2-3

 やっほいやっほい土曜日である。

 朝日と共に起床し、日課のロードワークを済ませてシャワーを浴びる。休日といえども多少は汗をかいておく。これが毎日を健康に過ごすためのコツだ。

 カフェインで目を覚ます?弱いって。危機感の欠如。運動で心拍数を上げる。これが何よりの覚醒方法である。


 リビングではスリッパで走り回る足音がする。

「曲者め」

 頭にタオルをのせ、全裸のまま、ジェームズ・バンドよろしく(といっても個々人でそのチョイスは別れるだろうが)勢いよくリビングのドアを開いた。

「ちょっと、お兄ちゃん。裸で歩かないでっていってるでしょ?」

 自慢のアイランドキッチンでは可愛い妹がフリルのついたエプロン姿で朝食を作っていた。

「もう、せっかくお兄ちゃんの好物の『サモサ』を焼いてあげたのに」

「悪かったよ。ところでどうして急にエチオピア料理を?」

「なんでって、わたし明日から留学に行くでしょう。アディスアベバへ」

「うーん、何か変だな。ああ、これ夢か」


 カーテンを締め切った部屋に、鋭い朝日が差し込んで埃がキラキラと舞っている。

 変な夢を見た。

 背骨を鳴らし、なぜか足が張っているなと疑問に思いながらベッド転がり降りると、自慢のアイランドキッチンでは可愛い弟がフリルのついたエプロン姿で朝食を作っていた。

 見慣れた朝の風景である。

「起きるのおっそ。コーヒー淹れたげようか?」

 何も言わずテーブルにつくと、彼はそれをイエスと捉えたようで買い溜めしている有名チェーン店のインスタントコーヒーをお湯で溶かす。

「ほい」

 俺が昔お土産に買って帰った、そこそこ高い美濃焼きのマグカップが目の前に置かれる。

 湯気がのぼっているのをぼんやりと眺めていると、向かいに座った弟の『りょう』は髪をかきあげて、その疲れ果てた兄を怪訝そうな目で見つめる。

「どうしたの?」

「いや、変な夢を見て」

「へー、夜遅くまで出歩いてるからじゃない?」

 痛いところを刺される。

「父さんに会いたくないのはわかるけど、高校生にもなってさぁ」

「お、おまえだって最近ゲームに何万も課金してるくせに。どうせおっぱい大きいキャラを侍らせてんだろ!」

「それよりもピアス増やしたとか、女装してバイトしてるとことか怒るところは他にもっとあると思うけど」

「そこはまぁ別に。俺と違って、なんだかんだちゃんと学校も続いてるしなぁ」

「兄さんって変だよね」

「どこがだ。変人ってのは」

 学校での奴らとの出来事を話そうかと思ったが、情けない兄を知って幻滅させたくない。兄は弟の前では最強でなくてはならない。ゲームを奪い、暴力をふるい、反転術式を使えるくらいでないとダメだ。

「おれさいきょうだから」

「なんで急に特級術師に?変っていうかイカれじゃん」

 テレビから観覧客のおざなりな拍手が聞こえる。

「そうだ。言ったはずだけど、昼からバイトだからお昼ご飯は自分で何とかしてよね」

 背もたれに倒れながら時計を見ると、すでに10時を回っていた。


◇◇◇


 その超大作映画はエンドロールの後、ありきたりな次回作を匂わせる演出でおざなりな終演を向かえる。人々は重い腰を上げて、8番スクリーンを後にする。

 個人的にエンドロールまで座ったままでいることは、その後に挟まれる数秒のサプライズなカットを見るためではないし、ある種の道徳的習慣、マナーのように捉えてもいない。「まだ観ている人がいるでしょうがぁ!!」ではなく、「好きなアイスは蓋まで舐めるし、毒をくらわば皿まで」といった方が伝わるだろうか。

 序盤から既に氷だけになったコーラを掴んで、薄暗い廊下を抜ける。つい2時間前までは薄暗いとさえ感じていたロビーに出ると、その光量に目を細める。

 上映時間から、今は2時過ぎであるはずだ。昼食を映画でスキップすることで、混雑を回避したのだ。時々、この手法を用いるが、毎回腹が減って映画に集中できないためオススメしない。

 さあ、何を食べようか。ぶらぶらとさいたま新都心駅への地下道を歩いていると、ふと今日の夢の内容を思い出した。なんとも変な夢だった。そもそも『サモサ』がどんな料理なのかもいまいち確かではない。なんとなくタコスに似ていたような記憶があるが。

 Googleマップで『サモサ』とだけ検索欄に打ち込んでみると、なぜかインド料理屋ばかりが表示される。たしかに系統としては似ているか?

 というかインド料理屋多すぎない?さいたま市の深刻なインド化に驚いていると、後ろから肩を掴まれる。

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