3-4

「だからってうちでやらないでくれます?」


「僕もそう思ったんだけど、弟くんが随分と前向きに考えてくれているみたいだから。なんでも双子なんでしょ?」


 なにを前向きに検討してくれてるんだあいつは。

 嬉野先輩は機材のチェックが終わったのか、ソファで一息ついて、缶コーヒーのプルタブを開ける。この人もこの人で図々しいな。

 俺は仕方ないのでパイプ椅子へと座る。


「そうですよ。今はガッツリとメイクしてますけど、すっぴんを見ればそうだって分かりますよ」


「お、弟なのか?」


 黒川先輩が引っ叩かれたような顔で、嬉野先輩の方に振り向く。


「そう聞いてるけど」


「ええ、生物学上は」


「そうなのか。てっきり」


「てっきり、なんですか?」


「姉か妹がいるようなことを成田から聞いた覚えがあったんだが」


 確かにそう聞いたはずだと黒川先輩は顎に手を当てる。


「うっ、妹はいませんけど。一応は姉がいます」


「お姉さん?学生?」


「まあ、今頃はクルーガー国立公園でサザビーでも追いかけているんじゃないですかね」

 

「知らない場所で知らない何かを追いかけているのか。なんとも魅力的な人みたいだな」


「別に。好きでやっていることでしょうから」


「九条くんの家族ってすごく変わってるね」


 嬉野先輩は困惑した表情で呟く。『変わっている』だなんて、人の家でラジオ録音しようとしている奴らにだけは言われたくない。


「ええ、異常者一家なのでこんなモンスターハウスからは一目散に逃げた方が身のためですよ」


「アダムス・ファミリーみたいでいいじゃんかよ」


 キッチンからあの美濃焼きのマグカップを持った赤井とりょうとがやってくる。そしてちょうど今、口に運んだのはおそらくは水道水であろう。


「おい、それ俺のだぞ」


「いちばん高そうな器でもって水道水を飲むのが乙なんだよなぁ」


「じゃあ赤井さん、録音始めるから着席してもらって」


「ういっすー」


 赤井は気の抜けた返事をしながら、長机の、マイクが備え付けられた辺りのパイプ椅子にどかりと座った。


「ちょっと」


「なんだ九条兄も参加したいのか」


「参加したくないですし、あと戸愚呂兄みたいに呼ばないでください」


「あ、家電の音とか入っちゃいます?」


 ノートパソコンを長机に置き、仰々しいヘッドフォンを装着した黒川先輩に、九条弟、じゃなかった、りょうが訊く。先輩はそれに「そこまで神経質にならなくていいぞ」と答える。


「んじゃ。始めますか」


 それを合図にある種の拍をとるような静寂が訪れる。つい、俺も口をつぐんでしまう。特に家主の意見を取り入れることなく、録音が始まろうとしていた。


「3、2」


 黒川先輩が主導権を受け渡すように、赤井に向けてゆっくりと手を差すような合図をした。


『南銀座のみんなのアイドル、赤井りんごです。毎週水曜日に配信中、ゆりかごから墓場までをモットーに、皆さんに寄り添った、社会保障のようなラジオを目指します』


 読み慣れた文言なのだろう。口は滞りなく動き、聞き心地の良いかどうかは人によるだろうが、それなりに堂に入った喋りである。


 『本日は噂の転校生、九条御月くんの邸宅を貸し切って放送しております。当然本人も目の前にいるわけですが、そうだ、一言いただけますか?』


 唐突に名前を出されて慌てる俺に、嬉野先輩がペライチをすっと差し出す。よく見ると赤井の前にも同じものが置かれている。

 そこには、台本らしき文字が並んでいて、その中の一行を指でなぞっているようだ。なんだ、俺に喋れというのか。

 赤井が俺をマイクの前に手招きする。


『九条御月です。どうぞご自由にお寛ぎください』


『ありがとう!それにしても』


 おい、待て。無言ながらジェスチャーで反抗するが、赤井は白々しい顔でそれを受け流した。


『私たちも新体制の生徒会による部活動改革の煽りをモロに受けてしまった訳なんですが、なんとこの度、新入部員の加入によって正式に部へと昇格しまして。


 ついに校内での放送を行う許可が出ました!


 嬉しい反面、こうやってゲリラ的に録音してはと、草の根運動を行ってきた身としては少し寂しいような心持ちであったりしましたり。

 ネット配信はこれからもポッドキャストで行いますから、部のSNSでご確認ください。

 それでは本日は緊急特番、校内放送では恐らく引き継がないであろうあのコーナーに届いたメールを一気に読んでいきたいと思います』


 黒川先輩が、恐らくは届いたメールなのであろうコピー紙の束を机の上に出す。


『世界の真実のコーナー!このコーナーではみなさんが発見したこの世界の隠された真実をお送りいただいております。

 それでは最初のメールを』


『ラジオネーム、鴻巣自転車教習所。


 年中行事で親戚が集まった時、よく知らない親戚のおじさんが学校のこととか聞いてきて気まずいけど、多分、親戚のおじさんの方がもっと気まずいと思う』


 なるほど、そういうコーナーか。日常のあるあるを別の視点から再発見するみたいな。


『山田孝之はロスチャイルド家の婿養子で、ディープステイトはソフトパワーで日本を侵略しています。よろしくお願いします』


 違った。世界の真実というか、ただの陰謀論だった。


 


 

 

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