マイキュービルダー ~ ぼくとプリンセスとガードロボ・ジャングー
木本雅彦
第一章
1-1
となりの町まで、自転車で30分かかる。ぼくが小学生だからなのか、おとなでもそのくらいの時間はかかるものなのかはわからないけれど、けっこうの道のりだと思う。
だけどぼくは、今日もとなり町のロゴスブロックセンターにむかっていた。
背中のバッグには、昨日できたばかりの一番新しいロゴスブロック作品が入っている。今後の作品も自信がある。けっこう、すごい。
ロゴスブロックは、ひとつひとつは小さなブロックだけれど、くみあわせるといくらでも大きな作品を作ることができる。こどものおもちゃという人もいるけれど、世界中で愛好家がいることも、ぼくは知っている。
ロゴスブロックはりっぱなホビーなんだ。クラスのみんなには、黙っているけどね。
30分かかってロゴスブロックセンターについた。
ここは大きなデパートの6階にあって、まわりの町からロゴスブロックのファンが集まってくる。こどもも集まるけれど、おとなの愛好家も集まる。ロゴスクラブっていう会員も集めていて、クラブにはいると作ったブロックの作品を店のなかに展示してもらうことができる。おねがいすればどんな作品でも展示されるけれど、クラブのメンバーはプライドが高いから、ちょっとやそっとの作品は持ってこない。自信がある作品だけが集まってくる。
そのなかでも、ぼくの作品は数も多いし、できあがりもちょっとしたものだと思っている。けっこう、すごい。じまんだけどね。
「鈴中さん」
ぼくは店長に話しかけた。顔なじみの店長だ。
「おう、カイキくんじゃないか。コンテストに応募するための新作かい?」
「うん、こんどのも、けっこう、すごいよ」
「そいつは楽しみだ。見せてくれるかい?」
僕はリュックを開けて箱を取りだした。箱にはクッションのための新聞紙が入っていて、その中に作品をしまってある。
「これ」
「ほう」
ぼくの作品は怪獣だった。それも、首としっぽが3本ずつある怪獣だ。なまえは、まだつけていない。ポイントはバランスだ。3本の首と3本のしっぽで、みごとにバランスをとって立っている。
「キングギドラみたいだね」
店長が言った。ぼくはその名前を聞いたことがなかった。
「それ、怪獣の名前?」
「そうだよ。むかしの怪獣映画にでてきたんだ。首が3本ある」
「ふうん」
首が3本ってのは、いいアイデアだと思ったんだけどな。
ちょっとくやしい。
「ところでカイキくん。展示してコンテストに応募するなら、名前をつけないといけない」
「きめてないんだ」
「キングギドラじゃ、いやだろう?」
「そうだなあ」
キングギドラというひびきは、少しかっこいいとは思ったけれど、そのまま使うのはいやだなと思った。キングギドラを作ったのではないわけだし。
「ギドロン、とか」
「そういう敵と戦うマンガも、あったんだ。古いマンガだけどね。でもアニメにもなった」
「そっかあ」
ぼくらが思いつくかっこいいこととかすごいことは、たいてい誰かがもうやっていて、ぼくらは何をやろうとしてもまねとかパクリとか言われてしまう。
そんなこと気にせずに、好きなことをやればいいって、お父さんなんかは言うのだけれど、やっぱり世界初みたいなのにあこがれるじゃないか。
「リトライみたいな名前はどうだい? 再挑戦って意味だ」
「リトライヤーみたいなのは?」
「再挑戦者だね。トライで3っていう意味もあるから、3本首だしいいんじゃないかな」
「じゃあ、リトライヤーにするよ」
「オッケー」
店長はラベルに名前を書いてくれて、こうして僕の3本首怪獣はショウケースにおさまった。
「そのていどか」
いつのまにか、ぼくの後ろに男の子が立っていた。こいつ、ヒガンだ。ぼくのライバルだ。
ヒガンは長い箱をもってきていた。
「おれの最新作は、ほんものだ」
「見せてよ」
「いいぜ、見せてやる」
ヒガンが箱からだしたのは、長い龍だった。ブロックの組み合わせなのに、くねくねと曲がっている。よくみると、同じようなカーブじゃないようにしてあって、ものすごく動きがある。生きているみたいにすら、みえる。
「おれの最新作、ドラゴンのドラグナーだ」
