1-2
デパートを出たらもう夕方になっていたけれど、夏休みがちかいこの時期はまだ明るい。自転車をこいでいると、背中があつくなる。行きよりはバッグが軽くなったけれど、あせがどんどん出てくる。
さっき買ったジュースはぜんぶのんでしまった。のどがかわいてきた。
とちゅうで公園をみつけたので、自転車をとめた。公園の中の水のみばで、水をのんだ。ぬるいけれど、しかたがない。
ついでに、ひかげで少し休むことにした。ちょうど木の下にベンチがあって、さわってみたらひんやりしていたので、そこにすわる。
長いベンチにねてみた。両手をあたまの下において、まくらのかわりにする。
ひかげですずしい風もふいていて、きもちよくなったぼくは、ついねてしまった。
どのくらい時間がたってしまったのだろう。
キュルルン……キュルルン……。
なんか高い音がするなあ、虫がとんでいるのかなあ、うっとうしいなあ、なんてことを思いながら、ねぼけて顔の前のあたりを手ではらったりして、うーん、うーん、と思いながら、目をさました。そういや、ねてしまったんだっけと、その時になって気づいたくらいだ。
公園はくらくなっていた。夕方のくらさじゃない、くもりの天気の、すごい雨がふりそうなときのくらさだ。
キュルルン……キュルルン……。
音は空から聞こえてきていた。
見上げると、空の一部がうずまきのようになっていた。台風のときの天気図みたいだ。
ぼくはうずまきに近づいた。煙のような雲のような、白くてもわもわとした中から、なにかが下におりてきた。
足だ!
2本の足がゆっくりと下におりてきて、それはやがて人間みたいなすがたになり、その肩には女の子がのっていた。
人間の形をしたロボットだった。
ロボットは大きな頭と、大きな肩をしていて、その肩に女の子が乗っているのだった。
びっくりして動けないでいる僕の目のまえに、ロボットはおりたった。
そして女の子も、とんと地面におりた。
「まずは無事ってところね」
女の子はいって、それからぼくにきづいた。
「あなたはこの世界の男の子? わたしはプリンセス・アザリア。こっちのは、護衛ロボットのジャングーよ」
「はじめまして、ジャングーです」
「え、あ、は、はじめまして。ぼく……カイキっていいます。……え、ていうか、ロボット? プリンセス? どういうこと?」
「どういうこと? 当然の質問よね。どういうことって、どういうことを知りたいの?」
「だって、今、空から出てきたじゃん」
「境界遷移ね。すごいエネルギーを使ったわ」
「きょうかい?」
「次元世界間の境界を共振させてあいまいな状態に変化させた後で、穴を開けて、向こうからこっちにやってきたって説明すれば、わかる?」
「わからないよ……」
「じゃあね……、あっちの世界からこっちの世界にトンネルを掘った!」
「わかった」
「わかったの!」
「う、うん。たぶん」
「ちょっとー、だいじょうぶ? カイキっていったっけ? キミにはいろいろ助けてもらいたいことがあるんだからね」
そんなことを急に言われても、ぼくはどうしたらいのかわからない。あっちの世界といわれても、実はなんのことかわかっていないのだ。どこか外国のことだろうか。
あらためて見ると、プリンセス・アザリアはかわいかった。手も足もすらっとしていて、きれいなはだをしていた。かみの毛も背中くらいまであって、ゆったりとカーブしている。
それにとなりのロボット——ジャングーって言っていたっけ——は、テレビなんかでも見たことないし、どこかよその国のロボットにちがいない。
「助けるなんて、むりだよ。ぼくはケーサツとかじゃないし」
「第一発見者」
「え?」
「わたしたちと最初に会ったのが、カイキなの。あんまりこっちの世界でたくさんの人と接触しないほうがいいから、わたしたちはカイキに助けてもらわないと、困るのよね。ね? ジャングー?」
「そのとおりです、プリンセス」
「助けるっていったって、どうすればいいのさ」
「そうね……、まずは逃げることかしらね」
「え?」
「やつらが、来ます。プリンセス」
ロボットのジャングーが、空を見上げた。
キュルルン……キュルルン……。
さっきと同じ音がして、空にうずまきが現れた。
「境界遷移のエネルギー制御をうばわれたみたいね。逃げましょう」
「賛成です。プリンセス」
「そうね、じゃあ、カイキ、車を出して?」
「くるまぁっ! そんなの持ってないよ。免許もないし」
アザリアはけげんそうな顔をした。まゆを曲げて、何言っているんだという顔でぼくのことを見た。
「じゃあどうやってここまできたの?」
「じ……自転車」
「自転車?」
「あれ」
ぼくは自分の自転車を指差した。
アザリアは自転車に近づくと、上を見て下を見てハンドルを見てサドルを見てペダルをみて車輪を見て、ふむふむと納得した。
「なるほど、足での回転で前に進むのね。これに乗れる、ジャングー?」
「わたしの体には、この自転車は小さすぎると思います、プリンセス」
「じゃあ改造すればいいのね」
そう言うと、プリンセスはひらひらとした洋服の中から、山のような工具をとりだした。
「改造って」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わたしこう見えても、ロボット博士だから」
