第三章
3-1
一週間がすぎた。その間、ダムソルジャーがおそってくることはなかった。お父さんとプリンセスは、今後の計画とかねっているみたいで、仕事部屋にこもっていることが多かった。ジャングーはすっかりお母さんの弟子だ。
ユイナはふしぎなことに、ダムソルジャーのことを何も聞かなかった。毎日おなじように、おはようのあいさつだけして、ぼくらはほかに言葉をかわすこともなく一日がおわる。
ふつうなら、あの怪人は何なのかとか、アザリアがなんで関係しているのかとか、ジャングーは何者? とか、お父さんなんなの? とか、そういう質問もしてこない。
そういえば、昨日、新しいパソコンの先生がきた。
海野ケイ先生という、若い男の先生だ。
「先生の名前は、アラン・ケイというパソコンの神様のような人からとってつけられました」
という自己紹介をしていたけれど、ケイ先生もパソコンの神様みたいなひとで、授業での説明はわかりやすかったし、パソコンの教材も生徒にあわせて色々なパターンを用意してくれていた。ぼくはもともとパソコンの授業は得意なほうだったので、正直いうと前の先生の授業はものたりなかったけれど、ケイ先生はちょっと難しい問題を用意してくれた。特別にあつかってもらえたみたいで、すこしいい気分だった。実は難しすぎて授業の時間内にできなかったんだけど。
さらに、ケイ先生はイケメンだった。女子のあいだでは、ちょっとした話題になっているらしい。ぼくですら、ちらほらとうわさ話を耳にする。
でもぼくの予想だと、ケイ先生はパソコンにくわしい女子が好きだと思う。うちのお父さんも、全然パソコンできない人をみると、色々ともんくを言っている。
ま、ぼくだって先生の難しい問題とけなかったけどさ。
そして今日の授業は、パソコンの授業、屋外出張編。希望する保護者も参加できると聞いて、お父さんが当然のような顔をしている。会社はいいんだろうかと、息子のぼくが不安になる。
学校から歩いて15分のところにある、市民公園に向かう。お父さんは最初プリンセスと話しながら歩いていたけれど、先生のことを聞きつけたのか、先頭を歩く先生のところまで行って話しかけた。
「おや、カイキくんのお父さんですか」
「息子がお世話になってます。ところで先生はパソコンは何をおつかいで?」
「学校では生徒にあわせてタイタンブックですが、家ではピアボックスにピクシーOSをいれて使っています」
「ほほう、なかなかマニアックですなあ。そういう先生は信用できます」
「そうですか。恐縮です」
話がはずんでいる……。はじめましてでいきないパソコンの話題をだすお父さんもすごいが、それで盛り上がれるケイ先生もすごいな。さらにそこにプリンセスがうしろからやってきて話にまざっている。ぼくのわからない、むずかしい話をしている。なんか、むねがもやもやする。
市民公園についてからも、ぼくのもやもやはつづいていた。
「このあたりでいいでしょう。みなさん、しばふにすわってください」
ケイ先生の声に、生徒と何人かの父兄という集団が、ざわざわとしながら地面にすわった。
「今日は、みなさんに学問をしてもらいます。道具は、持ってきてもらっているタイタンブックと、この公園です。景色や、草花、虫などの写真をとって加工してもいいですし、写生をしてもいいです。見たことがないものを発見したら、それについて調べたりしてもいいです。学校に帰ったら、まとめて発表してもらいます。その時に、どうしてそれをやろうと思ったのかを必ず説明してください」
ぼくのとなりで、お父さんがふむふむとうなづきながら、先生の話を聞いている。やる気まんまんだ。さらにそのとなりで、プリンセスもふむふむとうなづいている。この人もか……。
そんなわけで、30分後に集合と先生が言ったとたん、ぼくはお父さんとプリンセスに両手をひっぱられてつれていかれてしまった。
「このあたりでいいだろう」
「ひとけもないですしね」