「ごめん、ヒガンくん。そういう名前のアニメが昔あってね」
「えー」
「べつの名前を考えたほうがいいよ」
うーんとうなりながら、ヒガンはしばらく考えて、
「ダイドラゴン」
と言った。大きなドラゴンだから大ドラゴンなのかもしれないけれど、悪くないように思った。
「オッケー。じゃあこいつも……いや、こいつは釣ったほうがいいな」
店長がいろいろと作ってくれて、ダイドラゴンはショウケースの上からつり糸でつりおろされることになった。目立つ場所で、ちょっとくやしい。
ロゴスブロックセンターから離れたぼくたちは、自動販売機でジュースを買ってならんでのんだ。
このベンチからだと、センターのなかのショウケースがみえる。ぼくのリトライヤーもみえるけれど、ヒガンのダイドラゴンはとくにめだっていた。
ヒガンがきいた。
「カイキもコンテストに出すんだろ」
「出すよ。でも……無理なんじゃないかなあ。だって、日本じゅうから集まるんでしょ?」
「日本じゃない。世界だ」
「世界!」
「日本で賞をとったら、アメリカに行ける。おれはいつか、ロゴスブロックのワールドコンテストにでるんだ」
「すごいなあ」
「カイキのロゴスブロックだってすごいじゃないか。あのリトライヤーは、小さいけれどバランスはいい」
「ほめてくれるんだ」
「いいところはほめるさ。だけど、あれは動かないな」
ヒガンのダイドラゴンが、いまにも動きだしそうなのにくらべると、ぼくのリトライヤーは止まっているように見える。それは自分でもわかる。ほめるところはほめて、だめなところはだめというのが、ヒガンのいいところでもあるし、悪いところでもある。
こんな性格だから、ヒガンはあまり友だちがいないらしく、ロゴスブロックセンターで話すぼくが少ない友だちのひとりらしかった。
「ヒガンならコンテストでいいところまでいけると思うよ。日本チャンピオンとか……世界とか」
「カイキは、お父さんのあとをつげばいいんだよ」
「ぼくはそういうのむりだよ」
お父さんの仕事のことを話しても笑わない友だちは、ヒガンくらいだった。だからぼくも安心してお父さんの仕事の話しができる。
そういういみでは、ぼくにとっても、こころから安心して話しができる友だちはヒガンくらいしかいないのかもしれない。
「おい、見ろよ」
ヒガンがゆびさしたさきでは、ショウケースの前で何人かのおとなが話しあっていた。店長もよばれてきて、相談しているみたいだった。何やらカメラで撮影したりもしている。
「あれは、おれのダイドラゴンをかいとりたいっていうそうだんだな」
「買うひといるの?」
「あのおじさんたちは、たぶんプロなんだよ。プロがみれば、わかるのさ。カイキのリトライヤーも、買ってもらえるかもしれないぜ」
「売りたくはないなあ」
「だけど、買われたらきっと美術館なんかに並ぶんだぜ。そうしたらたくさんのひとが見にくる。ロゴスブロックのえらいひとがみるかも」
「えらいひと?」
「ロゴスブロックを作っているひとや、コンテストをやっているひととか、さ。そうしたら、おれはアメリカによばれるかも」
「そんなにうまくいくかなあ」
「可能性はいつもあるって、おれのお父さんが言ってた」
アメリカによばれたら、えいごでハローとかあいさつされるんだろうなと思ったら、なんてへんじすればいいんだろうとかかんがえてしまって、ハローでいいのかなちがうへんじがあるのかなとか、なやんでしまう。
なやんでしまって、やっぱりぼくはアメリカまでいくのは無理だろうなと思ってしまう。
ロゴスブロックには自信があるけれど、世界のコンテストとかは、なんかぼくがいくところじゃないなと思っていた。
やがて、ショウケースの前で話していたおとなたちは、どこかに行ってしまった。ヒガンがいうようなプロのひとたちではなかったみたいだ。
すこしきげんがわるくなったヒガンは「帰る」と言いだした。
「ぼくも帰るよ」
そういって、ぼくらは自転車置き場にむかい、デパートを出たところで左右にわかれた。ぼくらはすむ町も通う小学校もちがう。
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