1-3
「そう、そんで肩はこう。それじゃあいい球は投げれんぞ」
屈辱だ。まさかこんなやつらに投球フォームを指導されるとは。
初球から反則をとられた俺は、赤井たちに呼び出されてクリケットの投げ方というものを教わっていた。
「違うって。肘は伸ばすんだって」
「そう、それで大きく踏み込んで。そう!九条くん才能あるよ」
教えてくれるのはありがたいが、3人同時はやめてほしい。しかも各自が自分の気になる部位を調整するせいで、さながらマリオネットのように手足を勝手に操られている。
敵チームはというと、勝ちを確信し和気藹々とした雰囲気、などではまったくなく、公式戦のような厳しい空気感でこちらの様子を窺っている。
そのため、必然的に全ての目線が俺に集中して居心地が悪い。
ぜってぇ勝って、コンマ1秒で退部してやるからな。
そう、俺はこの勝負に際してラジオ部の三馬鹿と盟約を結んでいた。約束の内容はシンプルで、勝てばラジオ部という名の監獄から、いや監獄は失礼か。鑑別所からの釈放。負ければ何かしらのペナルティがあるかもしれないが、まぁ勝てばいいだけのこと。
ここ数日間、こいつらに振り回されて自分でも情けないことばかりだが、この九条御月、勝って勝って、勝ちまくって、そんで大敗を喫して現在。今こそ反撃の狼煙をあげるとき。
まずはこのクソバカどもを振り払って、即帰宅。今日こそは相棒の再放送を見ながらゆったりと紅茶でも飲んで優雅に過ごすのだ。
「九条。そういえば九条ってもしかして、西武の九条選手の」
その妄想に冷や水を浴びせるように、アメフト部の誰かの潜めた声が聞こえた。
「まじ?なんだっけ、なんか浮気したやつだろ?」
「おい、ばか」
驚きというよりは、可笑しくて息が漏れたような。
「息子はピッチャーやってて横浜行ったんじゃ。俺、ミ◯イモンスターで取材受けてんの見たぜ」
「しらねぇよ。辞めたんじゃね」
すっと体の温度が下がっていくのがわかる。
だから人目につくのなんて嫌なんだ。
「おい、九条。肘が曲がってるって」
俺だってお前らなんかに知られてたかなんかねぇ。なのに勝手に詮索して、下衆の勘繰りばかりで言いたい放題で。死ねよ。
何も知らないくせに。
頭が痛い。偏頭痛の予兆のような黒いモヤが視界を覆っていく。
別に俺は有名人じゃない。だが、そんな人間でも、SNSでは噂がたつし、クソみてぇなちょっかいをかけられることはザラだ。それはまだ我慢できる。
でも、この視線。人を物色するような気色の悪い視線だけは。怖い。情けない。ああ、くそ。胃液が喉から滲んで吐きそうだ。あっちにいってくれ。
「お前、ちょっと勃起してね?」
その時、俺のイチモツに前代未聞の衝撃が走った。
「おまっ、はぁ!?」
今、確かに触られたのだ。チームの先輩にさえされたことのない、男子同士でしか許されていないはずの禁忌。この女、それを破りやがった。
「おまえなぁ、いくら私の柔肌がセンシティブだからって、こっちは真剣に指導してるのに、そういうの期待するのは流石に引くぞ?」
「嘘こいてんじゃねぇ!ちょっと、2人までそんな顔しないでくださいよ!冤罪、これは冤罪だ!」
それを目にしたアメフト部たちは、さっきまでとは別のざわつきを起こしはじめる。
「あいつ、やべぇ」
「白昼堂々と、九条、とんだ変態野郎だ。信じらんねぇ」
「てか、赤井もがっつり揉んでたな…」
グラウンドのボルテージは競技とは一切関係のないところで最高潮を迎えている。
「うぬら、少し黙れ。春山が集中できんだろう」
「あの、そろそろ再開してもらえます?」
しかし、その2人の強者、いや恐者によってそのボルテージは一瞬で急降下して行った。
「よし、九条。お前の力を見せつけてやれ」
赤井に尻を叩かれる。
「このタイミングでいけるかよ!」
「おまえ、そんな中腰になって。こっちに向けるな」
赤井は恥ずかしそうに顔を手で覆う。
「まっじで、ふざけんなよ」
俺はその場から逃げ去るようにマウンドへ向かう。今日はなんて日なんだ。厄日すぎる。
「あんまり気にすんなって。生理現象だし」
春山にまで励まされる。もう、死にたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます