2-4

「九条先輩じゃないですか」

 振り返ると、そこにはつい先々月まで自らも通っていた学校の、まだ新しく発色のいい制服を着た昔の知人が立っていた。あと成田もいた。

「山野か」

「先輩、お久しぶりです。あのこれ、実は俺、横浜行ったんです」

 そう言って彼はエナメルのバッグを下ろし、その制服を摘んで見せる。

「じゃあ寮生活じゃないのか?」

「そうなんですけど、今日はオフで実家に寄ってから戻るつもりです」

「なんか、いや、もとからしっかりしたやつだったか」

「そ、そうですかね」

 彼は居心地悪そうにもじもじしている。180の坊主男がもじもじしているのを見ると普通に気持ちが悪い。

 いや、先輩の前ではおれもこんなだったかなと懐かしい気分になる。

「じゃあ、これで」

 彼はグラウンドでもないのにダッシュで駅の方へと消えていった。駅構内では走らないようにお願いいたします。

「でだ。なんでお前はついて行かないの?」

 そう言って、さっきから黙ったままの成田に振り返る。

「かわいそうに、後輩には優しくしてあげろよな」

「いままで、先輩が優しくしてくれたことなんてあったか?」

「それはお前だけだろ」

 うっ。確かに成田などは先輩後輩に限らず、人付き合いは得意な方で、今みたいに昔のチームメイトなんかとも頻繁に会っているのだろう。

 かという俺は、過去のチームメイトはあの保護者が作ってくれるアクリルの写真立ての中でしかもう会うことはない。

 その写真立ての埃を払う努力すらしない人間のことを、彼らが忘れてしまうのは当たり前の話だろうが。

 そういう点で言うと、この成田は変わり者である。

「駅に送っただけか」

「山野んちもすぐ近くだから」


 おれたちは欅広場で明らかに春先のものではないビル風に吹かれながら、家へと向かう。誰の家かって?もちろん自宅だが、なんか付いてくんなこいつ。

 通りをしばらく歩き、住宅街を抜ける。家の前につくとスマートロックで玄関を開ける。

「なんか進化してる!?」

「しらん。気がついたら弟が扉ごと変えてた」

「へー、りょう元気?」

「今日はバイト」

「相変わらず可愛いよな。この前スーパーで会ったけど。本当に一卵性なんだよね?」

 おれは素早く中へ入り、扉を閉めようとする。

 がしかし、成田は足を隙間に挟んでそれを阻止しようとする。

 がしかし、おれは躊躇なくその足先をギロチンした。

「ちょ、いたたたた」

「よし」

 その後、しばらく扉越しに攻防を繰り広げていたが、通りがかった近所のおばさんに叱られて、しぶしぶ成田を家へと迎え入れたのである。


 すっかりと日が暮れ、夕方のスポーツニュースが流れ出す。

 親父が若い選手をいびり回して稼いだ金で買ったビエラで、西武ライオンズが三者凡退するところを高画質で鑑賞する。オープン戦の不調を引きずったチームの士気は高いとは言えないようだ。


「お前、今日泊まってくつもりじゃないだろうな」

「えー、せっかくピザとったのに」

「おれとりょうで食べるわ」

「ピザ頼んだことには怒らないんだ」

「昼飯食ってないからちょうどよかった」

「うっ、じゃあLサイズ2枚頼むからいさせてくれよ」

「ははーん。さてはお前、あのヒステリックママにまた理詰めで反論したろ」

「ヒステリックミニみたいに言うなよ」

「いいけど、一階で寝ろよ」

「あれ、遥日さんの部屋は?」

「おまえ、他人のねぇちゃんの部屋で寝ようとするなよ。ひくわ」

「いや、あそこいま物置だろ」

「りょうが衣装部屋にしてるぞ」

「うっ、ギリアウトか」

 互いにこの世の終わりを待つような姿勢でソファーに寝転がりながら、この世で最もどうでもいい会話をしていると、玄関から物音がする。

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