2-5

「あれ、誰か来てる?」

 バイト終わり、エコバッグを携えた稜がリビングの扉を開こうとする。

 すかさずおれと成田はその扉のノブを掴み、侵入を阻止した。すりガラスの向こうに慌てた姿が見える。

「あれ、なんで。おい、開けろや」

「おい!やめとけよ成田」

「くじょうみつきくんがやろうっていいました!」

 人力バリケードは罪のなすりつけ合いによって崩壊する。組織というのは内側からの攻撃に弱いものである。

 ファンデーションとコンシーラーでワントーン顔が明るくなった弟が帰還する。メイクアップしているのにテンションダウンしている。今日も随分と激戦だったようだ。

「高校生にもなってガキがおまえらは」

 投げつけられた財布の、プラダの刻印がおでこを粉砕した。

 おでこに刻印の跡が残ったらどうするつもりなんだ。実の兄をプラダのコピー品にするところだったぞ。

「誠司くんきてたんだ」

「おじゃましてます」

「邪魔すんなら国に帰るんだな」

「いつのまに北与野は独立国家になったのよ。というか2人とも晩御飯は?」

「あ、ピザ頼んでおいたよ」

「え、やった。わたしの分もある?」


 その後3人は、アメリカのホームパーティの後半戦に倣い、電気を消した部屋でコーラとピザを両手に携えて、『プライベートライアン』を観る。ちなみに映画は弟チョイスである。

 弟が、この映画がマーベルやDCと同じジャンルだと勘違いしているのではないかと心配である。

「そういえば聞いたよ。赤井さんのライブいったらしいね」

「なんで知ってるんだ。いや、知ってるわな」

 あいつならいの一番に周囲に吹聴する、まあ俺の周囲もあいつの周囲も重なり合う部分は成田くらいしかいないが。

「あかい?」

「話してないの?」

「口をつぐめ」

「えー、聞きたい聞きたい」

「まず、九条、ラジオ部ってところに…」

 有機ELの向こう側ではジャクソン二等兵が主への祈りを捧げている。

「でさ、九条がクリケットで」

「ぶはは、ダサっ」

 なんでお前もそのことを知っているんだ。

 さいたまの夜は更けていく。こちら埼京線戦異常なし。報告すべき件なし。

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