第17話 バレるよ?

火曜日


貴俊は恐る恐る出社した。

連休中に色々あった後に結局ケンカした形になっていたからだ。


「昨日の夜も今朝も既読スルーしてるし、怒ってるよな……」

綾が求めることに応えなかった、その事を一人になってからすぐに反省した。


「俺のこの無駄なプライドって何なんだろう?」

そう呟きながらデスクに座る。


「へぇ、自覚あるんだ」

綾に後ろから突然言われたことに、いや、その声に異常なまでの反応を貴俊は示した。


「あや…、や。速水さん!おはようございます!」

勢いよく立ち上がり挨拶をする、しかしそれは少し口が滑った挨拶となってしまった。


「……少し教育が必要かしらね?」

「あ、あの、それはどういう…」

「ふん!」

綾は自分のデスクに向かった。


座るとカバンからスマホを取り出し何かを操作している。

数秒後、貴俊のスマホにメッセージが届いた。


『あんた今、綾って呼んだでしょ!絶対にダメだからね!?』

バレてた…。貴俊は言い訳を考えた。


『あ、いや、に聞こえてただろうから、大丈夫じゃない?』

『反省無し、本当に教育が必要みたいね』


貴俊は焦る。

『ごめん、本当に気を付けるから。大丈夫、口を滑らせることは今後無いから』

『滑らせたら?』


少し間が空いた。


『何でも言うこと聞きます』

『へー、何でも?そうかー、何でもかー』


貴俊がチラッと綾を見ると、口元を隠しているがニヤけているのはすぐにわかった。


『何かを企んだみたいだけど、わざと滑らせようとするのは無しだよ?』

『何で?』

『いや、綾も損するよ?』

『別にしないわよ、上司を呼び捨てとはふざけてるわね!でビンタ出来るから』

『……通報されるよ?』

『二人きりの時にビンタすれば問題無し』


貴俊は八方塞がりだった。


『そもそも教育って何?』

『え?聞きたい!?』

『怖いから言わないで』

『本当に気を付けなさい?』

『わかった、ごめん』

『で?』

『ん?』

『他に言うことあるだろ?』


貴俊は数秒考えた。


『愛してるよ』

そう打ち込んだ後にフフッと綾から聞こえた。


『私も!』

そう返ってきた後に綾はスマホをカバンに入れた。


その様子を見た貴俊は大きく息を吹きながら仕事を始めようとするが、当然それは綾に見られていた。

そして、綾はまたスマホを取り出した。


『ちょっと!?今のは何?』

『ん?何かあった?』

『息、吹いてた』


貴俊は画面をジッと見ている。また言い訳を考えた。


『気合い入れたんだよ、これから仕事でしょ?さて、やりますかって感じで』

『私の事がめんどくさいって思ったわけじゃなくて?』

『思うわけないでしょ』

『ならいいけど』

『何が不安なの?』


しばらく返信は来なかった。


『全部……。本当は昨日言ってくれる事を言ってくれなかったから』


その返信を読んだ後に綾を見るととてつもなく怖い目で睨んでいた。


すぐに返信する貴俊。

『今夜、会える?』

『何で?』

『綾と一緒にいたい』

『わかったわよ』

またフフッと聞こえたので今度は静かに仕事を始めようとした。


フロア内でヒソヒソ話が始まる。

「今日機嫌良さそうだぞ?」

「あぁ、珍しいな」

「良いことあったのかな?」

「……なんか野間を見たりスマホ見たり、野間もスマホ見たり」

「え?もしかして?」

「………いやいやいや、それはないでしょ」

「…だよねぇ、たまたまだよね」

「まぁ機嫌が良いならそれでいいよ」


それらが聞こえていた貴俊


僕からじゃなく綾の態度でバレるんじゃ?

