第四章

4-1

 シャンバラに乗り込むと言っても、準備が必要だ。何はともあれ、武器と防具がいる。ぼくはロゴスブロックを使って、自分とジャングーのための鎧を作った。


 ハンディタイタンとリンクさせる。鎧の形状を記録、そして分析し、再構築。マイキューの構造へのマッピング処理開始……成功。マイキューをひとつ指でつまんで、ハンディタイタンとリンクさせる。それをポンと、マイキューの山の中に放り込んだ。


 もぞもぞと動き出した最初のマイキューが、次々と他のマイキューとつながっていく。つながるスピードがどんどん上がっていく。一分もしないうちに、マイキューの鎧ができあがった。ロゴスブロックで作ったおもちゃではなく、本当に鎧として使えるものだ。


 鎧、ヘルメット、小手、膝当て。防具はこんなものかな。次は武器だ。


「宮殿は襲撃されたときのことを考えて、あまり長い廊下は作っていません」


 ジャングーがそう言っていたので、近距離の戦いを考えることにした。そうなると、剣だ。だいたいピストル作れと言われても、しくみとか知らないし。


 ただ、剣といってもロゴスブロックやマイキューでは、じっさいにものが切れるかたちを作れそうになかったので、棒をつくることにした。伸び縮みする棒——ロッドだ。ふだんはコンパクトに持ち歩いて、使うときには2メートルくらいまで伸びる。


 さあ、準備はいいか?


「ジャングー。境界遷移ってのは、どこにでも行けるものなの?」


「原理としてはそうです。しかし、今回は慎重に場所を選ばないといけません」


「どうして?」


「おそらくチャンスは一回だけだからです。一度宮殿のシステムに侵入したら、侵入経路を追跡されて対策を取られるでしょう。最悪プリンセスのペンダントがみつかってしまったら、そこから手も足も出なくなります」


「じゃあ、まずはプリンセスの無事を確認しないと」


「賛成します。プリンセスがいまどのような状況に置かれているのかが把握できていませんが、近い場所を選んで接続しましょう」


「わかった。それじゃあ、行こうか」


「承知しました。それでは、プリンセスのペンダントを経由して、宮殿のシステムに接続します……完了。境界遷移装置のコントローラに接続……完了。ソース座標設定、デスティネーション座標設定、完了。境界生成を開始します」


 ぼくの部屋の天井にうずまきが出現する。ぼくはジャングーの背中につかまった。


「ジャングー、飛んで!」


「行きます!」


 ジャングーとぼくは、うずまきの中に飛び込んだ。


 一瞬のできごとだった。いくつもの境界がパイ生地のように重なっていて、それらを一気に通過する。最後の一枚を突き抜けてたどり着いた先は……。


 ジャングーが着地した。そこはまるで西洋の美術館みたいな建物の中だった。


「ジャングー、ここは?」


「牢屋です」


「ホテルみたいじゃん!」


「ここに収監される可能性があるのは、身分が高い人なので、扱いは慎重にしなければなりません。そうでなくても、囚人の人権はガルナ条約で保証されています」


「よくわかんないけど。ここにアザリアとお父さんがいるんだね」


「おそらく」


「どの部屋かわかる?」


「プリンセスのペンダントの信号を探索します。……こちらです」


 ぼくはジャングーの後について、音をたてないように歩き出した。たしかに長い廊下はなく、何度か角を曲がった。それに、ふかふかのじゅうたんが廊下に敷いてあって、音をたてないようにと気をつかったけれど、そんなことしなくても音なんか出ないようにも思った。


「ここです。プリンセスとの通話を試みます」


「待って、見つかったりしたら」


「私たちがこれだけ至近距離にいるのですから、助けにいけます。今は状況把握が優先と考えます」


「わかったよ、ジャングー」


 ジャングーの右目が点滅した。


「プリンセス……聞こえますか……ジャングーです……」


『…………ジャングー? 』


 届いた!


