神様がついた優しい嘘

山で猟をして暮らす娘・菫は、山神の祠へ生け贄として捧げられ、狼の顔を持つ神様・狗狼と出逢います。
傷ついた菫のお世話をしてくれた女性・雲も交えて、三人で穏やかな日々を過ごすうちに、菫の心は少しずつ癒えていき、今後の身の振り方について考え始めます。
菫を案じた狗狼が「菫を苦しめている記憶を消し去る」と提案したことで、菫は徐々に己の記憶や、生け贄の一件について深く知る人々と向き合っていき――優しい嘘に包まれた、重大な出来事に迫っていきます。
人間と神様の交流、記憶を残すか捨てるか、祠で育まれた絆の尊さ、手放したくない恋心。本作の見どころはたくさんありますが、そのうちの一つは、人間の菫と神様の狗狼のやり取りにあると思います。
作中で歌を詠むシーンでは、自分の感情を癒やし、ゆっくりと取り戻すように日々を送る菫と、そんな菫を見守る狗狼の内面が、歌を通して奥ゆかしく丁寧に描かれています。古風な言葉選びや、雲との掛け合いも魅力的です。彼女にも何やら秘密があるようで、優しく静謐な物語に、凛と力強い風を吹き込んでいます。
読み進めていくうちに、タイトルの意味が腑に落ちて、美しさが胸を打ちます。
多くの方におすすめしたい、大好きな一作になりました。

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