3-3

 今日はいつもより、もっと学校に行きたくない。朝起きて最初に思ったことだ。


 学校に行ったところで何もすることがない。行かなかったところで、できることは何もないんだけど。


 毎日の習慣というのはすごいもので、時間になったらベッドからぬけだしてきがえをはじめてしまう。これは主にお母さんの仕込みによるものだと思う。


 そのお母さんはといえば、いつもと変わらずに朝食を出して、いつもと変わらずにぼくを送り出してくれた。ジャングーはどこかにでかけているようだった。


 朝の会で担任の先生が、


「今日は、アザリアさんはお休みですね。カイキくんのお母さんから連絡をもらいました」


 と言った時、またクラスの中がざわざわしはじめた。「やっぱりいっしょに住んでいるってこと?」とかなんとか。でもだれも、ぼくにちょくせつ聞きにはこない。アザリアに興味はあっても、ぼくには興味がないからだ。


 教室が静かになるまで、必死にがまんする。こんなの、時間さえたてばみんなわすれてしまうんだ。そうに決まってる。ぼくだってみんなに興味ないし、ぼくが興味あるのはロゴスブロックだけだし……そういやしばらくブロックをいじってないな。帰ったら次の作品にとりかかろう。


 午前の授業をぶなんにやりすごし、さっさと給食を食べて、昼休み、ぼくは校庭のすみにいった。ぼくの学校の校庭は、一部が階段状になっていて、運動会の時なんかはかんきゃくせきになる。そのはじっこにすわって、校庭をぼんやりながめていた。


 家から持ってきた、小型のパソコンをひざのうえでひろげる。お父さんが最後に投げてよこしたものだ。ゆうべ寝る前に一通り触ってみたのだけれど、お父さんがこれをぼくに渡した理由がわからなかった。大切なデータがあったとしても、そういうのはかならず家の他の場所にバックアップをとっておくのがお父さんのしゅうかんだったからだ。


「おや、ハンディタイタンだね?」


 うしろから声をかけられて、ぼくはびっくりしてふりむいた。ケイ先生がぼくのひざのうえを覗き込んでいた。


「お父さんの……」


「お父さんは、昨日あれからどうしたんだい? アザリアさんは今日はお休みだって聞いているけれど」


「お父さんは、ちょっと遠くに……そう、出張しています。だからわからないことも聞くに聞けなくて」


「ちょっと借りていいかい?」


「どうぞ」


 ぼくから受け取ったハンディタイタンのキーボードを、先生はカタカタと叩き始めた。


「小型の立方体を組み合わせるんだね」


「マイキューって言います」


「立方体には、128ビットのアドレスがついている。64ビットがオブジェクトの番号で、64ビットが立方体の番号だ」


「先生、わかるんですか」


「まあ、だいたいね。実物を見てはないから、半分は勘で言っているんだけどね」


「すごい。お父さんが作ったんです」


「そりゃすごい。ええと……立方体どうしは磁力でくっつくんだね。となりのブロックとお互いの番号を交換して、全体のトポロジー……ええと、どういう風にマイキューがつながっているかって情報がわかるみたいだね。オブジェクトの設計をすれば、いろいろな形が作れそうだ」


「でもぼく、設計なんかできません」


「試したのかい?」


「ちょっとだけ。ぜんぜんわからなかったです。……ぼくにできるのは、ロゴスブロックくらいなんです……」


「ロゴスブロック? ああ、あの小さなブロックで、キットが沢山出ているのだね」


「はい。でもぼくはキットはあまり好きじゃなくて、自分が想像したものをゼロから作るのが好きで」


「できるじゃないか、設計。想像力は大事だと思うよ」


「お父さんにはかなわないです……」


「うーん」


 先生はもう一度ハンディタイタンをいじりはじめた。


「最近作られたプラグインがあるみたいだな……これは……外部のデバイスからリアルタイムでデータを読み取っている。外部のデバイス……そうか、そういうことか」


「どうしたんですか?」


「カイキくんのお父さんはすごいね。これは君のために作られたプラグインだ」


 そう言ってぼくの背中をぽんと叩いた。


 なんかわからないけれど、ぼくのお父さんはすごいらしい。


 昼休みが終わってからも、ぼくは教室の窓の外を見ながら、そのことをぼんやり考えていた。


 お父さんのことをほめてくれたひとは、ヒガン以外でははじめてかもしれない。やっぱりお父さんはすごいんだ。でもそのお父さんがシャンバラに連れて行かれてしまって、ぼくは何もできずにいる。


 いや、何もできないんじゃない。何もしようとしていないだけだ。ケイ先生の言っていたことが本当なら、ぼくにもできることがある。お父さんとプリンセスを助けられるかもしれない。


 学校がおわり、家まで全力疾走した。お母さんに「ただいま」とだけ言って、地下の仕事部屋に行く。


 ドアの前に立ち、しばらく考える。本当だろうか、可能性はあるんだろうか。


 ぼくはドアをゆっくりあけた。鍵はかかっていない。お父さんはいつでも入っていいと言っていたけれど、これまで遠慮してお父さんがいない時に入ることはなかった。


 部屋の中にお父さんはいない。当然だ。そのかわりに、ふたつの箱があった。


 ひとつには、マイキューが山積みになっていた。


 もうひとつには、ロゴスブロックが山積みになっていた。


 お父さんが残してくれたハンディタイタンには、ロゴスブロックを組み立てることでマイキューの設計ができすシステムが入っていた。これならぼくでもマイキューを自在に操れる。


「カイキさま」


 振り返ったら、ジャングーが立っていた。


「プリンセスのペンダントを中継器にして、宮殿のシステムにもぐりこむことができました。宮殿にある、境界遷移装置を操作することができるかもしれません」


「それってつまり」


「プリンセスとお父さまを、助けにいける可能性があります」


 ぼくにその力があるだろうか? ——そうじゃない。自信を持つんだ。ぼくはお父さんの息子だ。なんとかしちゃえる才能を持っているのかもしれない。


「ジャングー」


「はい」


「行こう、シャンバラへ」


「はい、行きましょう。私たちには、無茶をするだけの理由があります」


 僕はお父さんを助けるため。ジャングーはプリンセスを助けるため。


 ベッドにもぐっていたって、何も解決はしない。前に進まなくちゃ。


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