優しい嘘で守られた記憶を取り戻す時、生贄の娘は山神の心を識る

突然わけも分からぬまま生贄にされてしまった山村の娘・菫と、人狼の姿をした山神・狗狼の物語です。

菫にはどうしても思い出せない記憶がありました。
そのせいで自分自身の存在すら覚束ない状態で、先も見えない不思議な生活が続いていきます。

山での暮らしや、祠の様子の描写が非常に丁寧で、目に浮かぶようでした。
不安な胸中ながらも、見た目より穏やかで優しい狗狼、お世話をしてくれる謎多き女性・雲とのやりとりが楽しく、だんだんこの生活に安らぎを感じていくのですが……

故郷の人々から裏切られ、記憶も欠けて、帰る場所も失った菫が求めていたものは、何だったのでしょう。
自覚もできていない恋心の向こう側に、忘れてしまった過去の中に、本当に大切なものはありました。

記憶とは、その人が生きた証です。
例え辛い思い出があったとしても、温かなものだってあったはず。
何もかもを抱えて生きることを決意した、菫の靭い心が清々しくて沁みました。
素晴らしい物語でした!

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