもらうから」
「…ぐっ!」
「な、何!?どうしたの?」
「胃が痛くて…」
「え?私のせい?」
「いえ、僕が弱いだけです」
「そうね」
「…否定してもらいたかったんですけど」
「あんたが想いを伝えてくれたら考えるわ」
「明日…、明日には」
「はいはい、待ってるわよ」
「あっ、そうだ。フージンさんって肉好きですよね?」
「…あ?」
「え?」
「肉食系女上司だと言いたいのか?」
「違います。今日のお店です」
「あぁ、それね」
「何だと思ったんですか…」
「後輩男子を狙う女だと思われたのか?って」
「それはそれで正解では?」
「……確かに。で?今日は泊まりでしょ?」
「オールですか?」
「…お前マジか?」
「え?」
「もういい!」
急に不機嫌になった綾の態度に貴俊は少し考えてから察した。
「……あぁ!いやいや、そこは順序ってものがあるじゃないですか!」
「やっぱり…」
「え?」
「そう言ってくると思ってた」
綾はキャハハハと笑った。
「すみません」
「何で謝るの?そういう所が好きなのに」
「え?」
「あんたの不器用な真面目さが好きだって言ったの!!」
「…あ、ありがとうございます」
「で?」
「え?」
「今日の店は決めた?」
「………」
オニオンは何も答えなかった。
「決めてねぇな、この野郎!!」
そして職場と同じように怒られた。
「すみません!必ず!必ず決めるので!」
「期待してるからね?あぁ、肉にこだわらなくてもいいからね?」
「…あっ、はい」
「寿司じゃなくてもいいからね?寿司!じゃなくても…」
「…寿司が良いんですね?」
「んーん?別に?」
フージンはやんわりと寿司を希望した。
「…ちょっとログアウトしていいですか?」
「いいよ」
「じゃあ、また来ますので………」
オニオンは姿を消した。
「…まぁ、このぐらいのリードはしてもいいわよね?」
綾は微笑みながらヘッドセットを外し、呟いた。
「寿司!…寿司!」
貴俊は各グルメサイトで必死に店を探していた。
「……あっ!!錦糸町に二十四時間営業の寿司屋あった!!」
すぐに電話した。
「……はい、よろしくお願いします。ふぅー、……良かったぁ」
店を予約できた貴俊は椅子の背もたれに脱力の勢いのまま、もたれかかった。
「良かったぁ……」
そう言いながら両手で顔を覆った。
もう安堵しか感情がなかった。
夜八時半
「フージンさん!」
インしたオニオンはすぐに話しかける。
「おかえり。で?」
「イベント終わったら錦糸町で会いましょう!」
「見つけたのね、やるじゃない」
「もっと褒めてもいいんですよ?」
オニオンはくるくると回るモーションをしている。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ?先週のやらかしを列挙していってやろうか?」
「…申し訳ありませんでした」
「まあ、とにかく見つけてくれてありがとう」
「…はい!」
「で?勝てるのよね?」
「勝つんじゃなくて優勝します」
「一緒じゃない…」
「……気持ちの問題です」
「で?」
「え?」
「今夜はどうするの?絶対に帰れないでしょ?」
「…何とか帰ります」
「そんなに私と一晩過ごすの嫌?」
「嫌なわけないじゃないですか!むしろずっと一緒にいたいです!」
「そ、そう…」
「あっ、すみません…。引きましたよね」
「引いてはないけどビックリした。むっつりスケベって事ね?それとも一生一緒にってこと?」
「いや、むっつりはちょっと…。あっ、いや一緒にはいたいですけど」
「違うの?」
「ん、んーと…」
「ねぇ?聞いていい?答えたくなかったら答えなくていいから」
「それって答えない事は肯定してるって質問の仕方をする時の聞き方ですよね?」
突然、理知的な言動がオニオンから発せられた。
「…なんか腹立つ!あんた女性経験は?」
「………無いです」
「じゃあ、すんなりそう答えなさい!!」
「す、すみません…」
「じゃあ私が初めての女ってやつ、その通りじゃない!」
「いや、まだですけど…」
「私とはそんなつもりないってこと?」
「いや!そういうことでは」
「私で何回妄想した?」
「ノーコメントです」
「何回かしたって事ね」
「…しまった。答えないことが答えになるやつだった」
「…あんたって意外と人とのやり取りの事を意識してるのね、この質問はこういう意味とか」
「まぁ、それなりには」
「…なるほどね」
綾は貴俊に向いているかもしれない仕事を思いついた。
「フージンさん、今にやけてますね」
実際に右側の口角を上げていた綾は焦る。
「な!なんでわかるの?まさか、カメラ!」
「そんなことしません!っていうか家を知りません!」
「ハハハ!冗談よ。それよりも私の事わかってくれてて嬉しいわ」
「………あの、僕からも聞いていいですか?」
「断る!!」
その言葉はとても強かった。
「えぇー……」
「女はミステリアスじゃないと」
「すみません、ちょっとよく意味がわかりません」
「何がよ!?」
「ミステリアスな女性と結婚しても上手くいかない気がします」
「…わ、私はあなたが好き!!」
「いや、そういうことでは。いや、そういうことですけど、…あれ?」
「聞きたいことは違うって事でしょ?そんであんたが聞きたいことはわかってるわよ」
「え?」
「私にとってあんたは初めての男じゃない、でも最後の男と思いたい。…これでいい?」
「は、はい」
「あんたにとっても私は初めての女で最後の女。でしょ?」
「初めてかどうかは別にして」
「強がるな、意地張るな!」
「すみません、初めてです…。ん?初めてじゃないですよ!!」
「…え?」
「いや、僕たちまだ何も始まってませんよ?」
「あ、あー…、そういえばそうだったね」
綾は走りすぎていたことに気が付いた。
「僕の事、確定だと思って放っておくとどっか行っちゃいますよ?」
「それ私のセリフ!!あんたは黙って私の事を愛してなさい!」
「…続きは明日で」
「続きはウェブでみたいに言いやがって!……ップ、クス」
「…ハハハ」
その後二人は何故か大笑いした。
「…ねぇ、聞いていい?」
「はい」
「私と歳がいくつ違うか知ってる?」
「五歳ですよね?」
「…いいの?」
「え?」
「いや、私があんたに積極的になれなかった理由がそこだからさ」
「年齢で人を好きになったりしませんよ」
「…じゃあ私のどこが好きなの?」
「続きは明日で」
「続きはウェブでみたいに言いやがって」
「それ、気に入りました?」
「あんたがフッてきたからでしょ!?」
また大笑いした。
「あっ、もうこんな時間ですね」
「ん?あと三分じゃない!気合い入れなさいよ!?」
「はい!」
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