お父さんとプリンセスが、いたずらをたくらむような顔をしている。やばいふんいきを感じる。
「さあ、カイキ。研究をするんだ」
「先生は学問をするって言っていたよ」
「学問をした上で、研究をするんだ。学問はすでに明らかになっている知識を身につけることだ。研究はそれを武器にして誰もしらない知見をみつけるんだ」
「そんなこと言っても、小学生に研究なんか無理だよ」
「まあな」
「お父さまも無理を言いますね」
お父さんとプリンセスはあっさり肯定した。ぼくをどうしたいというのだろう。
「無理なことは言わんよ。研究の真似事だけでいいんだ。真似をして、やりかたを身につければいい。まずは、この公園の中にあるもののなかで知らないこと探すんだ」
「うーん。……やってみる」
ぼくは背の低い木がしげっているところに入っていった。こういう場所のほうが、なにか見つかるかもしれないと思ったからだ。あたらしいダンゴムシとか。
低い木の葉っぱをしらべたり、大きな石を動かしたりしてみたけれど、知らないこと……不思議に思うことかな、そういうのは見つからなかった。こんなふつうの公園に、新発見なんかそうそう落ちてはいないと思う。とりあえず、学校からもってきたタイタンブックで、てきとうに植物や昆虫の写真をとってみる。
あ、穴だ。動物の巣にしてはおかしい、やたらと垂直で深そうな穴があった。こういう穴にゴミをすてる小説があったような気がするなあ。教科書にのっていたっけ。
いちおう写真をとっておく。
うーん、とせのびをする。お父さんたちを探してみると、ベンチで小型のパソコンを出して何やらふたりで話し合っていた。ぼくのことはほうちみたいだ。
しかたがないから、もう少しだけちょうさをすることにする。
次に見つけたのも穴だった。いや、うずまきだ! 空中にうかぶ穴を中心に、うずまきのような雲ができている。それもひとつじゃない、ふたつ……みっつ……ふえていく!
穴から足が出てくるのを見た。まちがいない、ダムソルジャーだ。
ぼくは走り出した。お父さんとアザリアに教えなきゃ!
ふたりはまだベンチにすわっていた。ぼくは遠くからさけぶ。
「アザリア! てきだ! てきがでてきた!」
プリンセスが立ち上がる。むねのペンダントにむかって、「ジャングー、すぐ来て!」と叫んだ。
ジャングーが来るまで、時間をかせがなくちゃ。
「お父さん、マイキューの飛行機は?」
「持ってきてる。でも数が足りない」
「ジャングーに余っているマイキューを持ってきてもらうよう頼んであります」
「助かります。カイキ、プリンセスを守るぞ」
「わかった!」
そのとき、地震が起きた。いや、起きたように感じた。じっさいにはゆれていないけれど、なにかドシンという感覚があって、そして世界がかたまった。動いているのは、ぼくらとダムソルジャーだけだ。そう、ダムソルジャーが、大群になってせまってくる。
「お父さん、どうしよう」
「きっとある種の結界のようなものなのだろう。普通の人に知られたら困るだろうからな。カイキはアザリアさんに張り付いていなさい」
「う、うん」
お父さんは、かばんからマイキューの飛行機を出して、ダムソルジャーに投げつけた。だけど、ぜんぶで10機くらいしかない。ダムソルジャーはといえば、20人くらいがゆっくりとした足取りでせまってくる。
「アザリア、ジャングーは?」
「あとちょっと待って。近づいてる」
しょうがない、時間かせぎだ。ぼくは公園の石をひろって、かたっぱしからダムソルジャーに投げた。もちろん効果がないことは知っている。ダメージをあたえなくてもいい、ダムソルジャーの注意がぼくのほうにむけば、プリンセスがおそわれないようにする時間かせぎになる。
ダムソルジャーは、ぼくが投げた石を、いともかんたんに手ではらいのける。だけどそこで動きがとまるから、時間はかせげる。くりかえし、何度も何度も、石をなげる。ダムソルジャーの動きはおそいけれど、20人がせまってくるのはやっぱりこわい。
