3-3

 ノースフェイスのリュックが揺れる。新品のニューバランスのシューズを軋ませて、だらだらと並走する自転車の中学生を追い越した。

 

 なんであいつらが。


 よく見知った公園の砂場を突っ切ってショートカット。ようやく家の前の通りに差し掛かる。

 遠目に、私服に着替えた弟の姿が見えた。


「うわっ、びっくりした。なんでそんなに全力疾走?」


 おれは肩で息をしながら、りょうの両肩に手をのせる。


「まだ、家は無事か?」


「な、なにが?」


 あいつらを自由にしていたら、家の一つや二つ平気で廃屋にしてしまう。とは思わないが、おれの部屋を荒らすくらいのことはしそうである。

 信頼で言うと空き巣と同程度。

 玄関を開くとローファーとスニーカーが2足ある。リビングルームへ進むと、そこでは、なんかよくわからん光景が広がっていた。


「な、なんだこれ」


 リビングには学校行事なんかで使う長テーブルとパイプ椅子が置かれ、勝手に運び込まれたであろう黒光りする機器が並べられていた。講演会で使うようながっしりとしたマイクと、なんだかわからないツマミのついた箱、有名なデザインのノートパソコン。

 そして、そこそこ高価なイタリア製のソファへ、スリーピースバンドのアー写のようにもたれこむ馬鹿3人。


「おい、人の家に不法侵入した上に」


「あ、わたしがうち来てよって聖司くん経由で言ったんだけど」


 りょうがあわてながら、おれの後を追ってリビングへと来る。


「こんなわけわからん機材を」


「これノーパソ以外は、わたしがライブ配信で使ってるやつ」


「…ソファー使うんじゃねぇ」


「よう、遅かったな。まあ、座れや」


 ソファの中央で肘を腿に起き、合わせた手の上に顎を乗せた赤井が偉そうにほざく。


「本当によかったの?お家の人に断りもなく」


「ああ、いいんですよ。父親は滅多に帰らないですし、うちの兄がお世話になってるみたいですから」


「それにしてもマイクにオーディオインターフェース、長めのキャノンケーブルもあるし、こんな渡りに船なことがあるか」


「やっぱりガジェットはいいもの揃えたいじゃないですか。男子なんでこういうの好きなんですよね」


「いいねぇ。九条、お前の妹さんはいい趣味してるじゃないか」


「りょう、ちょっと来なさい」


 おれは九条家を守るため、そして実質的な家長としての責任を果たすため、弟を廊下へと呼びつけた。


「なんで家に呼んだ?」


「え、だって面白そうな人たちだったから」


「お前は面白ければ人を殺すのか?あなたは今、サイコパスの快楽殺人者と同じことを言ってる」


「バッファロー・ビルみたいな?」


 ハンニバル・レクターを挙げないところが、流石は我が弟だと、たいへん悦ばしいことではあるが。


「アントン・シガーでもヴェルナー・クニーシェクでもなんでもいいが」


「ヴェルナー・クニーシェクは実在の人物だけどね」


「とにかく、あいつらは危険なんだ。彼らは頭がおかしい。おれを人殺しにさせないでおくれ」


「頭のおかしなサイコパスは兄さんのように思えるけど…。誠司くんはそんなこと言ってなかったし」


「いいや、あいつも実はすっかり狂ってしまってるんだ。おれを信じてくれ」


「一昨日、一緒にボードゲームやってたじゃん」


「近親相姦中のところすまないが」


 赤井が悍ましい一言めで、廊下の陰から顔を出した。


「やだなぁ、そっちの気はないですよ」


「お、そうか。それで喉が渇いたんだけど」


「ああ、気が回らなくてすみません。何飲みますか?」


「こんなやつには何も飲ませなくていいぞ」


 赤井は首を捻り、考える素振りし、思いついたように顔を上げる。


「じゃあ、水道水を」


「え、いいんですか」


「人んち遊びに行ったら、その家の水道水の味を比べるのが趣味なの」


「ほらな、だから言っただろ?気味の悪い」


 だめだな。やはりまだ話の通じるあの2人に。おれは水道水ソムリエの赤井を放置して、機材をいじっている先輩方に声をかける。


「もしかして、うちでラジオの録音しようとしてます?」


 2人は作業を中断することなく、声だけを返してくる。せめて手を止めろよ。


「いやぁ、新しい部室が手に入ったと思ったんだけど」


 そういえば、この前。

 放送部の部室での騒ぎにすぐに駆けつけられたことから察するに、あの近くでまた借宿を見つけていたのか。


「新しい生徒会長は敏腕でね。部活動改革に精を出してるらしくて、追い出されちゃった」


 お、いいね。


「とある関係者に相談したら、ここを紹介されてな。妹さんの好意に甘えさせてもらおう」


 よくなかった。珍しく『とある関係者』という言葉に心当たりがある。それにしても、性別すら不確かな知り合いの兄弟によくもずけずけと。


「というか、ラジオ部ってちゃんと活動してたんですね」


 てっきり、設定上用意されたマクガフィンだとばかり。


「いや、活動しないなら部活動である必要がないだろ」


 おお、その通りなのだが。漫画喫茶に入り浸っていた影響か、文化系の部活は大抵、部室でダラダラするだけのものだと。

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