2-2
月曜日になったので、学校に行かないといけない。ぼくはためいきをつく。
学校に友達がまったくいないとか、授業が嫌だとか、そういうはっきりした理由はないけれど、なんとなく嫌だなと朝がくるたびに思ってしまう。
なんとなく、なんだよな。
ベッドの中でごろごろして、時間が過ぎていく。ごろごろ、ごろごろ。
……ハッと目がさめた。まずい! ねちゃった!
時計を見てあわててベッドを出て、着替えをしてキッチンに向かう。
「カイキ、遅いわよ。朝ごはんは?」
「いらない。時間ない」
「牛乳だけでも飲みなさい」
そう言われてコップを差し出されて、ぼくは一気に飲み干す。おなかのあたりが冷たくなるのがわかる。コップをテーブルにおいて、走って家を出た。お父さんとプリンセスの姿がないなあと、ぼんやりと思った。
全速力で学校にむかう。同じ方向に向かう小学生はもうぜんぜんいない。遅刻にはならないと思うけれど、ぎりぎりなのはまちがいない。誰を追い越すこともないまま学校について、教室にとびこんだ。セーフ。
自分の席につく。とくにあいさつする友達もいない。そんなに親しいわけじゃないし。
「おはよう!」
ああ、こいつがいた。となりの席の、ユイナ。保育園からクラスが一緒で、小さいときはそれなりに遊んだりしたけれど、今はあいさつくらいしかしない。そのあいさつも、ユイナのほうからしてくるのに返事するだけだ。
「お、おは、よう……」
「なんかあった?」
「べつに……」
そこで会話はおわった。チャイムが鳴ったからでもあるし、もとから会話は苦手だったし。
やがて先生が教室にはいってきた。その後ろにつづいて、女の子のすがたがある。
「はあっ?」
ぼくは思わず声をあげてしまった。それを先生は変な顔で見ながらも、何も言わずに、女の子の紹介をはじめた。
「転校生がきました。シャンバラという国のお姫様です。あまり長い期間日本にはいないそうですが、なかよくしてください」
女の子が黒板の正面に立って、みんなを見る。にっこりとわらって話しはじめた。
「アザリアといいます。シャンバラからきました。日本のことをたくさん勉強したいと思います。みなさん、なかよくしてくださいね。いまは、カイキくんの家にホームステイしています」
教室がざわっとなる。ぼくはとっさに下をむく。みんなが小さな声で話すのが、いやでも耳にはいってくる。
「ホームステイってなんだ?」「一緒に住んでいるんだよ」「まじ?」「外人じゃん」「でもかわいいじゃん」「いいよな」「英語しゃべれんの?」「さっき日本語であいさつしてたじゃん」「お姫様なんだろ」「なんでお姫様があいつの家にいるの?」
なんだこれ。ぼくは下をむいたまま、頭のなかで毒づいた。どうしてプリンセスが学校に来ているんだろう。
アザリアは音もたてずにすっと移動して、先生に指示された、一番後ろの席についた。
すっと下を向いていることもできないので、少しだけ顔を上げてようすをうかがうと、こっちを見ているユイナと目があった。ユイナはふしぎそうな顔をしていた。
……うう、だめだ。
朝ごはんをぬいたのはまずかった。頭がくらくらしてきた。はきけもある気がするけれど、はくものがおなかに入っていない。お昼の給食までもつかなあ。休み時間に水のめば大丈夫かなあ。家に帰ったほうがいいかなあ。帰れるかなあ。
うぅ、だめ、ギブアップ。
僕は机につっぷして片手をあげた。
「どうした?」
先生のよびかけに、
「ほけんしつ……」
と答えるのがせいいっぱいだった。先生の「保健委員はだれですか?」という質問に、ユイナが手をあげる。
ユイナはぼくに「歩ける?」と聞いた。歩けなかったら、抱っこでもしてくれるつもりなんだろうか? そんなわけにもいかないので、ぼくはゆらりと立ち上がって歩き出した。その横をユイナがついてくる。
保健室まで歩くのがつらい。となりを歩いているユイナはつきそいで保健委員なんだから、よりかかってしまってもよいような気がするけれど、そんなことはずかしくてできるはずもない。
とちゅう、ユイナはなんども「だいじょうぶ?」って聞いてきたけれど、ぼくはそのたびにだまってうなずくだけで、なんとか保健室にたどりついた。
ぼくが小さな声で朝ごはんを食べていないことを言うと、保健室の先生がビスケットをよういしてくれた。それをもしゃもしゃと食べていると、横でユイナが笑っていた。ぼくはさらにはずかしくなって、下を向いて、それでもおなかはすいていたので、ビスケットをもしゃもしゃと食べた。
「食べてもそんなすぐには元気にはならないから、すこし横になっていきなさい」保健室の先生が言うので、ぼくはだれもいないベッドのうちのひとつでねることにした。いや、本当にねたりはしないけど、少し横になるだけのつもり。
なぜか、ユイナがいすにすわっていた。
ビスケットのおかげですこしは元気になったので、ぼくは「帰っても大丈夫だよ」と言った。
「ううん、もうちょっといる。心配だから」
変なの。保健の先生だっているのに。
天井のしわしわのもようをぼーっとみる。いったいなんだっていうんだろうなあ。異次元世界のプリンセスなのはいいんだけど、学校までおしかけてくることないじゃないか。ぼくはなにも聞いていないのに。……目立つの、好きじゃないんだよな。
それにしてもふしぎな感じがした。ふだんは授業をうけているのに、ぼくだけ学校でねているなんて。こんなの初めてだ。特別な気分……悪くないかも。本当は特別なんかなりたくないのに。そりゃ、ロゴスブロックでは特別なりたいし、アメリカとか行ってみたくもあるけれど、学校で特別になって目立っても、いいことなんかない。目立っている友達は、なんかだれかに目立てといわれてやっているように感じる。そんなこと、ぼくは言われたことないし。
あ、このままねちゃうかも、と思ったときに、保健室のとびらが開いた。
「カイキー、元気?」
プリンセスだった。
「元気じゃないよ」
「あら、でも楽しそうにやってるじゃない。このひと、クラスメイトよね?」
「あ、ユイナです。お姫様」
「お姫様なんてやめてよー。アザリアでいいよー」
「何しにきたのさ」
「心配だからようすを見にきたに決まっているでしょ。……あ、ここベッドがあるのね。ねちゃおう!」
アザリアはそういうと、もうひとつのベッドにころがって、さかいのカーテンを閉めた。
「カイキ! のぞかないでよ!」
「のぞかないよ」
ぼくとプリンセスのやりとりを、ユイナはやっぱりふしぎそうな顔で見ていた。「なんか変?」と聞いてはみたけれど、「なんでもない」という答えだった。
「教室、帰っていいよ」
僕はもういちどユイナに言った。
「そうね」
ユイナはそう言って立ち上がる。軽くせのびをして、首の運動をする。そこで彼女の首の動きがかたまった。
「どうしたの?」
「あれ……なに?」
天井を見る。雲? うずまき? たつまき? 台風? ……違う!
昨日と同じだ! 空中に回転するけむりが出現している!
ヒュインヒュイン。
音も同じだ。やがてけむりから足がおりてくる。
ダムソルジャー!
「逃げよう!」
ぼくはユイナの手をつかんだ。はずかしいとか、考えている余裕はなかった。ダムソルジャーは腰のところまであらわれている。
「え?」
「いいから、はやく! あれは、あぶない!」
ぼくらは、保健室を飛び出した。背中のほうで、ダムソルジャーが床におりる音がした。
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