山で猟をして暮らす娘・菫は、山神の祠へ生け贄として捧げられ、狼の顔を持つ神様・狗狼と出逢います。
傷ついた菫のお世話をしてくれた女性・雲も交えて、三人で穏やかな日々を過ごすうちに、菫の心は少しずつ癒えていき、今後の身の振り方について考え始めます。
菫を案じた狗狼が「菫を苦しめている記憶を消し去る」と提案したことで、菫は徐々に己の記憶や、生け贄の一件について深く知る人々と向き合っていき――優しい嘘に包まれた、重大な出来事に迫っていきます。
人間と神様の交流、記憶を残すか捨てるか、祠で育まれた絆の尊さ、手放したくない恋心。本作の見どころはたくさんありますが、そのうちの一つは、人間の菫と神様の狗狼のやり取りにあると思います。
作中で歌を詠むシーンでは、自分の感情を癒やし、ゆっくりと取り戻すように日々を送る菫と、そんな菫を見守る狗狼の内面が、歌を通して奥ゆかしく丁寧に描かれています。古風な言葉選びや、雲との掛け合いも魅力的です。彼女にも何やら秘密があるようで、優しく静謐な物語に、凛と力強い風を吹き込んでいます。
読み進めていくうちに、タイトルの意味が腑に落ちて、美しさが胸を打ちます。
多くの方におすすめしたい、大好きな一作になりました。
突然わけも分からぬまま生贄にされてしまった山村の娘・菫と、人狼の姿をした山神・狗狼の物語です。
菫にはどうしても思い出せない記憶がありました。
そのせいで自分自身の存在すら覚束ない状態で、先も見えない不思議な生活が続いていきます。
山での暮らしや、祠の様子の描写が非常に丁寧で、目に浮かぶようでした。
不安な胸中ながらも、見た目より穏やかで優しい狗狼、お世話をしてくれる謎多き女性・雲とのやりとりが楽しく、だんだんこの生活に安らぎを感じていくのですが……
故郷の人々から裏切られ、記憶も欠けて、帰る場所も失った菫が求めていたものは、何だったのでしょう。
自覚もできていない恋心の向こう側に、忘れてしまった過去の中に、本当に大切なものはありました。
記憶とは、その人が生きた証です。
例え辛い思い出があったとしても、温かなものだってあったはず。
何もかもを抱えて生きることを決意した、菫の靭い心が清々しくて沁みました。
素晴らしい物語でした!
レビューは後程投稿いたします。
これ程完結が楽しみな作品はないです。
やっかんでますよ。
上記は、最初の頃を読んでの感想でした。
本日、完結の運びとなり、誠におめでとうございます。
先ずは、お話のあらましです。
御覚山に山神様がおり、祠があると言う。
菫さんは、生きる為に、狩りをして暮らして来た。
狩りを嗜みとして訪れた身分の高い人に、自身の呼び方を考えてくれと言われ、椿彦とした。
菫さんの幼馴染、進ノ助は、時折暴れて周囲を引っ掻き回すのが問題だった。
突如として、菫さんには訳が分からないまま、山神の生け贄として箱で運ばれた。
どんなに抵抗をしても、悪の顔が襲いかかる。
私は、理不尽さに悔しくて仕方がありませんでした。
何故こんな目に遭うのかと。
そして、目覚めてみると、驚くような綺麗で広い祠の中だった。
待ち受けるは、山の神、狗狼、そして、その世話焼きの男前、雲だ。
これから、菫さんはどうしたらいいのだろうか。
私は、菫さんがお姫様のような扱いをされ、夢のようだと思いました。
ここの描写もとても色鮮やかで大好きなのです。
一枚毎に感じる季節と色合いの芸術、そして古典がたまりません。
また、作中で文が詠まれますが、実に雅でいて、表裏の意味も深く、感心いたしました。
それから、菫さん、雲、狗狼のキャラクターがよく際立っているとも思いました。
いつもぼんやりしていた菫さんの成長と、あることがあってからの狗狼の様相の転換に微笑ましくもありました。
これから、ずっとずっと、長く愛する方々に囲まれて菫さんが過ごすこと、そして、周囲は菫さんを愛おしく思うことが続いて欲しいと思いました。
作者様の細やかで丁寧な描写が、十五万文字を越えても飽きることなく読まされておりました。
また、作者様の作品で、のめり込める愛着のわくものを楽しみにしております。
ありがとうございました。
是非、ご一読ください。