第8話 伝わってるんだけど?

土曜日 夜


綾の自宅


綾はしばらく立ちながら上を向き、両手を突き上げている状態でいた。


「あいつは私が好き。あいつは私が好き!!」

笑顔が止まらなかった。


「……へへー」

一瞬真顔になったがどうしても顔がにやついてしまっていた。


腕が痺れてきた頃にようやく腕を降ろし、パソコンデスクに座った。

「…でもいつまで待てばいいんだろう?」

今度は少し不安になった。


「このまま何も無く結局終わりって事ないわよね?……年下男子を立てつつ逃げられないようにするためには……」

綾の表情は鋭くなった。



貴俊の自宅


「俺、ダサくね?」

今日の綾との出来事に恥ずかしさと自分への腹立たしさを感じ、しかし自分の想いは伝わってるしで複雑な感情を持っていた。


「待っててくれませんか?って俺の中で何を満たしたら言っていいんだ?」

貴俊はその言葉を咄嗟に言ったことに後悔していた。


「あのタイミングで言えば良かったじゃん!これって何のプライドだよ!!俺のバカ!!」

髪の毛をグシャグシャとかきむしりながら、視界に入った時計を見て

「…やべっ、そろそろインしないと」

とパソコンの前に移動した。



イベント開始十分前にインしたオニオン。


「あれ?速水さんもういるな、早く行かないと!」

オニオンはすぐに移動した。


「はやみ…、フージンさん!こんばんわ。お待たせしてしまいましたか?」

「オニオンさん、ごきげんよう。私も今来たところですわ」

フージンはお辞儀した後にくるくる回っている。


「……どうかしました?」

「何かおかしなところでもございまして?」

「おかしなところしかありません」

綾が考えた年下男子を立てつつ逃げられないようにするための作戦はとんでもなくズレていた。


「……あんたは女心ってもんがわかってないね!」

ただの逆ギレだった。


「す!すみません!」

「せっかくあんたを繋ぎ止めるために清楚を演じたのに」

「僕が好きな速水さんは清楚じゃないから意味無いですよ」


「……どこからツッコもうか?今、普通に私の事を好きって言ったし…、それに私に清楚は似合わないだと!?」

貴俊のヘッドセットから聞こえる綾の声は音量が大きく割れていた。


「に、似合わないとは言ってないです!!」

「好きは否定しないのね…」


「好きですからね」

「…ん?いや、待ってろって言ってなかった?」

「はい、ちゃんとしっかりと伝えたいので」

「もう伝わってるんだけど……」

「………今日の作戦はどうしましょう?」


下手にごまかす貴俊の態度に綾は決着を早めにつけたいと思った。


「…ねぇ」

「はい」

「ごまかさなくても私は今、伝えてもらってもいいんだけど?」

「それはダメです」

「何でよ!」


「そこは男らしくさせてくださいよ」

「……わかったわよ」

「ありがとうございます」


「で?今日は昨日と同じ感じ?」

「そうですね、昨日よりは強いチームが相手でしょうけど、速水さんと僕なら勝てると思います」

「さっき言いかけてから言い直せたのに何で今フージンって呼ばない?」


「…ハーミンさん」

「誰だよ!」

「…気を付けます」

「気を付けろ?」

「はい」


「どさくさ紛れに綾って呼んでも許してやるぞ?」

「…綾、行くぞ!」

「おい、タメ口までは許してないからな?」

「すみません。…あっ、一ついいですか?」

「何?」

「今日香水つけてました?」

「なんで?」


「…すごく良い香りがしたので」

「あのさぁ、いつもつけてるんだけど?」

「え?でも今日はいつもと違いましたよ?」

「…そこ気付いてたの?」

「はい、今日の香りは好きです」

「そ、そう…。じゃあこれからはそうするわ」

「ありがとうございます」


「いつもと違うとか気付くんだ、あんた」

「それは気付きますよ」

「考えようによっては気持ち悪いけど」


「………今後言わない方が良いですか?」

「いや、言っていいよ。むしろ褒めろ、あんた今日言わなかったでしょ」

「言っていいのかどうかわからなくて…」

「言っていいのよ、私には」

「じゃあ今度からちゃんと言います」

「うん、言って」

「はい」


「…言って?」

「…えっと、何をですか?」

「他に褒めるところは?」

「そこも待ってもらってもいいですか?」


「…仕方ないな、待つよ」

「ありがとうございます」

「何となく、ありがとうございますは腹立つのよね」

「何がいいですか?」

「それはあんたが考えなさい」

「はい…」

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