「キャッ!」
え? と思って後ろを振り向くと、プリンセスがダムソルジャーにつかまっていた。
うしろ? うしろにもいたのか! はんそくだよ。
背中のほうからかかえられたプリンセスは手足をじたばたさせるが、足がういてしまっていて逃げられそうにない。ぼくは石をなげるべきかどうかまよった。へたになげればプリンセスに当たりそうだし、鎧のすきまに命中させる腕もない。
ダムソルジャーがうしろずさる。プリンセスをかかえたまま逃げる気だ。足元めがけて石を投げる。地面にめいちゅうするけれど、ダムソルジャーの動きはとまらない。
——いや、止まった。というか、浮いた。苦しさにたえられず、プリンセスからうでをはなす。プリンセスは器用に着地して、ぼくのところまで走ってきた。
ダムソルジャーは背中からおそってきた何者かに放り投げられる。そして現れたすがたは—--
「ジャングー!」
「遅くなりました。お怪我はないですか? プリンセス」
「ちょっと苦しかったけどね。大丈夫」
ぼくはふたりに走りよった。
「ジャングー、アザリア、お父さんを助けて!」
「了解です」
ジャングーが腰を低くしたかと思うと、水平にジャンプした。お父さんとマイキューの飛行機がダムソルジャーと戦っている場所まで一気に飛んでいく。ぼくらも後をおう。
ジャングーが、ダムソルジャーと戦っていた。ジャングーのほうがスピードでは勝っているけれど、ダムソルジャーは武器を持っているし、なにより数が多い。
お父さんが言った。
「カイキは、アザリアさんをつれて逃げるんだ」
「で、でも」
「いいから。逃げなさい。そしてアザリアさんを守りなさい」
「わかった。行こう、アザリア」
ぼくとアザリアは反対方向に走り出した。世界がかたまってしまっているような中で、にげたところで行く先なんか分からなかったけれど、ジャングーとお父さんが戦っている場所は危険だ。この公園からでないといけない。
だけど、ぼくの考えはあまかった。目の前にかべがあらわれる。顔をゆっくりと上に向ける。鎧の中から目が光った気がした。ダムソルジャーだ。
ダムソルジャーの両腕が、ぼくとアザリアに伸びる。ぼくらはいともかんたんにつかまってしまった。
苦しい、いきができない。ぼくらはどうなるのだろう。このまま首をしめられて、ころされてしまうのだろうか。プリンセスだけでもにがさなくちゃ。お父さんと約束したんだ。
「カイキ—————ッ!」
とびかけたいしきの中で、お父さんの声を聞いた。ぼくは地面に放り出される。
ひっしに目を開いて何がおきたのか確認しようとしたら、首をつかまれてダムソルジャーにかかげられたお父さんのすがたが目に入った。
キュルルン……キュルルン……。
空中に渦巻きが発生する。お父さんとプリンセスを両手でつかんだまま、ダムソルジャーがすいこまれていく。ぼくは動けない。からだが動かない。せめて声だけ……声だけでも出せれば。
息をすう。のどがつまるようなかんかくをふりはらってさけんだ。
「ジャングー!」
ジャングーがこちらに気づいて、超低空を飛んでくる。だけど間に合わない。ダムソルジャーは渦巻きの中に消えてそうだ。
「カイキ! これを!」
お父さんの声がした。何かが投げられる。ぼくはそれを必死にキャッチする。
ジャングーが渦巻きにとりつこうとしたのと同時に、渦巻きは消えた。
キュルルン……キュルルン……。
キュルルン……キュルルン……。
あちこちで音がして、20人以上いたダムソルジャーはみんな吸い込まれていった。プリンセスをうばいとるという目的はたっせいしたからだ。
「ジャングー……」
「カイキのせいではありませんよ」
ロボットのきづかいに、やりきれないきもちになった。
そして同時に、かたまっていた世界が、もとにもどるのを感じた。
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