と後で話そうと思った。




「野間!進捗は?」

貴俊のデスクに向かう綾。

「順調です」

「よろしい!じゃあ昼行くよ!」

「……え!?」

「いいから行くよ!」

「…はい」

二人は食事に向かった。


またフロア内でヒソヒソ話が始まる。

「まさか休憩中に説教?」

「でもあいつ今日はまだ何もやらかしてないよな?」

「…休まらないだろうなぁ」



会社から出た二人。

「何食べる?」

綾は貴俊に軽く体をぶつけながら食事するものを決めようとするが、貴俊はここで話しておこうと思った。


「綾、多分バレるよ?」

「え?」

「さっきのヒソヒソ話聞こえてた?」

「ん?…聞こえてない」

「綾が僕を見てスマホ見てフフッて笑ってって、もしかして?って話されてたよ?」

「……そんなわかりやすかった?」

「うん、そうなんだと思う」

「気を付けないと」

綾は少し貴俊から離れる。


「うち、社内恋愛禁止なんだっけ?」

「禁止じゃないけど上司と部下は別よ」

「あぁ、そっか。人事評価するから」

「そう、まぁ実際には結婚してる人達もいるから結婚したらオッケーなんでしょう。で?何食べる?」

「綾が食べたいのでいいよ」

「それだとあんたになるけど……」


「今、食事の話をしてたよね?」

「ふん!……じゃあパスタ、あの店行こう。他にも食べたいのあったのよね」

「うん、じゃあ行こう」

二人は決めた店に向かう。


「…手は繋いでくれないの?」

「だからバレるって」

「そっか…」

綾はあからさまに落ち込んでいる。


「…今日の夜ね」

「うん!」



二人はパスタ屋に入った。

注文を済まし料理を待っている途中。


「で?作戦は?」

綾はイベント戦の探りを入れる。


「……まずは一口を少なく食べて、味をよく確認してから頬張る感じ」

「パスタの食べ方じゃねぇよ!!」

「今やってる仕事を片付けてから次の仕事に取りかかる作戦」

「それも違う!いや、違わないけど違う!個人戦の事!!」

綾は力が入っていた。



「綾、声がデカい」

「はっ……!!」

口を両手で塞ぎ、周りを見る。


周囲に何回か軽く頭を下げてから

「今夜覚えてろよ?」

「冤罪じゃ?」

「いいや、あんたが悪い」

「で?」

「ん?」

「綾は何が聞きたかったの?」

「だから個人戦の作戦」

「僕はいつも作戦なんか立ててないよ?」


「…そうなの?」

「うん、その場その場でやってる」

「前回のガードスキルは?」

「あれはこっちから仕掛けたら何かしらやってくるかなぁ?って感じで着けた」

「至近距離のスキルは?」

「それも個人的には好きじゃないけどガードの後に撃てるかなぁで着けた」

「うん、それを作戦と呼ぶんだけどね」

「……っ!!」

貴俊は仰け反り、大袈裟に驚いた。


「うん、わかった。私をバカにしてるんだな?」

「するわけないでしょ、愛してるんだから」

貴俊はとても強い目で真っ直ぐと綾を見た。


「…え!?う、うん、そうよね」

戸惑いながらも照れる綾。


「よし…」

貴俊はとても小さな声で言いながらテーブルの下で握り拳を作った。


「今、何か言った!?」

「ん?」

「聞こえてたけど?」

「アイラブユーって?」

「え?そんなこと言ってたの?気持ち悪っ!」

「…言ってないよ」

「じゃあ何て言った?」

その時、貴俊は窓から知ってる顔が店に入ってくる光景を見た。


「綾、会社の人が入ってくる」

「え?」

綾は辺りを見回す。


「キョロキョロしないで社内にいる感じでいよう」

「う、うん。わかった」


貴俊は体をすぼめて下を向く、それを察した綾は腕を組んで背もたれによたれかかった。

それに少しの疑問を感じながら。



「ここ来たかったんだよねぇ。…あれ?速水さんと野間さん?」

「…え?めっちゃ説教されてんじゃん。野間さん可哀想」

入ってきた同じフロアの女性社員二人がヒソヒソと話し出す。


「気付かない感じの方がいいかな?」