「プリンセスの部屋の前にいます。御無事ですか?」


『無事です。カイキのお父さまもいるわ。他にも何人か。王族の多くはこの階の部屋に集められているみたいね。親戚大集合だわ』


「監視は?」


『なし。気楽なものね』


 よかった。プリンセスたちに危害を加えるつもりはないみたいだ。


「ドアを破壊してもよろしいでしょうか?」


『それはさすがに気づかれると思うけど』


「鍵は」


『食事が運ばれるときに開くけれど、軍の近衛部隊——そうね、私でも顔と名前を知っているくらいのひとが鍵を管理しているみたい。それ以外にも知らない顔も増えているから、首相はそうとう身の回りを固めているように思う』


「簡単ではないですね、プリンセス」


『そういうこと』


「アザリア、お父さんと話せる?」


『カイキ? あなたも来たの? ちょっと待ってね……』


 ぼくはジャングーとプリンセスの会話に割り込んだ。


『カイキか。なんで来た』


「そんなの、お父さんとアザリアを助けるために決まっているじゃないか。お父さんから渡されたハンディタイタン、使えるようになったよ。武器も防具もばっちりさ。これで、敵をやっつけるんだ」


「ほう……敵をどうするんだい?」


「だから敵を……え?」


 声の主は背後にいた。全然気づかない間に、ぼくとジャングーの後ろに立っていた。その姿をぼくはよく知っていた。清潔感のあるスーツに、イケメンの男性。


「ケイ先生!」


「やあ、カイキくん。何をしているんだい?」


「何って……いや、先生のほうが何をっ」


「それは、先生みたいな身分の人間が、どうして宮殿に立ち入りできるのかということかい?」


「違います! ……身分って……いったい……」


 ケイ先生は、おだやかな顔をしていた。ほほえんでいるようにすら見えた。でもその表情のまま、凍りついているようにも見えた。


「先生の本当の名前はね、エド・アウミーノというんだ。この世界では、小さな大学の先生をしている。生まれた家の身分が低いから、学問で身をたてるしかなかったんだ。先生だってのは本当だよ。でもそれ以外は……全部嘘だ」


 先生が両手を広げると、背中から何本ものロボットアームが出現した。手に手に武器を持っている。


 ぼくは武器として持ってきたロッドを最長にのばして構えた。ジャングーも両腕をぶるんとまわし、腰のところで構えて、格闘に備える。


 ケイ先生がどうしてここにいるのか、ぼくらをどうしようとしているのか、そんなことすぐにはわからないけれど、プリンセスやぼくらの味方ではないのは確実だ。だからぼくは戦わなければならない。プリンセスとお父さんを取り返すために。


 機械の腕が伸びてせまる。ぼくは棒を使ってそれを振り払う。右から、左から。さばく、さばく。


 機械の腕は、同時にジャングーにも襲いかかる。ジャングーは得意の格闘で同時攻撃をしかけてくる腕をなぎはらう。頭部をめがけて突いてきた腕を、両手で受け止め引っ張る。ジャングーの体重をこめて引っ張ったら、腕がすぽりと抜けた。


「全部ぬいちゃえ!」


 ところがケイ先生の背中から、新しい腕が生えてきた。


「ジャングー!」


「カイキさま、逃げましょう」


 ぼくらは方向転換し、元きたほうに廊下を走り出した。プリンセスとお父さんのことは心配だったけど、ぼくらまで捕まってしまったら助ける人がいない。


「外へ」


「わかった!」


 廊下の角をいくつか曲がり、庭に出た。しかしそこには大きな影が待っていた。影の主を見上げると、ここにもまた見たことのある姿があった。ただし、見たことのある姿よりも、はるかに大きい。


「これは……リトライヤーとダイドラゴンじゃないか!」


「カイキくん」


 ケイ先生の声がゆっくり近づいてくる。


「君のロゴスブロックの腕は前から知っていたよ。いい作品を作るじゃないか」


 だめだ。こんな大きなもの相手に勝てるわけない。


「ジャングー。もとの世界に戻ろう。穴を開けて!」


「しかし座標設定が間に合いません」


「どこでもいいから! とにかく逃げよう!」


「了解しました。背中につかまってください」


 ぼくはジャングーの背中につかまる。ジャングーが上空へジャンプする。手で空中をかき回してうずまきを作り、その中に突入する。


 ぼくらは再びいくつもの境界の層をくぐり抜けた。



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