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 というわけで、やってきたのは大宮駅の西側にあるおしゃれなカフェである。店名は…、フランス語か、それか、いや。おいは南蛮人の文字なんぞ読まん。あとでGoogleマップで確認しよう。

 コンビニでお菓子でも買ってくれるのかと思っていたので、正直驚いた。


「もしかして長洲んちってすげぇ金持ちか?」


「うん?そんな急に。

 でもまあ、そうかも。お父さんが不動産関係、お母さんも税理士だから。お金大好き一家だよ」


 おお、金持ちハッピーセット。いや失礼。無駄のない資産管理と言うべきだろうか。

 さいたま市、特に浦和区などは年収が1000万を超える世帯も少なくない。なぜ浦和なのかといえば、東京へのアクセスがいいからである。

 不思議なことに、この埼玉せかいでは、お金を稼ぐ力を高めたものほど、埼玉から離れられる。これが残酷で美しい彩の国の真実である。

 まあ、おれはさいたま嫌いじゃないよ、池袋とかあるしね。


「というか、御月くんがそれ言う?」


「なんだ、知ってんのかよ」


「うーん。うちの高校は芸能科みたいな学科もあるから、みんな有名人に耐性があるけど。流石にあの野球選手の息子だってクラスでみんな噂してたよ」


 噂されてたのか。でも、その割に誰も話しかけてはくれないんだな。

 そういえば、うちの資産運用とかってどうなっているんだろうか。まあ、引退してしばらく経つが、どこぞのメジャーリーガーほどの莫大なマネーはないはずである。よくわからん港区女子に金をむしり取られていなければいいが。


「あの野球選手ねぇ」


「うっ。別に悪い意味はないと思うけど」


「いいよ、本当のことだし」


 おれは空気をよんで「決まった?」と問いかける。長洲も「えーと、待ってね」とテーブルに広げた、そのやけに豪華な装丁のメニューを覗き込む。


「御月くんは何にする?」


「チーズケーキとアイスコーヒー」


「お目が高いね。ここのチーズケーキは逸品だよ」


「ぴんときたんだ、ぴんとな」


 単にいつもチーズケーキを頼むといつだけのことだが、誤魔化しておくことにする。その理由も、たいていチーズケーキというのはどこの店であれ、味の品質が一定水準を超えているという、『海外行ったらとりあえずマクドナルド方式』を採用しているからである。

 もちろんチーズケーキは好きなので、美味しいのならそれに越した事はない。

 注文を終え、大学生だろうか、派手な髪色の店員、いやギャルソンによって、小洒落たグラスが置かれる。


「そういえばクラスのグループにまだ招待してなかったよね。テスト範囲とか送ってくれるから入っておいた方がいいよ」


 QRコードで注文した流れでその話になった。クラスのグループ。恐らくはあのSNSのグループ機能のことだろう。


「あー、そうだな」


 長洲と連絡先を交換し、『ニノサン』というグループに加入する。坂本 眞一 による耽美的な画風のおフランス漫画をさすのではなく、もちろん2年3組のことを言っているのだろう。「九条御月がグループに加入しました」と表示される。

 すかさず長洲が「転校生の九条くん招待しました」とメッセージを残す。それに対して、まだ名も知らぬクラスメートたちが、「よろしく!」と返事をよこしている。

 なんて素晴らしい光景だろうか。


「なんて優しい人たちだ。長洲もありがとな」


「うん。でもグループ入ってない子もそこそこいるし。余計なお世話かも。

 うちの高校、授業が選択式だからクラスの協調性って薄いんだよね」


「それな。だから部活が盛んなんだろうなとは思った。長洲は入ってないのか?」


「あー、部活ね。1年生の初めの時期はマネージャーとかやってたんだけど」


「アメフト部か?」


「なんで決め打ちされたの?」


「そうか、違うならいいんだ。踏み絵みたいなものだと思ってくれ」


「なにそれ。あ、でも惜しいかも。当ててみてよ」


 惜しい。と言われれば、ラグビー部、タッチフット部、はさすがに無いか。球技かつ、コンタクトスポーツという概念を彼女が知っているかどうかは疑問だが、その辺りだろうか。


「ラグビー?」


「ぶぶーっ!」


 彼女は子供っぽい仕草で応える。考え事をしていなければ、危なかった。

 だがそうなると、特に思い当たるものがない。


「ヒントが欲しいかも」


「えーと。すごい『メジャー』なスポーツかな」


 もしかして。恐る恐る尋ねる。


「野球か?」


「正解!」


「ちなみに惜しいっていうのは?」


「だってアメリカで人気でしょ?メジャーって言うくらいだし」


 いくつか聞きたいこともあるが。


「野球中継を見てたり、それかボーイズとかリトルとかのチームに入ってたりしたのか?」


「全然。だから用語とか覚えられないし、何言ってるのか分かんなくて辞めちゃったんだよね。みんな優しいは優しいんだけど。ルールブック丸暗記したけど、謎の暗号みたいなの多すぎない?」


「まったく知らない競技に、それもマネージャーでよく入ろうと思ったな」


「そう。体育会でもなかったから肌感覚が合わなすぎ」


 長洲は思い出すようにため息を吐く。タイミングよく、注文したメニューが届く。

 もちろんおれの元にはチーズケーキとコーヒー。そして、香ばしいチョコレートのクグロフとレモンティーが彼女の元に配膳される。

 

「あ、ちょっと待ってね」


 彼女は邪魔なカラトリーをよけ、スマートフォンを手にとる。写真を撮るのだろう。

 おれは画角に映らないように、少し椅子を引く。消しゴムマジックがなくても、こうすればいいのサ。

 納得のいく作品が撮れたのか、彼女は「ごめんね」と謝辞を述べ、紅茶に口をつける。おれもそれに倣い、コーヒーを飲む。


 穏やかな午後の休息は、30分ほど続いた。

 お手洗いから帰ると、置かれたはずの伝票がない。おれが席を立った隙に会計を済ませたらしい。やだ、かっこいい。


「いい店まで教えてもらって」


「ううん。気に入ったならよかった」


 店を出ると、一言二言会話を交わして解散する。客観的に見ると、随分とあっさりしているように思えるが、普通にこの先の提案をする勇気がなかっただけである。

 ただ、なんの成果も残せなかったわけでもないだろう。別れた後、『友だち』のリストに加わった彼女の名前を確認する。もちろん他意はない。

 その時、弟からのメッセージが画面の上部に表示された。


『兄さんの部活の人来てるから、早めに帰ってこい』

 



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