3-5

『ラジオネーム、フィガロとセッション。


 エコバッグってレジ袋の代わりに使っている時は、エコかもしれないけど、普段は別にエコでもなんでもないよね。じゃあ、わたしが手に持っているこれは一体なんと呼ぶべきなのでしょう。

 それはそうと、わたしは八千草薫の生まれ変わりで、六法全書は実は存在しません。山形にいるおじは小さい頃、手のひらサイズのゾウを飼っていたそうです。よろしくお願いします』


「こんなものを全世界に発信しないでくださいよ。法律で取り締まれないんですか?」


 俺はマイクに拾われないように、そっと小声で嬉野先輩に耳打ちする。


「さっき赤井さんが言っていたでしょ。校内放送で15分のラジオをやらせてもらえるようになったんだけど。

 流石にこのコーナーは引き継がないから、ここで供養してあげてるんだよ」


「葬り去るべきコーナーだと自覚はしているんですね」


「兄さんもときどき、こういう類のうわ言を呟きながらリビングで本読んでるけどね」


「そういえば、そこの本棚。すごい蔵書だけど九条くんって読書家なの?

 それとも親御さん?」


 先輩はテレビの横、天井近くまで積み上がったそれが気になったらしい。


「もとは母の物なんです。

 今は兄しか読まないですけど。あんまり娯楽に向いた本は少ないので」


『ラジオネーム 説話ナックルズ』


 『本当にお腹が空くのは3時じゃなくて、大抵4時半』


「あ、でもこれとか読んだことあるよ。学校の図書室で借りたんだろうけど」


 先輩は棚から一冊の文庫本を手に取り、裏表紙をしげしげと眺める。


「なんだってそんなもの」


 手に持っていたのは、変わり者の精神科医である著者が、半分趣味で書いた精神医学辞典の皮をかぶった奇書だった。

 やはりこの先輩、目に見える胡散臭さは氷山の一角で、水面下に隠されたものを感じざるおえない。


「あ、これも読んだことある!」


 反対の手に取ったのは、『大家さんと僕』カラテカ矢部(著)である。


 どっちだ?どっちを信じればいいんだ。


『ちょっとうるさいんですけど』


 赤井のドスのきいた声が、本棚の前ではしゃぐ俺たち3人の背中に浴びせられる。


「ごめんね」


「あ、ごめんなさい」


「すまん」


『喋りたいのなら、代わりにこのイかれたメールを読み上げてくださーい』

 

「お前もいかれたメールだって感覚はちゃんとあったんだな」



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