「うん、そうしよ?」

二人は案内された席が綾達から離れていたのでそのまま食事することにした。


さすがに綾も小声になる。

「ちょっと!私がものすごく悪者な感じに聞こえたんだけど?」


「ごめんなさい!気を付けます」

貴俊は小声じゃなく通常の音量で話した。

先程の女子社員がこっちを向く、綾がその二人と目が合うと二人はすぐに目を逸らした。



「おい、本当に今夜覚えてろよ?」

「………」

貴俊は黙っていた。


「とりあえず、痛いとか言うなよ?」

そんな態度の貴俊のスネを綾は思いっきりつま先で蹴った。




午後六時半過ぎ


フロアには綾と貴俊しかいなかった。


「…あれぇ?おっかしいなぁ。順調とか言ってなかったっけぇ?しかも今の仕事を片付けてから次の仕事に取りかかるとか言っちゃってたしぃ」

まだ仕事の終わってない貴俊に綾はここぞとばかりに攻めかかる。

何故なら今夜会おうと朝に言われていたにも関わらず、あろうことか残業しているからだ。


「…もう少しで終わります」

「もう少し?じゃああと一分ね。それ過ぎたら殴る」

「せめて十分ください………」

「何で?」

「十分間、僕を好きにしていいので…」


貴俊の言葉に綾は色めき立つ。

「っ!!なら!ならあと一時間かけて完璧にしなさい!!二時間でもいいわよ!!」


「あっ、終わりました」

しかしすぐに貴俊の仕事は終わった。


「は?終わらせんなよ!確認は?はい、チェック!ミスしてない!?」

綾は貴俊に仕事を終わらせたくなかった。


「今、その確認の時間だったので、速水さんのアドレスにデータ送りました」

「………なるほどなるほど、また私を嘲笑おうとしたわけだな?」

「い、いえ…」

「十分とか言っちゃってさ…。数秒で終わってるじゃない」

「チェックお願いします」


「あっ、そうか。ここで無理矢理ミスを見つければいいのか」

綾は自分のデスクに戻る。

「…それは声に出さないで心で思っててくださいね?」


「………」

いつもより鋭い目付きで確認をする。

しかし、ミスというミスは見つからなかった。


「…何でミスしてないのよ!!」

「言ってることおかしくなってますよ?」

「はぁ、まぁいいわ。それじゃ行きましょ」

「はい」

二人は退社の準備を始める。


「ところでどこ行くの?」

「………」

貴俊は何も答えなかった。


「決めてないとき黙るのやめろ」

「わかりやすいですよね?」

「そこは別に求めてない。っていうか決めなさいよ」


「……うーん、肉行きますか?」

「前もだけど実はあんたが肉好きなんじゃないの?」

「ステーキ、焼き肉は好きですね」

「じゃあそのどっちかに行きましょう」

「はい」


綾はずっと気になっていた。

「…あのさ、社内だから敬語って事よね?」

「そうですよ?」

「ならいいわ」

「それでは参るといたしましょうか」

「うん、それはおかしいわね。そういうのやめろって言わなかったっけ?」

「あっ、店探さないと」

貴俊はスマホで検索を始める。


「別にうちに近い店じゃなくてもいいよ?うちに近い店じゃなくても」

「…西口出て少し歩いた所にホルモン屋ありますけど」

貴俊は両国周辺で検索した。


「え?両国の?いいの?」

「………はい」

「不満そうね?」

「不満ではなくて操られてるなって」

「あんたにとっては本望じゃない」

「いや、まぁはい…」

「認めるのは認めるで引くわ」


「ホルモンは大丈夫ですか?」

「…ホルモンバランス乱れてるってか!?あぁ!?」

「…違います。焼肉の話です」

「あっ、そっちね」

「いや、乱れてるんじゃ?」

「誰かさんが私を抱かないからね!!」

「それじゃあ行きましょうか」

「無視したな?」

二人は会社から出ることにした。


その途中に貴俊はカバンで背中を何回か叩かれていた。

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