「はかせぇ……?」
「さあて、やるわよー。ジャングー、こっちにいらっしゃい。カイキは時間かせぎとしていて」
時間かせぎって言われたって、どうすればいいのだろう。
こうしている間にも、空のうずまきはどんどん濃くなっていって、音も大きくなっていく。
僕は、公園に落ちていた石を拾って、うずまきにむかって投げた。石はうずまきにすいこまれ、当たった中心の形がくずれる。
形がくずれるっていうのは、うずまきがうずまきじゃなくなるってことで、きっとうずまきはあっちの世界からこっちの世界にくるために必要な形なので、うずまきをくずすってのは時間かせぎになるだろう。
もうひとつ石を投げた。またうずまきがゆがんだ。いいぞ。
ぼくは石をひろって、つぎつぎとうずまきに投げた。池の水面に波ができるみたいに、うずまきは形をゆがませた。もっとだ、もっと石を投げるんだ。
キュルルン……キュルルン……。
キュル……ギュルルン……ギュルルン……。
ふいに、音が大きくなった。それとともに、うずまきの回転が力強くなる。
石を投げても投げても、うずまきは台風のような形を作っていく。その回転は、いきおいをましていく。はやく、はやく。どんどん、はやく。
やがて、うずまきの中央から、足があらわれた。鎧をつけた足だ。
「ねえ! なんか出てきた!」
「ダムソルジャーね。ザコよ、ザコ。もうちょっとだから、がんばって!」
ためしに石を投げてみる。足に命中。コンという音がして石ははじかれた。空のうずまきから、鎧の足がゆっくりとおりてくる。
石ころを投げても、ぜんぜんきいていないようだ。
「無理だよ!」
「できた! おまたせ!」
え? と思ってカイキが振り返ると、自転車が消えていた。ジャングーとアザリアだけが立っている。
「ぼくの自転車は?」
「ここよ。ジャングー! バイクモード!」
「わかりました、プリンセス」
ジャングーは右手をあげて返事をし、つづいて左手をあげた。そしてガチャンガチャンと音をたてて、手があっちに移動して頭がこっちに移動して背中がななめになり足はおれまがり、自転車とロボットが合体したような不思議なかたちになった。
「お乗りください」
「さあ、乗って、カイキ!」
「う、うん」
いちおう自転車と同じようにサドルがあったのでそこにすわると、ちょうど足のいちにペダルもあった。
「さあ、こいで、カイキ!」
「ええっ、ジャングーが動かすんじゃないの?」
「運転するのは人間よ。ほら、はやく!」
空中のうずまきからは、鎧をつけた兵士のすがたが、もう半分以上あらわれていた。
逃げなくては!
ぼくはペダルに力をこめた。ぐいんという加速がかかって、ジャングーと合体した自転車が前に進む。
このスピードなら、いけるかもしれない。
公園を一周したら、運転のコツもつかめてきた。
それと同時に、鎧の兵士が地面におりたった。
「ケ——————ッ! ! ! ! !」
かんだかい声をあげた。悲鳴のようにも聞こえたし、遠吠えのようにも聞こえた。
「ダムソルジャーの威嚇よ。ひるむことはないわ。さあ、いきましょう。ふりきって!」
ダムソルジャーは両手にヤリを持っていた。あんなもの投げられたら、たまったものではない。
ぼくはハンドルを回し、公園の外に向かって走り出した。
「ケ——ッ!」
ヒュンッ!
となりをヤリが飛んでいった。ギリギリ当たらなかったみたいだ。だけど次はヤバい。
「ジャングー!」
アザリアが命令する。ジャングーは両うでを左右にひろげた。
ヒュンッという音の直後、パシッという音がする。うしろから投げられたヤリを、ジャングーがつかんだのだ。すごい反射神経だ。
「カイキ! 方向転換! 反撃よ!」
ぼくはハンドルを回し、バランスをとりながら自転車をぐるりと走らせて、来た方向にむかってペダルをこいだ。
正面には、鎧の怪人がいる。
「つっこめー!」
アザリアに命令されるがままに、怪人にむかって突撃した。
ジャングーがもっていたヤリで、怪人をなぎはらう。怪人は、背中のほうにとばされて、動かなくなった。
「ふぅ、これで一安心ね。ありがとう、カイキ、ジャングー」
「むちゃくちゃだよ……」
「油断はできません、プリンセス」
ジャングーがヤリを構える。鎧の怪人が、立ち上がろうとしていた。
「投げちゃえ」
「わかりました、プリンセス」
ジャングーは大きくふりかぶると、ヤリをまっすぐに投げた。ヤリはカーブを描いて飛んでいき、鎧の怪人に命中した。
しかし、怪人はたおれない。
「ダムソルジャーは、頑丈だからね」
「プリンセス、命令を」
「逃げましょう。カイキ、方向転換!」
「マジで!」
ぼくはもう一回ハンドルをまわし、自転車の方向を変えた。
「にっげろー!」
「マジでーっ!」
それはもう全力でこいでこいで、こぎまくった。
背中のほうの遠くのほうで、ガシャンと鎧がくずれる音がした。
「もっと逃げろー。逃げきっちゃえー」
プリンセス・アザリアは、無茶なことを言う。ぼくは息を切らしながら、必死になって自転車をこぎつづけた。
あたりはとっくに、暗くなっていた。
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